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狭間の国のメモラビリア  作者: 終乃スェーシャ(N号)
四章:鎮魂歌は響かず
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嵐の前に

 ユイが来てから一日が経過した朝。ジェイルは異様な夢を見て目を覚ました。若いころの父と母、チェイサー、そしてメイザスが親友のように一緒にいて、しかしその場にいた全員が死んでしまう夢だった。


 書斎の本で本当に仲がよかった時期があったことは知っているが、なぜ今になってこんな夢を見たかは分からない。


 不快で居心地の悪い夢ではあったが、いちいち夢について考える理由もなく、ジェイルはいつもの動作で廊下に出た。


「おはようございます。ジェイル」


「おう、おはよう」


 アイラは昨日の出来事など気にしていない様子で、いままでの二週間と変わりはなかった。どんな時間に起きようとも仏頂面で廊下で待ち構え、訓練と称して鋭い拳か蹴りを放つ。


 ジェイルは余裕を保ちながらその一撃が体に入る前に、彼女の手首を掴んで止めた。威力はその日の機嫌によって大きく上下するが、今日はいままで受けたなかでも最も力が篭っていなかった。


「いつもより威力抑えたのか?」


「面白いジョークですね。なぜワタシがそんな配慮をしなくてはならないのですか」


 アイラは淡々とした様子でこちらの手を払うと、不満を訴えるかのように蒼の瞳で睨み付ける。これ以上言及しても彼女は何も喋ってはくれないだろう。


 ジェイルが諦めて返事代わりにため息だけを返すと、アイラは「ん、」とだけ言って食堂へと手招きする。


「はいはい」


 ジェイルは軽い応答だけして、共に食堂へと向かった。食堂にはブロウワーとメイドを抜いた全員が既に座っていた。ユイも早くから来ていたようだ。彼女は若干挙動不審気味にあたりを見渡しては、窮屈そうに肩をすぼめていた。


「早いなユイ。もう起きてたのか」


 ジェイルが何気なく声をかけると、ユイは緊張した態度を一変させ、その艶のある黒髪を整えながら優しく微笑んだ。

「慣れない枕で眠れなかっただけよ。本当それだけ、心配しないで大丈夫よ」


 次に新月が来て銀の鍵が使えるようになるまでの約二週間、ユイはアベンジャーが使っていた部屋で過ごすこととなった。さすがにまだ他の人とも打ち解けるはずもなく居心地は良くなさそうではあるが、憔悴してる様子などはない。


「やあジェイル。もう平気かい? ジャックのことでなんらかのショックを受けたことは分かる。誰だって最初はそうさ。けど何もしないほど僕らには余裕はない。朝食を食べたらさっそく訓練だ。それで大丈夫かな?」


 チェイサーは挑戦的な眼差しでこちらを見つめ、ニコリと柔らかな笑みを見せる。


「喜んで。浮遊はまだおおまかな動きしかできないからな。今日でマスターしてやる」


 ジェイルは落ち着いた口調で、野心的な笑顔を返事とばかりに浮かべた。チェイサーは心底今を楽しむかのように笑みを絶やさずに言った。


「ハハ。その意気さジェイル。君は僕よりも飲み込みが早い。見ていて楽しいよ」


「ねぇジェイル。その訓練? って本当に大丈夫なの? 腕が燃え上がったって聞いたんだけど」


 ユイがジロリと不安と怒りの混ざった瞳でこちらとチェイサーを睨んだ。メイドかブロウワーの辺りから聞いたのだろうか。


「それは…………確かに事実だけど、俺が使い方を謝っただけであって、そりゃどんな道具だって使い方間違えたら爆発とかするだろうし、訓練は問題じゃない、はずだ」


「随分自信のない言い草ね……。あ、ええと。チェイサーさん? でいいんでしたっけ」


 人名ではない呼び方にぎこちなさを残しながら、ユイはチェイサーの名を呼んだ。彼はそうだよ、とだけ返してユイのほうを見つめる。


「その訓練って見学してもいいの? おかしな状況ではあるけれど……私も魔法気になるし」


「もちろんとも。エドワードは望む人になら誰にでも教えるべきだと言っていた。僕だってその意見さ」


 心なしかユイの瞳が好奇に輝くなか、廊下のほうからメイドとブロウワーの声が響いた。


「遅れてごめんなさいー! 今完成しました! またブロウワーさんに味にいちゃもんつけられたんですよ」


 バタバタと騒がしい物音を響かせながら、活気に満ちた声とパンの暖かな香りが部屋に届いた。まもなくしてメイドは熱い赤髪を揺らして、エヘヘと笑いながらブロウワーと共に食堂に来た。対してブロウワーは不機嫌顔でぶつぶつと愚痴垂れていた。


「パンを焼く時間が長すぎる。あと15秒早ければ完璧だったのに。本当駄目だなメイドは。私ならもっと上手く、そして旨くできるぜ」


「だったらブロウワーさんがやってくださいよぉ」


「うっさい。私はそういう役目じゃないのさ」


 二人は親友のように親しげにやり取りをしながら料理を並べた皿を各々の席に置いていく。目玉焼きやマッシュルームのソテー、焼いたトーストなどだった。


「ジェイル、バターを取ってください。手が届きません」


 アイラはそう言って、手を伸ばす素振りだけした。取ろうと思えば普通に届く距離なはずだが、面倒臭がっているのだろう。ジェイルは呆れながらも言われたとおりにすると、ふと疑問に思っていたことを口にした。


「そういえばアイラさ、俺のことようやくフルネーム呼びしなくなったな」


「いちいちフルネームで呼ぶメリットがないと理解しただけです」


 アイラは会話をすぐに切り上げてしまうとリスのように口に詰め込めるだけ詰め込んでいく。なんとも馬鹿みたいな姿であった。それもいつも通りのことで、昨夜とは一転して奇妙なほどの平穏だった。


 ――――しかしそれは、嵐の前の静けさのようにも思えた。

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