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狭間の国のメモラビリア  作者: 終乃スェーシャ(N号)
四章:鎮魂歌は響かず
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メイザス・ダロウェイは笑う

 メイザス・ダロウェイは一人、銀の鍵で狭間の世界に帰還した。落ち着いた柄と色をした絨毯がひかれた部屋で、四つほどある椅子の一つに座る。そしてテーブルに置いていたワインをグラスに注ぎ、喉に通す。


 ……ああ、ジャック・シッカートも死んでしまった。いや、彼が死ぬのも計画のうちだが、予想外にも早かった。彼にしか使えなかった魔術を学んでおいて正解だった。まさかここまで早く物事が進むとは。


 それだけジェイルが成長しているということだろうか。もしそうならば実にいい傾向だ。彼には成長してもらわなくてはならない。


「エドワード……リティシア…………。もうすぐ感動の再開をさせてやる。お前達は成長した子供に会えるんだ。喜ぶといい」


 現実に則した想像力による魔術では精々、熱を与えるだとか、力を加えるだとか、腐食作用を抑えるだとかが限界で、例えば物に命を与えるだとか、別世界に移動するだとかは不可能だった。だが、エドワードが持っていた銀の鍵。そして魔術の暴走に可能性はあったのだ。


「エドワード。見ているんだろ? ……答えてみたらどうなんだ。お前が魔術の暴走を抑えるように皆に教えたのは…………不可能も可能にしてしまうからなんだろう?」


 メイザスは真紅の双眸で誰も座っていない椅子を睨むと、グラスにワインを注ぎその席に寄越した。当然、誰も飲むはずがなく、ただ鮮やかな葡萄色の液体がアルコールと果物の香りを漂わせながら水面みなもを揺らす。


「飲んだらどうなんだ……? ああ、リティシア。君もいたのか。その絹のような髪…………いつ見ても美しい」


 メイザスは頬に一筋の涙を流しながら新たなグラスにワインを注ぎ、また別の誰も座っていない席に手渡した。受け取る者など誰もいないが、グラスはその場で浮遊を続ける。なんてことはない。ただ浮遊の魔術を行使しているだけだった。


「……やはりオレは……感情が欠落したか。悲しいはずなのに暴走できない。怒りに満ちていたはずなのに、お前を殺す瞬間さえも暴走が起きなかった。……ああ、エドワード。オレは後悔していたんだ。復讐に囚われたことに。愉快だろう? ……実に愉快だ」


 メイザスは感傷に浸りながら、窓の外を眺める。普段はガス灯の周囲以外は完全に夜のとばりが下りているが、満月の光によって建物に使われている煉瓦の色が分かる程度には明るかった。


 ――懐かしい。少なくとも三十年は前のことが昨日のように思える。あの頃は本当に楽しかったのだ。エドワードとリティシアと…………。


「だから、お前に殺されてから十七年間考え続けた。そして見つけた。フハハハハ……ハハ……! フヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ! もうすぐだ! もうすぐだぞ! これで皆会える! 光栄に思うがいい。お前が齎した魔術は、新たな段階に進化するぞ!」


 魔術をもって肉体の治癒はできれど、魂を呼び戻すことは叶わなかった。だが銀の鍵がある。これさえあれば異なる世界に扉さえも作り出す。あとは高位の魔術師が、魂が戻ってくれと願い生じる暴走(オモイ)の力さえあれば、不可能などないはずなのだ。


 ロレンス・クラーク……いや、リティシアが死んでからはチェイサーと名乗っていたか。彼にも素質はあったが、彼はどれだけ感情が湧き上がってもその先にある危険を鑑みて冷静になれてしまう。


 ――――彼も贄にしよう。偉大なる出来事には代償が求められるものだ。魔術の可能性を見出した代償としてノーサウ村の皆は焼け死んだ。そうだ。代償を払い、試練を乗り越えて初めて偉大な事を成し遂げることができるのだ。試練は、贄は多く、困難なほうがよい。


 どうせ銀の鍵で繋げてしまえば、死のうがどうしようが変わりない。


「……1パーセントでも可能性があるなら、なんであろうと成し遂げろ。エドワード、お前がオレに言った言葉だ。一秒たりだって忘れたことはないさ。ああ……楽しみだ。楽しみで仕方ない。次の新月まで15日か。待ち遠しい。待ち遠しいよ。シルヴァー」


 どうすれば魔術の暴走が最大になるか。これは至って単純だ。大切な者を奪われ、敵討ちもできぬまま死の瞬間が訪れるときだ。ああ、久しぶりに殺し合いだ。肩慣らしをしておかなくてはなるまい。


 メイザスは浮かぶグラスの席を見て、数年ぶりに親友と会ったかのような、歓喜に満ちた笑顔を浮かべた。次の瞬間、魔素が反応して宙に浮かんでいたグラスが粉々に砕けた。


 ガラス片が照明の光によって煌めきながら花火のように散り、しかし地面に落ちることなくその場に漂い続ける。中にまだ入っていた赤ワインも絨毯に染みを造ることなく、球体となって浮かび続けていた。


「……人を殺すのに大層な力がいらないらしいなぁ。ジャック。お前が言ったことが本当かどうか、ぜひ試してみたいものだ。フハハハハハハハハ! フヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!」


 冷徹で、落ち着いていた声色を一変させて、赤い瞳を輝かせながら狂ったように笑うと、ガラス片は宙に浮かんでいたワインに集まった。すると球体の形を維持できなくなったその赤い液体が飛散する。それはまるで血痕のように絨毯に染み込んでいった。

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