対峙
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「メイザス。どこに隠れた。お前は最低だ。どうしてこんなことができる……! エドワードの死体を操ってまで何をしようってんだ! 答えろ!」
四階建ての建物の上、いくつもの煉瓦を砕くほどの衝撃をもって、チェイサーはその場に足をつけた。対するエドワードも同様にその場所に下りると、何がおかしいのか狂ったように笑い声をあげた。
「フハハ! フヒャヒャヒャヒャヒャイーヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!! チェイサー! いや、ロレンス。変わったなぁ……。昔は飛蝗を追いかけるような子供で、泣き虫で、オレによく甘えていたというのに」
「……幸せだった。なぜだ。なぜ皆を裏切った。なんで相談してくれなかった! 出て来いメイザス! 死体を動かして喋らせて、どれだけ死者を冒涜すれば気が済むんだ!」
チェイサーは怒号をあげて、周囲を見渡した。――――【力】の付与でこの場に吹き飛ばしたはずなのだが、彼は消えていた。代わりとばかりにさきほど一瞬にしてこちらの腕を両断した剣が、宙を漂う左手のなかにあり、血塗れた刃で太陽の光を反射していた。
「死者を冒涜? 違うね! これはただの肉体だ! 所詮は小さな粒が、酸素や炭素によって構成された物体に過ぎない。だからこうしてたやすく操れる。分かるかぁロレンス。だから普通の魔術で自由に動かせる」
エドワードは殺意に満ちた形相を浮かべながら、切断されていた手でチェイサーを指差した。それは彼の魔術のトリガーの一つであることは知っていた。――メイザスがわざわざ真似ているのだ。
だが、予兆さえ分かれば対処は容易であった。さも当たり前のように屋根の上を雷撃が蛇のごとく這い巡り空へと放電されていくなか、チェイサーは青い稲妻が自らの体を走り抜けるより早く屋根を破壊し、下の階層へと逃げ飛んだ。煉瓦の破片や砂煙が舞い上がる。
――パチパチ。エドワードは漂うと手を使い、こちらを馬鹿にするように空気交じりの拍手を鳴らし、部屋に下りてきた。
「腕を上げたなぁ、ロレンス。いや、その腕も片方は地べたか? 素晴らしい。素晴らしい攻撃だ。オレがこの部屋に入る瞬間も四肢を【力】で捥ごうとしたのか。……オレじゃなきゃあ、それで即死だった。実に残念だ」
その発言を境に、エドワードの体からだらだらと赤い血が流れ始める。魔術によって生じた力が皮膚の一部を裂いたことによるものだった。
「……そうそう参考までに聞かせてくれないか? なぜオレがエドワードじゃないと分かったんだ?」
チェイサーは怒りと殺意で血走った瞳で目の前の敵を睨んだ。だが、その瞳からは決壊したダムのように涙が流れ始める。
――――そうなってから十七年も経過していたが、いまだその現実を口にするのは容易なことではなかった。目の前の親しかった存在に怒りをぶち撒けるように、感情が耐え切れずに爆発するように叫んだ。
「エドワードが皆の名前を忘れたからだ! メイザス! お前がいてくれれば彼はあんなことにはならなかったはずなんだ! 答えろメイザス!! なんでお前は平気で、当たり前のように家族を傷つける! 皆、君を尊敬していたんだぞ! お前がさっき腹を貫いたメイドだってそうだ! なのになぜなんだ!」
――――魔術の暴走によって、体内中の魔素が激情に満ちた声に、空気の振動に力を加える。それによって建物の壁がクラッカーか何かのようにたやすく崩れ、崩落していき、振動が響くたびにそれは相乗的に破壊力を高めた。
だが敵はいたって冷静に相反する力を周囲に付与し、建物の崩壊をも無力化していく。天井と壁がほんの一部を残してその部屋から消滅し、砂塵のなか涼んだ風が流れる。空は疎ましいほどに晴れていて、日光が差していた。
「素晴らしい。だがやはり冷静だ。暴走を止めるのが早すぎる。やはりロレンス、お前は相応しくないなぁ」
そう言うと宙に漂わせていた腕がその手にあった剣を投げる。当然、ただ投擲しただけのはずがなく、剣は【浮遊】の付与によって軌道を変え、骨をも斬らんとして蜂のように襲い掛かる。
チェイサーは魔術を行使するために紛いものの笑顔を取り繕い、エドワードに向けて声を荒らげ叫んだ。頭のなかではエドワードの全身があらぬ方向へと曲がり、発火点に達し燃え上がることを考え、魔素を働かせる。同時に目の前にまで迫る剣を無力化すべく力の方向を変える。
「眠らせてやる! エドワード! これ以上、君をここに留めさせはしない! リティシアの元に帰ってくれ!!」
