帰還
――――気絶したユイを抱えながら約束の場所まで向かう途中でチェイサーと合流した。彼はバイロンと一緒に肥満体の人間を、バイロンの両親を運んでこちらに向かう最中だった。
「ようやく合流できたね……。【浮遊】を使えばいいんだけど、魔素の消費は抑えないといけないから……遅れてすまない。君が助けたかった子は無事だったかい?」
「ああ、なんとか。それと…………ジャックは俺が殺した」
殺したそのときまで躊躇いなどおかしなほどに感じなかったが、いざこの手で殺すと彼が血を吐いて、二度と動かなくなる瞬間が鮮明に脳みそに根を張って、離れようとはしなかった。
「弾を出したのはワタシです」
アイラはワタシが殺したのだと言うように、こちらの発言を訂正しようとした。だが、そうではない。誰が何を言おうと決してどうにかできることではなかった。それはアイラに対しても同じなのかもしれない。
「引き金を引いたのは俺だ」
チェイサーは僅かに顔を綻ばせたが、次の瞬間には暗鬱な影で顔を曇らせると、拳銃を持つ手を優しく握り締めた。
「……そうか。辛い思いをさせたね。すまない。…………ありがとう。アベンジャー達の敵を討ってくれて。本当にすまない……過酷なことをさせてしまったようだね」
「いや、平気だ。ありがとう。そっちは……大丈夫だったみたいだな」
ジェイルはバイロン達を一瞥して、すぐにチェイサーに視線を戻す。しかしバイロンは丁寧に自らの父親を地面に寝かせると、こちらの胸倉を掴んだ。
「おいジェイル! お前一体どこに行ってたんだよ。服も焦げ臭えし、血がついてるしよ。てめえの所為で警察が来まくってうぜえんだよ!」
「どこ行ってたってどうでもいいだろ。なら警察にジェイル・シルヴァーは無事ですとでも伝えとけ。俺はもうお前らの束縛は受けない」
「なんだとこの屑野郎がッ!」
バイロンはジェイルの足に痰を吐き捨てると、つい二週間前まで当たり前にやってきたように、その体格を重い一撃に変えた拳を放った。
「【硬化】」
あまりにも鈍い。なんて安い攻撃だろうか。ジェイルは相手の拳が頬にめり込む直前に、ぼそりと唱えた。ガチリと相手の握り拳が硬化していた頬に飛ぶ。
相手からしてみれば硬い鉄の塊を殴ったようなものだった。バイロンは目を見開いて自身の手を押さえると、痛みに悶えて地面を転がっていた。
――――そのときである。何の前触れがあるわけでもなく、視界に映る空間が虹色煌めき、熱を受けた空気のように空間が歪んだ。腹の底から胃液が這い上がるような不快感。鈍い頭痛。だがそれも、どこからともなく鍵が開くような音が響くとその歪みは霧散していった。
「チェイサー。今の感覚は、」
魔素が無い人には分からないらしく、バイロンは手の痛みを訴え続けていたが、間違いない。誰かが鍵を使ったんだ。
「ああ、どうやらメイザスも来ていたみたいだね。まぁ彼が銀の鍵を他の誰かに渡すはずもないか。けれどたった今、狭間の世界に帰ったみたいだ。これで彼らの命が脅かされる危機は去ったわけだ」
「…………何人か分からないが、俺の所為で人が死んだ。ユイにも怪我を負わせた」
悲しいわけではなかった。しかし無関心でいられるかどうかは別の話だ。ふつふつと名状しがたい思いが湧き上がって仕方なかった。ジェイルは奥歯が痺れるほど歯を噛み締め、目を細める。
「違う。君の所為じゃない。そういう考え方はよくない。君は一人の命を助けたんだ。そう考えるべきだ。……さぁ、その子を家に戻したら帰ろう」
「それが……ジャックが何かやったのか分からないが、家が爆発した。とてもじゃないけど住める状態じゃない。彼女の親族は皆ニホンって場所にいる。……無理だ」
「それならこちらに連れて行こう。そういうことは想定済みだ。銀の鍵の定員人数にはまだ余裕はある。怪我もしているみたいだし、きちんと魔素のある場所で【治癒】したほうがいいだろう。そこに転がってる奴は……まぁ、無傷だからいいか。敵ももういないし」
チェイサーは棘のある笑みを浮かべると、銀の鍵を取り出し、捻った。ガチャリと……空間に音が響き何も無い空間から霧と風が零れる。何も無い透き通った夜の空気に魔素が充満して巨大な木製扉が形作られる。
「じゃあ、家に帰ろうか。ジェイル、君は少し休むといい。初めて何かをするということは……なんであれ精神を疲労させるからね。落ち着いたら僕に声をかけてくれ。そうしたらまた身を守るための魔術を教えるから」
「ありがとう。……そうさせてもらうよ」
ジェイルは穏やかな微笑を頬に描き素直に礼を言うと、扉の向こうに足を進めた。しかし思い出したかのように振り向いて、後ろで転がっているバイロンを眺める。彼は手の痛みは治まってきたらしいが、この非現実的な光景を見て、我を忘れて口を開いていた。
ジェイルはそんな彼の脳みそにまで届くように、ハッキリとした口調で伝えた。
「俺の父さんも母さんも俺のことを捨てたりなんかしてなかった。俺のことを苛め倒してくれてありがとう。そうじゃなきゃこんなことになっても冷静でいられるほど強くはなれなかった。けどもうお前らとは絶縁だ。二度と会わない。じゃあな」
――――ガチャリと扉が閉まり、その世界から魔術は消えた。バイロンは彼の親が目覚めるまで、ただずっとその場を凝視していた。




