熱を伝う
「……ワタシは、分かっていた。エドワードがエドワードじゃないことに。けど、けど! 撃てなかった。本物かもしれないって、0%の可能性に掛けてしまった。またジェイルに引き金を引かせようとしたんです。ワタシは」
自責の念が彼女の脆い心をズタズタに引き裂いていた。だが、あの状況で誰が攻撃出来ただろうか。アイラはもちろん、他の皆だって十数年……もしくはそれ以上の時間を共にしていたはずなのだ。
たった二週間と少し一緒にいただけで、アイラはもちろんのことチェイサーやメイド……皆に対して傷ついて欲しくないと、彼らは大切な人達であると心の底から思えたのだ。それが十年以上一緒だったら、――――どれだけ精神に負担を掛けるだろうか。想像もできない、いや、したくなかった。
「撃てっていうのが理不尽だろ……! 俺だって本当に父さんかと思った。皆、本物であってくれって願ってた。でも言ってしまえば、俺だけは一緒にいた時間は少ないし、だから俺が一番攻撃への躊躇いはないはずで、俺なら攻撃できた。ただ俺が臆病者だった」
本心だった。他の人達よりは確実に思い入れなんてなかったはずだ。きっと、きっとそうに違いない。攻撃できたはずだ。彼の姿を見たとき浮かんだ感情は感動や歓喜ではなく疑念だったはずだ。そのくせに躊躇ったのだ。
「ジェイル、あなたには無理です。あなたには時間以上にシルヴァーの血が流れている。切っても切れない親子の証が。それに比べてワタシはどうです? ただの拳銃です。人殺しの道具です。そのくせに人殺しを怖がって…………。」
アイラは自嘲し、乾いた笑みを見せた。
――――ただの拳銃? 人殺しの道具? 彼女が淡々と吐き捨てるように言った言葉が頭のなかで何度も反響し、そのたびに血肉が沸騰するかのような怒りがこみ上げた。それは魔素を伝い周囲に破壊をもたらして、洗面台のガラスが音を立ててヒビを刻む。
「……ふざけんな。アイラがただの拳銃で人殺しの道具なわけねえだろ!!」
ジェイルは激越な口調で声を荒らげた。凄まじい剣幕で顔を歪めて、口を開けば開くほど儚いまでに冷たく感じれる手を一層強く掴む。けれども声は届かなかった。あまりにも長い月日の間に蓄積し続けた悲壮がとめどなく溢れ出ていた。
「ワタシは一体……一体何のために生まれてきたのでしょうか? エドワードの悲しみから生まれて、そのくせにリティシアの代用品にもなれず…………ワタシは一体、どんな使命を持って生まれてきたのでしょうか? 分からない。だから何か一つでも明確な繋がりが、血が流れているジェイルが羨ましかった。だからあなたのことが大嫌いでした」
アイラはそこまで言うと再び嗚咽して、青く透き通った瞳に涙を溜める。それでも彼女は必死になって言葉を続けた。
「……ワタシは何もできない。命令の一つさえこなせない。この中途半端で出来損ないの心が邪魔をする。……機械になりたかった。そうすれば撃てた。……ワタシに心を安らげる権利なんてなかったんです。この手の暖かさに甘えるのは赦されない。……分かりますか? ジェイル、あなたの手は優しい。だから怖くてたまらないのです。あなたを地獄の底にまで引っ張ってしまいそうで、だからワタシは一人でいい」
――――凍える吹雪に晒されたかのような、雪のような手。否、こちらが熱を帯びているだけなのか。だがどちらにせよ関係なかった。目の前の馬鹿で、一人で勝手に抱え込んでいる女の子を助けたかった。だから、手を離した。手だけではきっとこの熱は伝わってくれないから。
ジェイルはアイラの小さな身体を抱き締めた。力強く、全てを受け切るように腕を背中に回した。それは少女にとってあまりにも予想外のことだったのか、彼女はビクリと怯えるように体を揺らし、目を大きく見開いた。顔を真っ赤にして、こちらを引き剥がそうと行動するも、その手に力はない。
……大声では伝わらない。ただ一心の想いで言葉を、空気の振動に変える。
「アイラはアイラだ。代用品なんかじゃないし、俺はアイラのことをただの道具だなんて思ってない。誰が道具をこうやって抱き締めるか。誰が道具のために親友を泣かすか。俺は……俺は、アイラが大切なんだ。一緒にいてくれるだけでいい。……自責しないでいい。甘えていい、いや、甘えてくれ」
――――届いた。そう確信できた。アイラの抵抗は緩やかに収まっていき、強張っていた緊張が解けていく感覚がした。反して、心臓の脈動が高まっていく。
アイラは泣きながら表情を崩すと、震える小さな声で囁くように、何度も何度もその言葉を発した。
「……ありがとう。…………ありがとう。本当に、本当にありがとう……ございます。ワタシは、ワタシは…………」
少女はゆっくりとぎこちない笑顔を向けて、こちらの瞳を覗いた。それは優しげで、愛おしくて。
ああ……、どうか聞こえてませんように。ジェイルは祈った。
――――この心音だけは彼女に伝わりませんように。そうでなければ、本当に顔を向き合えなくなってしまいそうだった。




