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骨を断つ

 凍てつくような風が吹き付けると、白銀の髪がなびく。その姿はあまりに頼りない。気高くか弱いただの少女であった。


 父の遺書に書かれた言葉がつらつらと蘇る。……守らないと。せめてそれだけは、それだけは貫かないとただのガキになってしまう。


「……アイラ、駄目だ。あいつは……俺を」


 ジェイルは腕の力のみで、今にも倒れそうな不安定な状態ではあるが、半身を起こした。


「ワタシは命令に従うのみです。時間を稼ぎます。お逃げください」


 アイラはこんな状況でも表情を変えず、凛とした鉄面皮を保とうとしていた。だが少女の蒼い瞳は僅かに潤み、今にも泣き出しそうだった。彼女は死の恐怖に毅然として立ち向かったのだ。


「逃げる? 駄目だ。駄目駄目駄目駄目。彼は殺さなければならないんだ。分かっているだろう? あの出血量だ。わたしはもう見ているだけでいい。分かるだろう? 助からないと思っているから泣いているのだろう? ただ……わたしは邪魔されるのは好きではないんだ。……退きたまえ」


「その要求を却下します。ワタシの行動は全て命令が最優先でございます」


 毅然として一歩も退こうとしないアイラを試すかのように、ジャックは片手で胸倉を掴み上げると、もう片方の手でメスを腹部に突き付けた。スッと撫で下ろすようにその手を下ろすと、ただそれだけで彼女の服の一部が切り裂かれた。白くきめ細やかな肌が服の布と布の間から垣間見える。


「なにしやがる…………!! その手を……離しやがれ」


 ――――このままだとアイラまで殺される。目の前で何も出来ずに、見殺しにしてしまう。そのことを想像するだけで頭の中が虚無感と、マグマのように煮え立つ怒りでドス黒く染まった。


 遺書に守れと書かれていたからではない。ただ、アイラの胸倉を掴み、嗜虐的な笑みを浮かべる悪魔から助けなければと思った。アベンジャー達を弄び、人間としての最低限の尊厳すら無視した外道から、せめてアイラだけでも、死んでも助けなければと思ったのだ。


「離れろ……!! 化ケ物が!」


 腹の底から、決死の思いで声を出すと、周囲の空気が歪んだ。立ち込めていた濃霧は溶けるように消えていき、全身に力が湧いた。ピクリと指を動かすと、感電したかのような痺れる痛みが伝わってくる。  ――魔術の暴走。だが、今この状況において言えば幸いだった。


 この暴走した力が無ければ立つ力はおろか、数十秒後には意識を失っていたかもしれない。


 大量に分泌されているであろう脳内麻薬でも消しきれない痛みを押し堪えるように笑いながら、ジェイルはふらついた足取りで立ち上がった。


 脚からは止まることを知らない赤い鮮血が湧き上がる水のように不快な音を立てながら流れ続けていた。だが、関係ない。やるべきことは目の前の悪魔を引き剥がすだけだ。


「ふぅん。立ち上がるのか。凄い力じゃあないか。だが……その力はいつまで持つ? 魔力の暴走をあと何秒維持できるだろうか? ……根性は認めよう。だが、詰んでいる…………わたしは君に、チェックメイトと言ったんだ。それが分からないのか?」


 物事全てを見下し、馬鹿にするような笑み。だが敵は決して油断はしていなかった。アイラを掴み上げるのを保つ一方で、軽く膝を曲げ、何が起きても反応できるように身構えていた。


 化け物に対抗するべく、ジェイルは痛みを笑いながら歩み寄った。駆け寄れば敵は瞬時に反応する。条件反射を引き出させないために、警戒心が限界に達する瀬戸際まで、ジャックの目の前、アイラの隣にまで近づいた。


「……なんのつもりだ? あと1ミリでも動いてみるといい。君は楽に死ねる」


「その汚らシい手を離せ。……でないと、死ぬ前にお前の手捻り潰ス」


 言葉を発すると、口のなかから逆流するように血が流れ出た。だが痛みはもうない。


「……暴走が内臓器官を傷付けています。落ち着いてください。たかが拳銃一個のために怒る必要などありません」


 アイラは胸倉を捕まれていながらも、庇うように小さな手を広げる。その姿を見ると、なおのこと激情が生じた。


「たかが拳銃が喋ルはずなイだろうが!」


 力が、底の見えない莫大な殺意が湧き上がり、ジェイルは半ば衝動的にアイラを持ち上げるその腕を掴んだ。


 刹那、敵の形相が歪んだ。酷く血走った蛍光を放つ双眸はまさしく殺人鬼のもので、その眼が見据える先へ、空いていた手からいくつものメスを投げ放った。


 ジェイルは動じなかった。躊躇いなく自分の命より敵への一撃を最優先とした。敵を逃がさないように掴む自らの腕を【硬化】させ、防御の手段として教えられた【硬化】を攻撃に転じると、鉄槌と化した頭蓋をハンマーのように振り下ろした。


 骨を叩き砕く鈍い音が夜闇を引き裂いた。頭部を使った攻撃には対応しきれなかったようで、ジャックに始めて苦痛を噛み締めさせるような一撃を与えた。


 どさりと、アイラが拘束から解放されて地面に落ちた。彼女はむせ返っていたが無事だ。……よかった。あの悪魔から引き離すことが叶ったのだ。


 だが――――肉を切らせて骨を断った代償はすぐに返ってきた。切らせた肉は致命的だった。


 ジャックの手より放たれたメスは、まず人体の急所である首元へと放たれた。だがそれは奇跡的にも当たることはなかった。


 頭での攻撃は幸いにも即死に繋がる刺突を回避したのだ。しかしメスはさも当たり前のように曲線を描くと、的に吸い込まれるようにジェイルの腹部に突き刺さったのだ。


 魔力の暴走をもってしても耐え切れない痛みが電撃のように腹部に充満し、生命危機のサイレンを脳内で轟かせる。


「……畜生が」


 ジェイルは譫言(うわごと)を発すると、力なく膝を着き、そのまま地面に倒れた。


 ジャックは折れた腕を抑えながら、歪んだ嘲笑を浮かべ、ジェイルの手の平をすり潰すように踏み付けた。


「殺すのはいけないことだ……。だからせめて安らかに死ねるようにしてあげようかと思ったが……やめだよ。これから君をなぶり殺す。じゃなきゃこんな赤っ恥をかかされた最悪な気分が収まらないよ」


「――――させません。命令に基づき、対象を守ります」


 アイラが弱々しい声で、自らに言い聞かせるように言葉を発し、再び立ち上がろうとする。だが、彼女が立ち上がる直前に、ジャックはアイラの頭をボールでも持つかのように掴み締めると、地面に強く押さえつけた。


 ガンと生々しい音が響く。白く美しい髪が泥に汚れたが、アイラは歯を食い縛り反骨の眼差しでジャックを見上げた。


「いい加減友情ごっこにも飽き飽きなんだ。付き合うこちらの身にもなってほしいものだ……。しかし、敬意を表そう。このわたしの大切な時間をこうもたやすく奪うのだから……。だけどもうチェス盤を引っくり返すことも許されない。ジェイル・シルヴァーを始末して、終わりだよ」


「いいや? 終わりじゃないと思うんだけどなぁ」


 その声が上空から聞こえるのと、声の主がジャックと対峙するのは同時であった。その男は爽やかな金髪を揺らし、こちらにニコリと笑顔を向けた。その瞳は細く、どこか怪しげで、これほど頼りになるものはなかった。

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