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切り裂きジャックとの遭遇

 ――――飯のとき以外は射撃練習を続け、ついには日が沈み、どこか頼りないガス灯が街をぼんやりと照らすのみとなった。ジェイルは自身のベッドに膨らみを作り、付けっぱなしになっていた廊下の明かりを消すと、手元にあるリボルバー……変身したアイラに尋ねた。


「どこから出ればいい?」


「あなたの寝室の窓からで結構です。遠慮なく地面に着地してください」


 言われて窓の下を覗く。地面までの距離は10メートル以上はあるように見えた。真下は舗装路で、柔らかい土などではない。途中、二階の窓の縁を掴めないこともないが、その幅は広くはなかった。


「【硬化】すればいける……のか?」


「もう弱気になってどうするのです。落下時に地面に向けて発砲を続けてください。落下の衝撃を抑えます」


 拳銃になったアイラはいつもとは違い、どことなく張り切った様子でそんなことを言った。


「まぁ、やるしかないよな」


 ジェイルはごくりと唾を飲み込み、恐怖を抑えた。意を決すると、足を窓に掛け、蹴るようにして飛び降りた。


 地面が一瞬にして急接近するような感覚のなか、ジェイルは冷静に銃を構え、引き金を振り絞った。大層な音は鳴らなかった。しかし放たれた弾丸のようなものが地面に着弾すると、全身を柔らかな反動が包み込み、落下速度が急激に緩まった。落下の直前、さらに二発地面に撃ち込むと、着地の衝撃は完全に消え、ジェイルは華麗に足を着いた。


「これは……凄いな」


「それほどでもありません。ワタシは元々拳銃ですので、弾丸や衝撃、反動などを人間以上に理解できるだけです」


「充分すぎるくらいありがたい。俺には攻撃手段なんて全然ないからな。まずは拠点から離れよう」


 道は四方に広がっていた。周囲を見渡せど、あるのは煉瓦造りの何かの建物で、どこに何があるかも分からなかった。周囲はガス灯の周辺を除いて闇そのもので、しかし照らされているところさえも霧によって霞んでおり、このどこかに敵がいるのだと思うと、心臓が脈動していくのが分かった。


 ジェイルは現代にあるようなアスファルトの道ではなく、時代遅れな石畳を改めて踏み締めて、具体的にどこを探すわけでもなく、道を突き進んだ。


 人通りは皆無に等しく、時折いるのは道端で倒れ込む浮浪者や酔っ払いばかりだった。少し注意を凝らせば、一見すると綺麗な町並みも新聞紙などのゴミが散乱し、どこか陰湿である。


「……思ってたより現実味のあるような場所だな」


「これでも相当良くなったほうです。エドワードと……メイザスのおかげで食料の安定生産はもちろん、労働に関する法律も作られました」


「まぁ……無くすほうが無理だよな。まだ魔法のほうが現実的だよ」


 ジェイルはどんな姿かも分からない切り裂きジャックを警戒しつつ真夜中の路地を進んでいると、どこかから不意に声を掛けられた。


「あの!」


 声の方を見ると、そこにはまだ幼い少女がいた。金の髪に青い瞳。服は何度も修繕された古着で、薄汚れているが脚のラインを強調するような黒いタイツによって、どこか艶やかである。


 少女はジェイルの歩み寄ると、恥ずかしそうに頬を赤くしながら、自らのスカートをたくしあげるように握った。


「あの……! 私を買ってくれませんか?」


「……? こんな時間に子供がうろついてたら危ないだろ? 両親も心配してるぞ」


 ジェイルはしゃがみこみ、少女と同じ目線に立つと、優しく諭すように言った。しかし少女は首をぶんぶんと振って、懇願するようにジェイルの手を握った。


「お金がないから……私が体を売らないと家族を支えられないんです! 買ってください!」


「すまん……まったく金持ってないんだ。せめてこれだけでも貰ってくれ」


 ジェイルは鞄からチョコレートを取り出し、少女に手渡した。少女はしばしそれを見詰めていたが、軽やかな笑顔で礼を言い、その場から離れていった。


「……あんなことしてもあの子は苦しい運命から逃れられません」


 少女がいなくなったのを見計らい、アイラは言葉を発した。ジェイルは険しい表情で前を見詰めた。


「そんなこと分かってる。ただの自己満足だ。敵討ちだとかそういうもんも全部自己満足だろ」


「そうだ。その通りさ」


 突如背後から耳に入る男の声。ジェイルは心臓を貫かれたような錯覚を覚え、咄嗟に振り向き、銃を向けた。


 そこにいたのは目もとは落ち窪んで、酷く汚れていて無精髭が生やした、一見するとただの酔っ払いにも、失業者にも見える不衛生な男だった。


 しかし彼の背後では、さきほどの少女がピクリとも動かずに倒れているのが見えた。血の臭いはせず、夜闇に紛れてどうなっているかは見えないが、蛇が首に巻きつくような不快感がした。


 ジェイルは全身を奮い立たせた。目の前の男は敵だ。対峙しているだけでビリビリと殺気と底の見えない狂気が伝わってくる。


「……お前か? アベンジャーを殺したのは」


「アベンジャー。彼女は美しく、実に美味だった。それにとろけるような感覚だったよ。あんな素晴らしい人はそうそういないよ」

 人殺しに大層な躊躇いはなかった。いや、目の前のその男を同じ人間だと思いたくなかった。


 ジェイルは歯を食い縛り、見せ付けるようにして、銃口を頭部に向けた。引き金に指をいれ、すぐにでも撃つつもりだった。全神経を研ぎ澄まし、いつでも動けるよう脚に力を込めていた。


「よくそんなことが言えたものだな」


「落ち着くといい。敵討ちなんてやっても仕方ないことだろう……。だから冷静になるといい。そしてわたしは課せられた仕事を遂行する。……本当は殺しなんて好き好んでやりたくはないんだ」


 ジャックの言葉を聞いているだけで心臓が激しく波打った。ジェイルは心臓を突き刺されたかのように顔を引き攣らせる。


「殺したくないならなんで殺した」


「……生きるためには誰かが犠牲になる。働かなければ生きれない。食べなければ生きれない。わたしは女の人を殺して、腎臓を食べないと狂い死にしてしまうんだ……。そして仕事とは、君を殺すことだ。リストにいたよ。君、ジェイル・シルヴァーだね。闘いは嫌いだが、卑怯な手も嫌いなんだ。だからこうして堂々と1対1でやりに来たよ。まぁ……闘っても勝つから正々堂々来たわけだが」


 ジェイルは何も言わず、返答の代わりとばかりに引き金を振り絞り、発砲した。銃声が空気に振動し、街に響き渡る。


 ……狙いは確かに定まっていた。だが銃口から放たれたはずの弾丸は気付けばジャックの足元に転がっており、魔術の効果が消えると霧散していった。


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