表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/68

血塗れた道に倒れる

「化け物ですね。もしくは同類でしょうか」


 アイラは動揺することもなく、抑揚のない呟きを零す。しかし街を覆う霧を伝い、眼前の敵に対しての緊張が肌をビリビリと痺れさせていた。


「銃が喋るとは……まぁ、生きていれば奇怪な物も一度は目にするか。見世物小屋から逃げ出してきたのかい? お痛が過ぎるだろう」


 ジャックは容姿に似合わず、優しげに微笑むと、服の裾からメスを数本取り出し、刃の先端をこちらに向けた。銀色の鋭利な輝きを見せる。


「君は死ななくてはならないんだ」


 刹那、ジャックの手から数本のメスが直線軌道を描いて放たれた。小さな刃が濃霧を切り裂いて迫る。


 向けられていた殺意が牙を向いたのだ。ジェイルは反射的に腕で顔を庇い、【硬化インデュレイト】を唱える。しかし刃が硬化した腕とぶつかり合う直前、メスは非科学的な力によって、背後から首を貫かんとして急旋回した。


 予期せぬ不意打ち。だが、ジェイルはその動きは一度見たことがあった。アベンジャーが生きていた頃、彼女が言っていたことがふと蘇る。同時、彼女に言われていたことを実行していた。反射神経ではなく、意識して目で飛来物を追う。そのときには既に、視界端にまで金属の煌めきが移動しており、1秒の遅れも許されない状況であった。


「【硬化インデュレイト】!!」


 必死になって、叫ぶようにトリガーを唱える。体内中にあるという魔素が反応し、首から背中にかけて肉体を金属と同等のものに変化させる。


 夜の底冷えた空気に金属同士がぶつかり合う甲高い音が響いた。続けざまにメスが地面に落ちる音が響く。完全に防いだはずだった。だが、数秒遅れて熱を帯びた痛みが首や背中に走った。だらりと、血が滴る感覚が、鉄っぽい生臭さが全神経を研ぎ澄ます。


「少し……痛かったかな? すまないが、わたしのメスは鋭いんだ。君の皮膚が鋼のように硬かったとしても、わたしのメスは人の皮膚は人の皮膚だとしか思えない……言っている意味が分かるだろうか?」


 ジェイルは奥歯を噛み締め、顔を歪めた。敵は魔術を行使してこちらの硬化に干渉してきているのだ。受け続ければいずれは致命傷となる。


 ――――目の前の男は危険だ。いままで感じたこともないような生命の危機が、破裂せんとばかりに心臓を高鳴らせ、軋む歯車に油を差すかのように、全身に血が巡っていく。


「アイラ! 強めの頼む!」


「了解です」


 ジェイルは自らを奮い立たせるべく、威勢のよい声を上げた。アイラの淡々とした返事を耳にすると同時、銃口をジャックの足元に向け、発砲。


 耳鳴りがするほどの轟音。放たれた弾丸はジャックの足元、石畳を打ち砕き、砂塵と石片を撒き散らす。ただでさえ霧と夜の闇によって視界は閉ざされているのだ。そんななか砂埃が舞ってしまえば、視界は完全に閉ざされたに等しいものだった。視界は断ち切った。これで確実に敵を撃ち抜ける。


 ジェイルは猛禽類のごとき双眸で、ジャックがいるであろう場所を見据えると、銃口を向け引き金を絞った。反動が腕から肩に掛けて走ると、空気をつんざくような銃声が重く響き渡った。銃口からもわりと硝煙の臭いが浮かぶ。


 一発ではあの怪物を仕留められたような気がしなかったので二初、三発と続けざまに弾丸を弾き飛ばし、五発撃ち放ったところで、息を荒らげながら舞い上がる砂埃の先を睨み、沈黙した。……ゆっくりと視界がクリアになったとき、うっすらと人影が視界に映り、遅れて声が響いた。


