追憶
二週間も過ごしていたのだ。ジェイルにはアイラの鉄面皮に刻まれる表情が嘘か本当かがなんとなくではあるものの、理解できた。加えて部屋に平静を取り繕うような空気が覆っているような感覚を感じ取り、怪訝な表情を浮かべる。
「どうかしたのか? 二人共」
「いえ、なんでもありません。それより彼女に今の状況を説明してしまいましょう」
――――紅茶を喉に通し、不定期に菓子を摘みながらも、ジェイルはこの二週間に何があったかを全て説明した。どうやってここに来たか。両親は捨ててはいなかったが、もうこの世にはいないこと。メイザスという男に命を狙われていて、ユイを襲った男も彼の部下であるということ。
ユイの言いたいことは多くあったようだが、とりあえず全部聞いて欲しいと頼んだら、真摯に耳を傾けてくれた。
しかしそれでもこの現実離れした現実を受け止めることは困難であった。たとえ、【浮遊】の魔術で物を浮かせてもである。
「……何かおかしなことに巻き込まれたのはわかったわ。魔法? ……が本当にあるっていうのも、見せられたから納得せざるおえないもの。でもジェイル、どうする気なの? 殺されちゃうかもしれないんでしょ? 嫌だよ私、ジェイルに危険な目に合ってほしくない。学校だってどうする気なの? 戻る気はあるの!?」
肺を絞ったような、怒りに満ちた声だった。同時、ユイはテーブルにテーブルを強く叩きつける。しかしこちらを覗く黒い瞳は涙ぐんでいて、今にも泣き出しそうであった。
「……何もしないわけにはいかない。俺は死にたくないから。それに、アイラを守れって父さんに言われた。学校は…………今は考えてる余裕ない。ユイには心配かけたと思ってる。本当にすまない」
「何よ……すまないって。謝られたって……私はなんて答えればいいのよ。一番つらいのはジェイルじゃないの」
ユイはそう言うと、漂わせていた怒気を霧散させた。無力さを悔いるかのように顔をうつむけ、憂いげに脱力した。
ジェイルは困惑し、言葉を失った。なんと言ってあげればいいのかが分からなかった。
……彼女が本当に憂鬱そうにしているのを見るのは初めて出会ったとき以来だった。たとえ唾を吐かれようと毅然としていたにも関わらず、こちらのことを思ってそんな表情をしているのだと思うと罪悪感が重く圧し掛かる。
そんななか、救いの手を差し伸べてくれたのはチェイサーだった。彼は二度ほど手を鳴らし、注目を集めると改まった口調で言った。
「コヅカさんだったかな。無関係の君を巻き込んでしまって申し訳ないと思っている。けれど向こうの世界に戻るには次の新月を待たないといけなくてね。つまりは15日後になるんだ。それまでの間は一緒にいるだろうから、今すぐなんらかの決定を下す必要はない。ゆっくりと話し合ってくれ」
「と、とりあえず夕食の用意ができてますので、よければ一緒に食べてください!」
紅茶と菓子を用意して以降、ずっと黙って一連の様子を見ていたメイドが、少しでも場を和ませようと快活な笑顔を浮かべながらそう提案した。
「親切にありがと。でもごめん。私今そんな気分じゃ――」
ユイが丁重に断ろうとすると、メイドの笑顔は若干ばかし引きつり、鬼気迫ったものへと変わった。
「人数分用意しちゃったので、それに食べれば少しは気持ちも晴れますよ」
笑顔に言いようのないほど暗い影が差す。それは誰がみても脅迫めいたものだった。チェイサーも苦笑いをするばかりで、明らかに気圧されている。
「…………分かったわよ。行けばいいんでしょう。行けば」
ユイが観念して立ち上がったところで、部屋にいた全員で食堂へと向かっていった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
