断言
「【硬化】!!」
ジェイルは咄嗟に唱え、顔への一撃に対し冷静に腕で防いだ。食卓を隣にして金属同士がぶつかり合う激しい音が耳をつんざく。食らったら大怪我は免れない攻撃をなんとか防ぐも、ブロウワーの攻撃はこれで終わりではなく、彼女は手に持っていたベルトで鞭のような一撃を繰り出した。
金色に輝く真鍮製の重いバックルが凶器となって腹部に向かう。だがそれは彼女の発言からおおよそ予測が出来た。金色の一撃は既に硬化していた腹部に金属音を響かせる。
――――静寂。ブロウワーは無言で脚を下ろし、そそくさとベルトを締め直す。
「うし! 合格。努力はしたみてえだな。私はお前を【暁の星】として認めるぜ」
彼女は態度を一転させると、強引にこちらの手を取り握手をした。ジェイルが困惑し苦笑いを返すと、チェイサーはくすりと笑い声を零す。
「ね? だから言っただろう? 面白い人だと」
「あぁ? 誰が面白いって? 私は悪いけどこいつらほど甘くはねえんだ」
ブロウワーは乱暴に席に着くと、皿に綺麗に並べられていたローストビーフのほとんどをフォークで持っていく。
「ああ! せっかく綺麗に並べたのに!」
メイドがもったいないと言いたげに声を上げたが、ブロウワーはそれを軽く無視して本題に入った。
「……とりあえず、チェイサーに言われたことを調べてきた。【金の十字架派】はメイザス・ダロウェイとジャック・シッカートの二人で全員。それ以外は全部私たちが殺した。メンバーは昔と違って呼びかけなく、フリーメイソンや神智学協会とは接触見られず。ただしメイザスとおぼしき人物がスピリチュアリズムのクラブに数回に渡って通ったという情報があった」
「スピリチュアリズム?」
他にも多々聞きなれない言葉はあったが、ジェイルはその言葉の意味を尋ねた。
「今から説明するってときに聞くの止めてくれない? やろうってときにやれやれ言われるとしたくなくなるの。……スピリチュアリズムはちまたで人気のオカルト運動だ。交霊会って親しい人を亡くした奴らが死人とお話するために作ったクラブだ。……問題なのはそれで擬似的魔術が発動していることだな。あとは思想だ」
ブロウワーはショルダーバッグから紙束を取り出すと、勢いよくテーブルに叩き付けた。ダン! と衝撃が伝わる。その紙はクラブの紹介文らしく仰々しい交霊のイラストと共にでかでかと、次のように書かれていた。
――――人間の霊は死によって開放され、霊的世界にいくつか存在する領分へと旅立ちます。これらの世界は全部で七つあり、我々は旅立ってしまった存在に交信を図るのが目的です。
「スピリチュアリズムの発端はただのペテン師姉妹だけど、問題はこいつらの思想があながち間違いじゃねえことだ。ジェイル、事実お前は違う世界で生きてきたんだろ?」
突然名前を呼ばれ、ジェイルは若干うろたえながらも肯定の頷きを示した。ブロウワーは鶏肉のパイ包みを無造作に切り分け頬張ると話を再開した。
「ふはひは……ん。メイザスがどこまでスピリチュアリズムを信じてるか分からねえが、あいつも別世界の事を知ってるし、銀の鍵の一つだってあいつの手にある。ええっと、銀の鍵についてはチェイサーに聞いてくれや」
ジェイルに質問される前にブロウワーは話を振った。チェイサーは細い目を光らせると、幾何学模様の装飾が施された銀色に輝く大きな鍵を見せ付けた。
「これは違う世界に行くために必要な道具さ。エドワードが持っていた。この世界には二つしか存在しない物だ。新月か満月のときにしか使えないし、使っても行けるのはジェイル、君がいた世界だけだった。エドワードが言うには魔素が足りないらしい。……正直、僕に分かるものこれぐらいさ。ブロウワー、話を続けて」
「メイザスの目的はただの復讐なのか、それともまた別の大きなことがあるのかは私にももう分からない。ただ――――」
そこで話は途切れた。……中断せざるおえなかった。それはあまりに突然で、異質な出来事だった。
何の前兆もあるわけでなく、視界に映る空間が虹色にぼやけ、歪んだのだ。一瞬、吐き気を催しそうになった。やがてどこからともなく鍵が開くような音が響くとその歪みは霧散し、元の光景に戻った。
――――全員が沈黙した。ジェイルは何が起きたのか理解できずに辺りを見渡す。皆、酷く張り詰めた様子でさきほどまで料理をがさつに取ることに文句を言っていたメイドも冷え切った表情になっていた。
やがて、ウォッチャーが重い口を開いた。
「……時空が歪んだ。銀の鍵が使われたときに起こる現象だ」
「チェイサーが使ったわけじゃないよな?」
「僕が一切の手振りもなしに使えるくらい優れていると思っているならその思いはありがたく受け取っておくよ。使ったのは僕ではない。十中八九メイザスだろうね」
神経が凝結したような強張った声。チェイサーの額に冷や汗が滲む。よくない状況に至ったことは明白であった。
「…………何のために?」
ジェイルは恐る恐る尋ねた。
「理由を考えて、浮かぶものがあるとすれば君の知り合いを殺すため……かな。魔力を暴走させるように仕向けて、対面したときに自滅させやすくできる。多少危険ではあるけどね」
「なら助けないと」
ジェイルは咄嗟に口走り、すぐに手で塞いだ。
……そうだ。助けないとの一言で助けられるほど現実は甘くないのだ。行動には明確なリスクが、命の危険が付き纏う。軽率な発言をしては怒られると思った。
だが、そんなことはなかった。チェイサーは誇らしげに微笑むと音も立てずに立ち上がり、銀の鍵を掲げた。鍵は照明の光を鋭く反射しどこか幻想的に煌めく。
「僕たちは正義ではない。……ただそれでも助けられる可能性があるなら助けたいと思っている。ジェイル、君の友人は君にしか分からない。覚悟があるならば来てくれ。向こうの世界の住民は向こうの世界の住民でもある君にしか救えない」
血塗れになってどうしようもなく地べたに這い蹲ったときのことを思い出すと、脚が震えた。今も確かに鮮血の熱と臭いを感じることができる。怖かった。恐ろしかった。
目の前に座るアイラがどこか不安げに愛らしい顔に影を差していた。蒼く大きな瞳に華奢な体格。一見するとか弱げな少女。だが彼女でさえその恐怖を撃ち砕かんとできるのだ。できないわけにはいかなかった。
ジェイルは恐怖を押し殺すべく、さきほどブロウワーがやったようにテーブルを勢いよく叩きつけ、そして立ち上がった。皆が驚いたように黙り込み視線が注がれる。
「俺は行く。助けたい」
そう確かに断言してやった。絶対に誰も聞き零さないようにハッキリと言ってやった。