「……これは実に愚かな作戦じゃあないか。君は人が銃弾を目で捉えて、防いだのだと思ったということだろう?」


 まもなくして、ジャックが傷一つなく、悠々不適な笑みを浮かべているのが視界に映った。弾丸は彼の足元に力なく転がっており、アイラがそれを知覚すると霧に帰っていった。聴覚、視覚が与える情報が信じられず、ジェイルは目を見開いて呆然と立ち尽くす。


 逃げろ。逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ。第六感が訴えた。生存本能が怒りや執念をいともたやすく掻き消して、頭のなかを死の恐怖が埋め尽くした。無策に立ち向かっては死ぬ。何もしなくても殺される。


 気付かぬ間にガチガチと歯が鳴り、心臓が脈動するたびに頭痛がした。拳銃を握る手から汗が滲み、呼吸が乱れる。


「そのままおとなしくしていれば、痛みを与えずに楽にしてやろう。君はルークの前に立ってしまったポーンに等しい。意味が分かるか? 一撃も与えることさえできずに、殺される運命にあるということだ。抵抗は無意味だろう?」


「ジェイル・シルヴァー。一度逃げましょう。アベンジャーがやられてしまった理由がわかりました。彼は他人の魔術への干渉を極めています。銃弾を止めることができるというイメージが、ワタシのイメージを上回っているのです」


 アイラはどんな状況でも淡々と声を発していた。だが言葉はかすかに震えていて、アイラを持つ手から彼女の怯えがひしひしと伝わってきた。


「アイラ、最後に一撃! 最大火力だ!」


 ジェイルは数秒でも時間を稼ぐべく、銃口から凄まじい威力の弾丸が放たれるのを想像する。イメージ通りに行かなくていい。ほんの僅かでもジャックが足を止めるような一撃を、放つのだ。アイラを殺させたくない。絶対に殺させない。そんな想いを込めて銃弾を放った。


 雷鳴のような猛々しい破壊の音が、轟然として響き渡った。リボルバー拳銃ではあり得ない、

ショットガンのような衝撃が全身を震撼させる。


 そのとき、初めてジェイルは違和感に気付いた。いつからだったのか。脚の感覚が無くなっていたのだ。気付いたときには手遅れで、銃の衝撃に耐え切れず吹っ飛ばされるようにして冷えた地面に倒れた。


 両脚からは大量の血が出ていた。腿を中心にして十数本ものメスが深く突き刺さっていたのだ。


「……? いつのまに」


「驚いただろう? 二回だ。最初にメスを投げたとき、そして君が石畳を撃ったときさ。ちょっとした【麻酔】を付与しといたんだ。医者だったころの経験が生きたよ……。いや、大した奴だよ君は。わたしも非常に驚かされた。……なぜか全然倒れないからね。自分の脚が正常だと思い込み、魔素が反応していたのだろうか? 分からない。けれど知覚したのはまずかったようだなぁ。君の負けだ」


 ジャックはゆっくりと歩み寄ると、ジェイルの脚に突き刺さっていたメスを丁寧に、一本ずつ抜き始める。肉が摩擦するような、気色の悪い音と共に、湧き水のごとく鮮血が溢れ出ていく。


 地面に赤い血溜まりが広がっていくと、風呂にでも入っているかのような感覚がした。一本、また一本と引き抜かれるたびに、全身から力が抜け、視界が朦朧としていく。


「死ぬ……?」


「ああ。だがせめて安らかに眠るよう、痛みは無くしておいたよ」


 ジャックは狂気に満ちた瞳でこちらを見下ろして、絶対強者の余裕を見せる。


 死ぬ。死ぬ。死ぬ。記録上で幾度となく起きていたであろう現象がこの身に訪れようとしたとき、何も考えられなくなった。肺が締め付けられるような感覚がして、嗚咽が込み上げて、みっともないほどにボロボロと涙が溢れ出る。


「……い、いやだ」


 ジェイルは震える声で、幼い子供のような声で呟く。


「死にたくない」


「ジェイル・シルヴァーを守る。それがワタシに与えられた命令です」


 次の瞬間、アイラは白い光を放った。それは彼女が姿を変えるときに発するものだった。

 アイラは可憐な少女に戻ると、両腕を広げて、庇うようにしてジャックの前に立ち塞がった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