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狭間の国のメモラビリア  作者: 終乃スェーシャ(N号)
五章:狭間の国のメモラビリア
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魔素の呪縛

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ――――チェイサーが立ち上がり、こちらに顔を向けた瞬間ワタシは全てを理解しました。……彼は死んでいました。エドワードと同様に魔術的な働きをもって動いているに過ぎない操り人形と化していたと理解しました。


 ……全部、ワタシの所為だ。やっぱり助からなかったんだ。


 そしてメイザスに似たその存在は、この場が我が家か何かのように現れて、チェイサーに成り済ましていた。ブロウワーの肩を借りて、本当に彼そのものにしか見えない飄々とした独特な雰囲気を醸し出して皆を騙している。


 …………十年以上も一緒に過ごしてきました。血のつながりどころかワタシには生命の証である鼓動さえないですが、それでも、家族と同然の存在だと想ってきました。思い返してみるとワタシは親切をされても無愛想で、酷く可愛くないお子様でした。それでも、大切な家族だった。


 けど、その幸せも崩れ去った。ワタシと同じ、一体何の目的があって生まれたかも分からない遺品がその意味を作ろうとしてチェイサーを、エドワードを、皆を殺してしまった。


 ……頭のなかがぐちゃぐちゃする。ドス黒い憎悪のような、虚無的なまでの悲しみが苦痛の叫び声をあげている。


 死は眠っているだけ、いつか起きてくれると哀れなくらい信じ続けていても、理性は信仰を上回っていた。分かっている。死んだら二度と会えない。それが今のこの世界のルールであると。


 その事実が涙腺を刺激して、呼吸をしゃくり上げた。どうしようもないくらい顔が強張って、怖くて、強大な何かに押し潰されそうになる。


 チェイサーが死しても生前と何一つ変わらない笑顔を浮かべているのを目の当たりにして、ワタシは腰が抜けてその場にへたり込んだ。


「――――大丈夫だ。俺がいる」


 ジェイルがワタシの手を握った。その手は寄り添いたいくらいに暖かく、優しいもので、ワタシに勇気を与えてくれた。


 眼差しが熱く感じられる。ひたむきなまでの想いがワタシにだけに注がれている。……言わないと。ジェイルは認めて、助けてくれた。その想いに応えたい。


 ワタシはジェイルの手を強く握り返した。彼の熱が空虚なまでに冷えた身体を満たす。チェイサーが既に死んでいることを、メイザスに似たそれが、ワタシ達の宿敵が目の前いることを言う覚悟をした。躊躇いはもうなかった。


「――――――」


  ジェイルに視線を合わせ、決して聞き逃すことのないようにハッキリとした声で伝えようとした。けれどもそれは声にならない。いまだにワタシは怖がっているのか? 否、声にならないのではない。声が、空気の振動が打ち消されている。……第六感にも近しい感覚が魔素の流れを感じ取る。目の前の敵が、【力】の付与で空気の振動を、物理的働きを止めているのだ。


 …………気体にも当然魔素は含まれていて、難しいことではあるが不可能ではない。しかしワタシが発そうとする声に相反する力を掛けなければそれはできない。一体どれだけの精密な動きが求められるのか。抵抗しても、敵の魔術の作用が上回って、何も喋れない。


 思わず、唖然としてチェイサーの顔を見上げた。彼の笑みは上っ面だけで、魔素には何十年と積み重なってきた執念……いや、怨念にも等しい想いが込められている。


 その想いが魔術を引き起こし、物体であるワタシの体そのものに作用して、どうしようもなくワタシは立ち上がらされて、写真に写るリティシアに酷似した微笑みを浮かべていた。


「ありがとうジェイル。わたしは平気です。ちょっと驚いただけですよ」


 気持ち悪かった。家族を殺した男にワタシはどうしようもなく操られ、もう死んでしまった女性の真似事をさせられている。――――正気ではなくなりそうだった。微細な頬の筋肉までもが黒々とした邪悪な何かに満たされて、ワタシの体なのに勝手に動く。悲鳴を上げたいのに、涙が出そうなのにそれさえも抑え込まれていた。


 チェイサーの死体がペラペラと、何かを喋っていたが頭に入らない。思考さえも石像のように硬直して、思考を巡らせること以外何一つワタシにはできなかった。


 時間だけが無為に過ぎて、ブロウワーが、チェイサーが、部屋を離れていく。それでもワタシの呪縛は解けずにしばしリティシアのような仕草をせざるをえなかった。しかし不意に魔術から開放されてこの体がワタシの精神のものとなると、咽返ってしまい今更ながら数滴だけ涙が落ちた。


「アイラ……? 本当に大丈夫なのか? ……チェイサーが何かやったのか?」


 気がつくとすぐ目の前にジェイルの顔があった。真剣な眼差しを向けて、ワタシの身を気遣ってくれていた。そんな視線が向けられていると、ついさきほどまで全身を蠢いていた恐怖が波のように押し寄せて、思わず抱き締めさえ、したくなるような衝動に駆られる。



 ――――ワタシは弱くなってしまった。だからこそ理性であらゆる行動を律した。今、行なうべきことはこの異常事態を伝えることだ。そう思った。けれど同時、脳裏に疑問が過ぎる。



 ……敵は、メイザスに似たそれは一体何を目的としてここに来た?


 皆殺しが目的ならエドワードのときと違って皆、満身創痍だ。いつでもできるはずだ。しかし彼はそれを行なわない。それどころかさも自身がチェイサーであるかのように振舞い続け、彼の部屋へと入ってしまった。


 ワタシの希望論に過ぎないかもしれないが、皆殺しが目的ではないかもしれない。けれど下手に刺激をしてしまえば……魔術の使えないメイドは間違えなく殺されてしまう。いや、チェイサーでさえ殺されたんだ。弱っていたとはいえエドワードだって彼に殺された。下手をすれば全員助からない。


 今ここで敵の正体をバラしてどうなる? ワタシが本当にすべきことを考えるべきだ。魔素の流れは人間には分からない。銃として人を殺めることはおろか人として魔術を行使したところで敵に敵わないが、真実に気付いているのワタシただ一人だ。…………ならば、不用意に危険を広める前に探るべきではないか。


 段々と思考が纏まり、ワタシは数十秒ほどの沈黙をおいて、ジェイルに返事を返した。……またワタシは仮面を被る。嘘をつく。


「少し……安心しただけです。ジェイル、」


 ――――あなたをこれ以上危険な目には合わせはしない。命令だからではない。大切な人のためなら、この手はもう躊躇わない。


 幸い、演じるのは苦手ではなかった。ワタシは毅然とした態度で部屋を後にしようとして、でもその前にしなければならないことがあると思い、踵を返す。


 もし何かあってメイザスに操られることがあれば、彼はワタシをリティシアとして扱い、彼女の動きを忠実に真似るに違いない。……だからワタシがまだワタシでいるうちに、目の前にいる大切な人のために最大限の笑顔を見せた。恥ずかしくて耳が赤くなりそうな上に、なんだか頬が強張ってしまった。



 ――――鏡が無いから分からないけど、きっとぎこちないものだったに違いない。



 それでもおかげで恐怖は振り払えて、ワタシは部屋を後にした。

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