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狭間の国のメモラビリア  作者: 終乃スェーシャ(N号)
四章:鎮魂歌は響かず
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複情

 ――――背後で扉の閉じる音が響く。空気が混ざり合い、やがて狭間の世界特有の魔素を含んだものに変質し、気付けばさきほどまで広がっていたはずの郊外はなくなり、食堂に戻ってきていた。


 ジェイル達が帰還するのを見たメイドやブロウワーが嬉しそうに立ち上がり、こちらに駆け寄ってくる。


「お、お疲れ様です! よかった……生きて戻ってきてくれて。すぐに料理作り直しますね!」


 メイドが人懐っこい笑顔を浮かべ、暖かな色をした赤い髪を揺らすと、チェイサーは緊張を解いて彼女の頭を撫でた。


「ああ、頼んだよ。僕はこの子の……ええと、名前はなんだったっけ?」


「コヅカユイだ。コヅカがファミリーネームらしい」


「そう、コヅカちゃんの【治癒】を行なわないといけないから……確か部屋は一つ、アベンジャーの部屋が空いているから、そこを借りよう。ジェイル、君はそこまで運ぶのを手伝ってくれ」


「ジェイル・シルヴァー、その前にワタシを投げてください。人の姿に戻りたいので」


「あ、ああ。悪い。忘れてた。それじゃ投げるぞ」


 二週間もあれば、さすがにアイラの姿が変わることにもなれていた。戻るときどうすれば彼女が戻りやすいかもだ。ジェイルは周囲を一瞥すると、邪魔な物が無い場所に向けて優しく上投げする。


 拳銃は宙で数回転しながら眩い光を放つと、柔らかな純白の髪をなびかせる少女へと戻る。アイラは天井を指差し、投げる位置が悪いと無言で愚痴垂れると凛々しい蒼い瞳でこちらをジッと睨みつけた。


「ジェイル・シルヴァー、あなたは疲弊しているでしょう。ワタシが運びます。向こうの世界では走るのも宙を浮くのも全てあなたが行なっていましたし、それに運ぶのなら同性が運んだほうがいいでしょう?」


「まぁ、そういうことなら頼む。運んでる途中で目を覚まされたら殴られそうだしな」


「ええと、とりあえず向かおうか。命に別状があるわけじゃないけど、怪我は早く治したほうがいいでしょ?」


 チェイサーが苦笑いを浮かべているのを見て、ジェイルは微笑み返したあと三階へ、アベンジャーが使っていた部屋まで一緒に向かった。彼女はもうこの世界にはいないが、部屋の荷物はそのままにしてあるようで、櫛や髪留めがテーブルに点々と置かれたままになっていた。それでも真面目な性格だったのか、部屋は整っており、生活感はあまりない。


「ジェイル、彼女は気絶した状態でここに来たからきっとパニックになるだろうから、一緒にいてあげてくれ」


 アイラがゆっくりと、ユイをベッドに寝かせると、チェイサーはニコリと笑みを作った。すると魔素が人体の再生能力を活性化させ、瞬時に彼女の腕や顔に出来ていた傷を治していく。


「これで一応傷は治せたよ。それじゃあ僕は下にいるね。彼女が目覚めたら教えてくれ」


 そう言ってチェイサーは悠々と部屋をあとにした。――――沈黙。ジェイルは近くの椅子に無言で腰を下ろし、アイラとユイを交互に眺める。


 いつものように何かどうでもいいことを言うなり、人を馬鹿にするなりしてくれれば、この息苦しい状況もなくなるのだが、こういうときに限ってアイラは黙り込み、口を開こうとはしてくれない。

「……お、俺。書斎で暇つぶしようの本取ってくるわ。普通の小説とかもあったろ。虚栄のなんちゃかみたいなタイトルした奴とか。……アイラは何か希望ある?」


「…………待ってください。行かないでください。少しばかり話があります」


 アイラは改まった声で呼び止めると不意に立ち上がった。人形のように綺麗で、しかしあまりにも表情に乏しいその顔をすぐ近くにまで寄せる。蒼い双眸がこちらの瞳を見詰めていた。……写真にあった若いころのリティシアに良く似ている。


「な、なんだよ。……驚くだろ」


 あまりにも顔が近いもので、絹のような髪が頬に触れ、甘い匂いが鼻をくすぐった。緊張が全身を走り、心臓が高鳴る。


「ジェイル・シルヴァー……ジェイル、ワタシはお礼が言いたいのです。ありがとうございます。……ワタシは拳銃の分際で、ジャックに最期の一発を渡すことを躊躇っていました。あなたが引き金を引いてくれなければ、ワタシは撃てなかった。しかしその所為でワタシはあなたを人殺しにしてしまった。謝らなければなりません」


 心臓の脈動は一瞬にして元に戻った。ジェイルは底冷えた表情でアイラを見据え、ゆっくりと彼女に距離を置く。


「……そのことか。前にジャックに殺されかけたときだって、俺は何度も殺すつもりで発砲してたぞ。頭の螺子が外れてるのかもな、俺。殺したあとになるまで何にも感じなかった」


 今残っている感覚は撃った瞬間の景色、焦げるような臭い、音。死に際の言葉だ。心臓を撃ち抜いたとき、戦慄しながらも、どこかで使命を達したかのような感覚がして、嫌で堪らなかった。


 ジェイルはいまだ拳銃を握り締める感覚が残る左手を見詰め、透かし笑いをして自嘲した。すると、アイラはその左手を力強く握った。その手は華奢で柔らかく、これが拳銃だとは思えなかった。

「それは違います。ワタシが敵を討ちたいと願ったからです。ジェイルは叶えようとしてくれただけ。頭の螺子なんて外れておりません。なぜ自嘲するのです。なぜ自分を卑下するのです」


 アイラは淡々と台本でも読んでいるかのように言葉を発した。しかし語気は段々と鋭くなっていく。反して、彼女自身は曇り掛かった表情だった。アイラは間髪いれずに話し続けた。


「……あなたは人間です。紛れもなく、愛情をもって生まれた、シルヴァーの血が流れています。確かに会った当初はワタシもあなたを馬鹿にしましたが、あなたには強い意志がありました。才能がありました」


 褒められている。称賛されているのだと理解するのには時間が必要だった。アイラは何か強い意志をもって言葉を発してくれていたが、どうにもそれが良い感情だとは思えなかった。


「ジェイルはもっと自信を持つべきです。ジェイルがいないところで、チェイサーはあなたに嫉妬さえ感じていたと言ったのですよ」


 嘘や冗談を言っている様子は微塵もない。おそらく、本当のことなのだろう。しかしなぜアイラがここまで言い寄ってくるかが分からなかった。


「正直に言いましょう。…………ワタシはジェイル、あなたのことが――――」


「ん……。あれ? ……ここどこ?」


 アイラの言葉は、ユイが目を覚ましたことによって途切れてしまった。

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