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頬への一撃

 チェイサーは手に持っていたステッキをレイピアのように構え、ジャックに突き向けた。


「これ以上仲間はやらせるわけにはいかないんだよね。とりあえず君は……殺す。切り裂きジャックはこの街にいらない」


 チェイサーはにこやかに仮面で作ったような笑顔を浮かべた。隠しきれない殺意が漏れる。その笑顔こそ、魔術のトリガーであった。


 刹那、ジャックの腕が白く濁った氷に閉ざされた。だがジャックは慌てることもなく後退し、魔術によって凍り付いた腕を元に戻していく。


「……さすがだよチェイサー。だがわたしもプライドがあるんだ。今回はお互い痛み分けで引こうじゃあないか」


 ジャックはチェイサーの頬を指差した。数秒遅れて、その頬から一筋の血が流れ落ちる。


「……それで構わん」


 チェイサーの返答を聞いたジャックは、手に持っていたメスをしまうと、空高く跳躍し、夜の闇に溶け込んでいった。


 チェイサーは彼を追おうとはせず、微笑みながらこちらに近付いた。


 するとアイラは憂鬱げに俯き、痛みを堪えるかのように目をつむった。


「チェイサー。ワタシはエドワードの命令に背く結果となりました。罰をください」


「……連帯責任さ。あとでお説教してあげるよ。それより君がすべきことはそこで倒れてる彼に言葉を掛けてあげることだ。……ジェイル、君の両親は命懸けで君に命を繋いだんだ。無下にしてはいけないよ。それと、傷は治せるけど血は戻らない。死なないことを祈ってくれ。生きてたら……ぶん殴ってやる」


 彼は怒っていた。握り拳を作り、上っ面の笑顔は一瞬にして崩れ、双眸が鋭く睨み付ける。周囲の空気が震え上がり、焼け付くような熱が篭った。バチリと、青い稲妻が走る。その直後、ジェイルの意識は急激に薄れ、霞みを帯びていた視界が、ついには黒に塗り潰されてしまった。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ……目が覚めるとそこはもはや見慣れた天井だった。【暁の星】の寝室。ゆっくりと体を起こし周囲を見渡すと、優美なテーブルや壁に掛けられたショットガンが目に入る。


「アイラ……」


 ジェイルは自身のすぐ隣を見て、罪悪感から彼女の名前を呼んだ。その名を口にすると、少女が凜として両腕を広げたあの瞬間がフラッシュバックする。胸が苦しかった。


 アイラはずっと見ていてくれたのだろうか。彼女は椅子に座ったまま、ベッドに寄り掛かるようにして小さな寝息をかいていた。仮面のような顔も寝ているときだけは緊張が緩み、絹のような髪は乱れ、安らかな寝顔をしていた。


 ガチャリと、見計らっていたように扉が開く。部屋に入ってきたのはメイドだった。目が合うと彼女は嬉々として駆け寄り、研ぎ澄ました平手を放った。意表を突くような一撃。回避することは可能であったが、ジェイルは甘んじて強烈な殴打を受け入れた。


 まるで銃声のような音が鳴り響く。頬がジンジンとひり付くような痛みを感じる。


「反省してください。あなたの軽率な行動が皆を危険に晒しました!」


 その言葉は酷く響いて聞こえた。死線をいくつも乗り越えてきたような、力強い意思に裏打ちされた響きだった。同い年か……それより下だというのに、なぜ目の前の少女は高潔な覚悟を抱いた目をしているのか。


 分からなかった。とにかく、燃えるような赤髪や立ち振る舞いが偉大なものに見えたのだ。自分が酷く矮小で、無謀な奴だったと思わされる。


「……すまない」


「心配したんですから。もう絶対こんなことしたら駄目です。アイラのことを思っての行動かもしれませんが、逆効果です。無力な人が何をしたって無駄なんです。ダメなんです。…………生きててよかった。皆死んでいった。これからまた誰かが死ぬかもしれないけど、私が死ぬまで誰にも死んで欲しくないです」


 メイドは安堵のため息をついて脱力すると、眠っているアイラの髪を優しく撫でた。琥珀の瞳は過去を追憶し、悲壮に満ちていた。


「平気か?」


「は、……! はい。ちょっと前のことを思い出しちゃって……。チェ、チェイサーに伝えてきますね! ジェイルが起きたって」


 彼女は慌てて平静を取り繕うと、逃げるように部屋を出て行ってしまった。……よくあることであった。彼らは自分と違ってもっと長い時間をこの建物で過ごしている。エドワードの息子という肩書きだけでここに来たような奴はまだ仲間として認識されてすらいないのだ。


 ジェイルは窓の外を覗いた。今はどうやら昼のようで、青々とした空が広がり、雲ひとつない快晴であった。一時期夢見ていた産業革命期イギリスのような街並みが視界の先まで広がっている。


 すぐ近くの大通りは馬車が行き交い、豊かな賑わいを起こしているが、ふと脇を見れば昨夜見たような浮浪者や捨てられた子供が転がっていた。だが彼らも逞しかった。酔っ払いのフリをして女性にぶつかり、流れるような手付きで腕時計を盗んでいるような人もいた。


 ……まだこの街のどこかにジャックはいる。だというのに手が出せない。なんともまぁ、無力なことだろうか。昨夜、あの場にいたのが自分ではなくチェイサーだったら……あの女の子も助けることができたのだろうか。


 ジェイルの双眸が沈思して遠くの景色をぼんやりと眺めていたとき、ガチャリと、再び扉の開く音が部屋に響いた。チェイサーだ。


「やぁ、正直生きて目を覚ますとは思わなかったよ。アイラちゃんさ、責任感じちゃってずっと看病してたんだよ? ……じゃ、歯食い縛れよ」


 彼は余裕を含んだ言葉は一転して、冷徹な怒りを露わにした。

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