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狭間の国のメモラビリア  作者: 終乃スェーシャ(N号)
三章:魔術師は冷徹に笑う
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ブロウワー

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 握り拳で頬を殴られてから一週間以上が経過した。あの日以降、アイラはこちらを無視することはなくなったが、やはりまだ素っ気無い。


 それでも二度とあのような失態を犯さないように、ジェイルは魔術を叩き込んだ。魔術を行使できるようになるにあたって最も大事なことは感情を押し殺す冷静さと現実に基づいた想像力である。


 感情を押し殺すのは得意なつもりであった。歯を食い縛って暴行に耐えるのはもはや造作のないことではあるが、不意に過去にされた仕打ちやジャックのことを思い出すだけで、暴走の片鱗が出てしまうことが多々あった。


 しかし現実に基づいた想像力に関してはチェイサーの協力もあったが、異例の早さらしい。


「【浮遊フライト】!」


 相変わらず統一性のない小道具が山積みにされた訓練室で、ジェイルは魔術を唱えた。それはアベンジャーやジャックが使っていた、物体が本来受けるべき重力を無視することができるものだ。


 この魔術が付与された物体がどのように浮くかは、完全に想像できていた。脱力感にも似た、体内から魔素が減る感覚がすると、まもなくして部屋の隅に置かれていた古臭い西洋剣やレイピア、酒瓶などをまとめて浮かび上がった。


 一連の様子を見て、チェイサーは悠々と丸椅子に座りながら、心底愉快そうに猫のような瞳を光らせた。


「僕は正直、君に人殺しをさせたくはない。……まあ、誰だって殺しを強制させたくはないか。だから僕は敵の魔術から身を防ぐための術だけを教えてきた。確かに攻撃に転用できる魔術もある。けどジェイル……君の能力を甘く見ていたよ。…………想像以上だ。あ、付与解除して構わないよ」


 ジェイルは頷き、軽快に指を鳴らした。同時、宙を漂っていた凶器が甲高い金属音を響かせながら地面に落ちた。


「……格好つけておりますが、ワタシはジェイル・シルヴァーが指を鳴らすことが出来ずに苛々して壁を殴っていたのを目撃しており、褒める言葉に困ります」


 気付けば訓練室の隅で、アイラが体育座りをしてこちらを見物していた。彼女は何食わぬ顔で小さな林檎を皮ごと齧りつつ、鉄のように固い表情にほんのりと嘲笑を浮かべる。


「よく頑張りましたね。最初は指の鳴らし方も間違っていたというのに」


「トリガーのオンオフはハッキリした方がいいと思ったから練習しただけだ。ムカつくから褒めるな。馬鹿にしてるだろ」


「もちろんです。……まぁ、そんなことはどうでもいいのです。そんなことは。チェイサー、ブロウワーが帰還しました。それと夕食の時間ですので食堂に来てくださいとメイドから伝言を頂きました」


 情報屋(ブロウワー)。いままで顔を合わせたこともないが、【暁の星】の一人である。


「チェイサー、ブロウワーはどういう人物なんだ?」


「そういうのは会ってからの楽しみじゃないかな? 夕食も出来たみたいだし、行こうか」


 チェイサーが含み笑いを浮かべながら、ゆったりと部屋を後にする。


「何をボサっとしているのです。ワタシ達も向かいましょう」


 アイラはそう言うと、食べ終えた林檎の芯をゴミ箱に投げ入れる。芯は放物線を描いてガコンと音を鳴らして入る中、ジェイルは苦笑しながらアイラと共に食堂へ向かった。


 食堂の長テーブルには既に料理が並べられていた。肉やジャガイモなどを詰めたパイにローストビーフ、バケットなどである。


「遅かったじゃないか。ジェイルとアイラはそこの席に座ってくれ」


 ジェイルは指示された席に座った。その席は前と同様にアイラと向かい側であったが、ジャックの事があってからは露骨に目を逸らすようなことはしなくなった。


「……ブロウワーは?」


 ジェイルは辺りを見渡した。元より空席が多かったが、アベンジャーがいなくなった分なおのこと目立つ。それにメイドとブロウワーらしき人物はまだ来ていなかった。


「キョロキョロするな。少しは落ち着きたまえ」


 ウォッチャーに髭を擦りながら、しわがれた声で注意され、ジェイルは申し訳なさそうに身をすぼめた。どうしても、ふとしたときに前の生活を思い出して、必要以上の反応をしてしまう。


「あ、その……すみません」


「いつもの態度でいい。こっちまで調子が狂う……ゴホン。おそらくだが……二人共調理場だろう。だが魔素の動きからして、もうこっちに来ているな」


 その発言から数十秒して食堂の扉が開いた。


「すみま……せん遅れ、ました! ブロウワーが…………昔私の料理が、まずかったからって……味を確かめさせろと……」


 ぜぇぜぇと疲労の吐息が交ざった少女の声が部屋に響く。


 そこには鮮やかな赤毛を揺らし、一仕事を終えたように汗を拭うメイドと、彼女より一回り小柄な少女がいた。おそらくブロウワーであろう彼女は、黒色混じりの短めの金髪で、頭にはベレー帽を被り、ホームズが着ているようなインバネスコートを身に着けていた。


 そして翡翠色の鋭い双眸でじろりとこちらを睨むと、腰に巻いていたバックルつきのベルトを瞬時に外して、ナイフでも突きつけるかのように向けてきた。


「どうも? 私が情報屋ブロウワーだ。お前がジェイルだろ? リティシアとエドワードを足して2で割ったみたいな髪してるもんな。…………それで? 身勝手な行動でアイラを危険に晒したんだろ? ならとりあえず二発食らっとけや」


 ブロウラーはニヤリと歯を見せると、有無を言わさず一見すると華奢でしかないその脚で鋭い鉄の一撃を放った。狙いは顔面。外見からは想像もできない身のこなしであった。

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