晴れ晴れとした青空にぽつんと浮雲が漂う中、小高い丘の上から周囲を見渡した。森の木々が残りながらも、若草色の田園風景が地平線の向こうまで、眼下に広がっていた。点々と石造りの小さな民家が建っているのが可愛らしい。
「メイザスの村……すごいですね! ノーサウ村でしたっけ。この村の名前」
その少女は、リティシアは絹のように美しく柔らかな白い髪をなびかせながら、オレの顔を覗いた。彼女の表情は大人びていながらも快活で、両手を使って麦藁帽子が風に飛ばされないようにしている姿はほほえましい。
「ああ、そうだよ。ここがノーサウ村だ。それでこの丘がオレとしては一番の絶景ポイントでなぁ。なかなかにいいものじゃあないか?」
生まれた場所が褒められて嬉しかった。最近は魔術の実行方法を教えてばかりで自分達の時間というものが取れていなかったのだ。エドワードなんて3日も寝ていないものだから、丘に寝転がって、眩い太陽光を遮るために本を被ってしまうとそのままいびきをかいて眠っていた。
対してロレンスはというとエドワードのすぐ隣で飛蝗を捕まえようと、バッタのごとくぴょんぴょんと跳ねていた。そしてだんだんと寝転んでいる彼に近づいていき、やがて彼の腹部を踏みつけた。
「ぐえっ!」
エドワードのうめき声が田園に響く。ロレンスはやってしまったとばかりに冷や汗を流し、ゆっくりと後ずさりしながら様子を伺う。
「痛ぇ! 踏むか普通!? 人の腹! 来いロレンス! お前の体投げ飛ばしてやるぜ!」
エドワードは荒々しい声でそう叫ぶとまだ九歳のガキを必死になって追いかけ始める。二人とも快活な笑顔だった。戯けていて、ひどく子供びている。
「ねえメイザス。ひとつ……聞きたいことがあるのですが」
「ん? どうしたんだいリティシア。急に改まって」
背後からリティシアの声がして、メイザスは何気なく振り向いた。
――――次の刹那、さきほどまでののどかな光景は無くなっていた。灼熱の業火が美しかった田園を全て燃やし付くし、呼吸もできないほどに煙を充満させて空を覆う。
小高い丘に立っていたはずにも関わらず、足元に目をやればそれは村人達の焼死体と、【黄金の夜明け団】のメンバーの亡骸が積み重なってできた死体の山となっていた。
そんななかでもリティシアだけは依然として変わらない姿で、彼女は微笑みながら言うのだ。
「あなたは誰ですか?」
「……フハハハ。何を言っている? まるで意味が分からん。オレはメイザス・ダロウェイだ」
メイザスは空笑いをしながら冷静なふりをする。しかし無意識のうち、うわ言のように自問自答をした。
「本当にそうだろうか。お前は本当にメイザス・ダロウェイなのか? お前は死んだじゃあないか。本当に生き返ったのか? お前は蘇ったのではなく――――」
「黙れ。それ以上言葉を重ねるんじゃああないッ!!」
メイザスは腹の底から悲鳴をあげるようにして、叫んだ。そしてその張り裂けんばかりの声によって悪夢から目覚める。しばし呆然としていたが、不意に我に返った彼は周囲を見渡した。そこはノーサウ村などではなく、ただの薄暗い部屋の一室で、椅子に座ったまま寝ていたようだった。
「またこの夢か…………エドワードを殺したとき以来か。まったく反吐が出そうだ。どうして過去というものは……ッ、牛の糞よりも不快で纏わりつく。なぜ自問自答をする必要がある。意味なんてないじゃあないか……」
メイザスは誰かに話しかけるかのように独り言を発すると、ドス黒い感情でいびつに歪んだかのような表情を浮かべて自らを照らす蝋燭とその蜀台を鋭い眼光で睨み付けた。ただそれだけで魔素は反応して、金属製の蜀台もろとも軽々と破裂させた。
「…………リティシア。なぜ君まで死んだんだ」
メイザスは悲痛で、今にも消えてしまいそうな弱々しい声でそうつぶやいた。




