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狭間の国のメモラビリア  作者: 終乃スェーシャ(N号)
一章:奇妙な訪問者
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拳銃を手に扉を進む

ジェイルはしばらくの間、読み終えた文章全体を呆然と見つめていた。


 嗚咽し、過呼吸気味になっていたのが、段々と落ち着いて、水に塗れた視界が乾いていった。依然として、喉がヒリヒリと痛み、指先が棒になってしまったかのような感覚は断ち切れなかったが、それでもソファに座れるくらいは落ち着いた。


「だいぶ落ち着いた……。頭が冷えた。もう平気だ。いきなり泣き出してすまない」


「いやいや、いいんだよ。僕だってエドワードが殺されたのは……ショックだったからね」


 両親に対して抱いていた怒りや恨みを溜め込んでいた部位が、ポカリと空洞になってしまったような感覚がした。これが虚無感だろうか。


 ジェイルは憂鬱に沈んだ顔つきをしていたが、深いため息をついて脱力すると、少しはマシな表情を必死になって浮かべた。


 ……生まれたときから本当の両親と暮らしていたら、こんなすぐに切り替えることはできなかったに違いない。


「……チェイサー、さん」


「チェイサーでいい。どうしたんだい? 何でも聞いてくれ」


「遺書に形見を守って欲しいってあるが、この形見……? 彼女……? っていうのは一体何のことなんだ?」


 ジェイルの問いに対し、チェイサーは手に持っていたリボルバーを見せて答えた。


「この子だ」


 それは一見すると、時代遅れな拳銃にしか見えなかった。鋼色の銃身、込められた弾薬。安全装置は外れていた。


「……ただの銃じゃない?」


 チェイサーはジェイルを一瞥した後、拳銃に向けて話しかけた。


「そろそろ落ち着いたみたいだから、会話していいよ」


 部屋に重い静寂が立ち込める。ジェイルは訳も分からず拳銃を凝視していたが、


「……初めまして」


 不意に、一度聞いたら絶対に忘れないほど透き通った女性の声が沈黙を切り裂いた。その声を発したのはチェイサーでもバイロンの両親でもない。


 ジェイルは目を見開いて周囲を見渡したが、あの声を発せそうな人物はいなかった。


「声を発したのは、ワタシです」


 ありえないことだが、その声は確かに拳銃から聞こえた。いや、拳銃が喋った。口などはないが、確実に声を発した。銃の中に小型の通信機がついている可能性もあったが、そういったものではない気がした。


「コレが喋っているのか?」


 ジェイルは怪訝な顔色をして、半信半疑ながらにチェイサーに尋ねた。思えばついさきほども、ジェイルの両親が重力を無視して浮遊するという異常な事態が起きていた。


「はい。ワタシが話しかけております。チェイサー、投げてください」


 拳銃が淡々とした口調でそんなことを言うと、チェイサーはこくりと頷いて、その銃を宙に放り投げた。


 鋼の銃身は空中で何度か回転すると、刹那、白く眩い光を放った。そして閃光が晴れたとき、さきほどまであったはずのリボルバーは消え、見覚えのない少女がそこに立っていた。


 ジェイルより頭一つ分ほど小さなその少女は、月を反射する夜の海のような蒼い双眸をこちらに向け、雪のような髪を揺らしていた。整った童顔は幼げだが無表情で、まるで人形のようだった。体格に合っていないのか、服が大きそうだった。チェイサーと名乗る者同様に、時代違いな探偵服のようなものを着ていた。


「ワタシは……アイラ。あなたの父親によってそう名付けられた。ワタシは拳銃に【力】【人格】【器】を付与された存在。エドワード・シルヴァーの負の感情がワタシを造り出した」


 アイラと名乗った少女はいままで見たこともないくらい、美しく、儚げで、浮世離れしていた。声は真冬の空気のように澄んでいるが、酷く凍てついたものだった。


「付与? 力? 人格? 何を言ってるんだ?」


「…………」


 アイラは自己紹介だけすると黙り込んでしまった。黙っていると本当に人形のようで、なんだか不気味でもある。


「知りたければ付いてきてくれ。続きは向こうで説明しよう。そのほうが分かりやすいはずだ」


「向こうってのは、お前らが言う異なる世界とかいう奴のことか?」


「うん。そうだよ。物分りがよくて助かるよ。じゃあ、行こうか」


 チェイサーは壁にかけていたステッキを持つと、杖の先端で壁を数回ほど叩いた。さきほどから振り回されてばかりだ、何が起きているか、なぜ銃が喋り、少女の姿となったのかもまるで理解できない。そして今、目の前で起ころうとしている現象も理解不能なものだった。


 ――――ガチャリと、壁から鍵を開けるような音が響いた。窓なんてないにも関わらず、どこかから強風が吹きつけ、髪が靡いた。やがてそれは視界に映りこんだ。


 汚れの目立つ白い壁に、ぼんやりと巨大な木製扉が現れ始めたのだ。風もその異常な場所から吹きつけていた。この世界とは違った空気の、どこか懐かしい臭いがした。


 やがて扉はおぼろげなものから、はっきりと視覚できるものへと変化すると、チェイサーはニコリと笑って金のドアノブに手を置いた。


 ジェイルは驚きを隠せず目を見開き、目の前の光景をまじまじと見つめた。疑わしいだとかそういう次元はとうに超えた。全てが本当なのだと、扉を覗く瞳が、風を受ける肌が、鼻が、耳が訴えていた。


「……行きましょう。シルヴァーさん。ワタシの今の役目は、あなたを守ることです。そのためには、来てもらわないといけない」


 アイラは抑揚のない声を発すると、表情が欠落した顔をこちらに向け、手を伸ばした。ジェイルはその手を掴もうとするも――――躊躇った。


 陰鬱な圧迫感と先の見えない未知が恐ろしく思え、少女の小さな手を掴もうとするこの腕は、金縛りのように動けなくなった。死後膠着でもしたかのように、体全体が固まり、動けなくなりそうだった。


 それでもあの遺書に書かれた言葉を思い出すと、指先がピクリと動くことができ、必死の思いで腕を伸ばし――――少女の手を掴んだ。


 手は柔らかく、冷たかった。つまりアイラはこの手を暖かい手だと思ってくれているのだろう。決断は済ませた。まだ何も理解はできていないが、これから降り注ぐであろう強大な運命の入り口を睨み、一歩、歩み出た。


「よく来てくれた。ようこそ。狭間の世界へ――――」


 ゆっくりと扉が開かれ、足元から未知の霧が立ち込めていた。鋭く、先の見えない閃光が扉の向こうから入り込んでいた。だがもう躊躇いはしない。


 元よりこんな地獄のような日常に未練などない。



 ジェイルはアイラの手を握り締め、チェイサーの背を追って、扉の向こうへと――――行った。



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