――――同時に多くのことを考えるのはひどく精神を摩擦した。何年間も共に過ごしてきた人を攻撃するのは純粋に胸が引き締められた。さきほどの暴走もあってかぐわりと脳が揺れる感覚と激痛が走る。
あまりの痛みに意識が朦朧として、ようやく自体を把握する。――――敵も同時に攻撃を行なっているのだ。【熱】の付与。対策するためにまた一つ脳で魔素を行使する。
エドワードは余裕の笑みを浮かべていた。僅かに肉が漕げるような臭いが鉄臭さのなかに混じったのは事実であるが、やはりすぐに対策を講じられる。力の付与も同様にして、掛かる方向を変えればそれに対して新たに付与を施されるだけであった。
だがそれは相手も同じである。チェイサーは確かに敵の攻撃を無力化した。頭痛が消え、剣の刃は肉を切り裂くことなく近くの床に突き刺さる。
「……はぁ、はぁ…………。メイザス、もうエドワードを眠らせてあげてよ。なんで死んだあとも彼をそうやって……戦わせるんだ。君に人の心はないのか……!!」
「――――眠っているんじゃあない。別の場所に存在しているだけだ。だから会える。そしてロレンス、死にゆく君に一つ尋ねたい」
その声はエドワードからしたものではなかった。掴みがたいような、地獄の亡者を彷彿とさせる黒色の声。幾つもの感情が混ざり溶けてしまったような、何を考えてるかも分からない声。
それはチェイサーのすぐ背後から響いた。
「――――メイザッ!」
いつから背後を取られていたのか。気付けば彼はすぐ後ろにまで迫っており、その名を呼ぶ前に冷たく金属質な両腕で首を締め付けられ、持ち上げられる。チェイサーは必死になって彼の手を引き剥がそうとしながら、彼の顔を覗いた。
おぞましいくらいに美しい金の髪に、ガラス球のように透き通って感情の欠落した赤い双眸。その手に生命の鼓動はなく、チェイサーは一つの確信を得た。
「そうか……。君はッ…………!! メイザスではなかっ……たのか。エドワードは…………勝って、いたのか……!」
メイザスではない。その言葉は彼の逆鱗に触れた。締め付ける力はより一層強くなり、首筋に刃が沿うような感覚がした。非常に鋭利で、暖かな血が流れ落ちていく感覚が強まる。
「オレがメイザスでないなら……オレは誰なんだ? 答えてみろ。お前らが作り出したんじゃあないか。この記憶は作り物か? あの女にはなんて教えたんだ? 君は偽物だから死ねと? フハハ! フヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ! 事実を知るのはオレとお前だけだ。そしてたった今より! オレ一人となる! 怖がる必要はない……オレが死なんてものをなくしてやる」
メイザスはその赤い眼から涙を流して、しかし口角を吊り上げて薄ら笑いを浮かべ、だがその額は怒りに歪んでいた。
「……ごめんよ。君も、」
――――アイラと同じだったのか。
チェイサーは気道を圧迫されながらも腹を絞るような声で呟いた。諦めて死ぬ気などさらさら無く、メイザスの体にあらん限りの電撃を通わせる。紫電が飛び交い、周囲をさらに打ち砕く。
「電気は効かない……。分かるだろう? それくらい」
――メイザスに反応はない。だがそれは彼の言葉通り想定していたことだ。真に想像していたことは、この部屋が、いや、この建物に掛かる力が地球の重力より空への重力もが勝り、上に落ちることである。
激烈な地響きと共にそれは想像通りに現象となり、瓦礫が空に落ちていく。それはメイザスにも予想できないことであったのか、彼は変わりゆく力場の中心でほんの一秒ばかし反応に遅れた。絞め殺そうとする腕が引き剥がれ、チェイサーはすぐに態勢を立て直し、二人の敵と対峙する。
「これで終わらせよう。僕が君を殺せば終わりだ。そうすればジェイル達は普通の生活に戻れる。どんな経緯があったとしても僕は君に遠慮はしない」
「……なんとでも言うがいい」
ずっとメイザスが生きているものだと思っていた。けれどそれは違ったのだ。彼が持っていた剣がメイザスになっていたのだ。しかしリティシアに似せられたアイラと違って、メイザスは過去の事を覚えていた。それはどれだけ辛いことなのだろうか想像も出来なかった。
だが、より大切な者を選ぶべきであるということは実に明白であった。【暁の星】の皆は家族同然なのだ。これ以上、彼を生き長らえさせて誰かが傷つくのだけは止めなければならなかった。そのためには、
両者は、互いを殺すべく、各々の魔術のトリガーを――――偽りの表情を浮かべた。




