血塗れた歴史
最初のページには二人の青年と一人の少女が楽しそうな笑顔を浮かべている白黒の写真が貼られていた。写真を見ていると、なんだか懐かしさが込み上げてくる。写真の下には小さな字で、
『ヴィクトリア暦4年【黄金の夜明け団】創設の記念写真。左からリティシア・エンフィールド(14)、エドワード・シルヴァー(16)、メイザス・ダロウェイ(16)』
と書かれていた。幸いなことに英語だった。
……リティシア。記憶が正しければチェイサーが、リティシアは君を生んで死んでしまったと言っていた。彼女が母親ということだろうか。
なんだかずっと見ていると、アイラに似ているようにも見えた。白黒写真でも分かる白の髪に、整った顔立ち。違うところがあるとすればアイラはこんなに笑わないということか。
そしてメイザス……父を殺したという奴は、あろうことかエドワードと肩を組んで、親友のように笑っていた。
白黒写真ゆえ、画質はさほど良くないが、それでもその表情に嘘偽りが無いことは誰にでも分かるに違いない。この頃はまだ本当に親友だったのかもしれない。
次のページをめくると、本のページとは別に、一枚の紙が挟まっていた。
『この本は記録だ。本当であれば良い事だけを記録するつもりでいた。しかし結果としてこの本は【黄金の夜明け団】の創設から分裂。エドワードの死亡まで記録した。どうしてそうなったかを書き留めた。これからも何かが起こるたびに記録するだろう』
ジェイルはごくりと唾を飲んだ。無意識のうちに体は酷く緊張していた。
紙が挟まっていたページには、煉瓦造りの建物の入り口で、彼ら三人と一人の子供がこれまた仲良く写っている写真が貼られていた。今度は下に名前は書いてなかったが、……おそらくはチェイサーだろうか。
『【黄金の夜明け団】はヴィクトリア暦4年。魔術を用いて気候を無視した植物の栽培方法の確立や医学的功績を讃えられ、ここに魔術施設を贈呈された』
ページをさらにめくっていくと、同様に【黄金の夜明け団】の功績が、エドワードとメイザスの功績が讃え書かれていた。じょじょに写真に写る人々も増えて行く。
だが、その幸せそうな写真は、不意に凄惨なものへと変わった。そのページは新聞紙をそのまま切り貼りされたものだった。見出しには『魔術による大規模なテロ事件』と書かれ、その隣には白黒の写真で、燃え上がる村と人間の惨殺死体が大量転がっている光景が映し出されていた。
『ヴィクトリア暦5年。ノーサウ村が魔術による無差別攻撃を受けた。村にいた780名が死亡。106人が行方不明。容疑者は現在も逃走中。複数犯による犯行である。スコットランドヤードは犯人の特定を急がれる。またこの事件の責任について【黄金の夜明け団】は――――』
次のページをめくる。そのページには一枚の洋皮紙が貼られていた。乱雑な文字が書き殴られていた。
『もうおしまいだ! 魔術はごく一部のみが知るべきだった! あの村を襲った奴は皆殺しにする。罪人に十字架を見させてやる。エドワード。お前はきっと止めるだろう。そのときは敵だ。 せめて、リティシアには一緒に来てほしかった』
文字が恐ろしく思えたのはこれが初めてだった。一瞬だが呼吸さえもできなくなってしまうほど、その文字は怒りと憎しみ、殺意に満ちていた。
ジェイルはページをめくり、書かれた内容を見通して、さらにめくり、めくり……段々と目を見開き、戦慄した。
『ヴィクトリア暦5年。メイザスが【金の十字架派】を名乗り【黄金の夜明け団】から離脱。その際、抗争が発生し、仲間の一人であったシャーロット・ロリーがメイザスに斬り殺された。エドワードはこれに対し、メイザスとその同胞に徹底抗戦を宣言。その際組織名を【暁の星】に変更した』
『ヴィクトリア暦5年。大切な仲間であったシャーロック・デイルが殺された。【金の十字架派】は本気だ。本当にかつての仲間をもその刃に掛けようとしている』
『ディケンズ・ドリット死亡』
『オースティン・ネヴィル死亡』
『リチャード・ウルフ死亡』
『メリメ・ベネット死亡』
……死亡。死亡。死亡。死亡。
以降その文章がただひたすらに続いていた。彼らは死亡を記録されたページに細かく詳細が書かれ、どんな性格で、どんな思い出を過ごしたかが全て綴られていた。
想像を超えるほど、血に塗れた歴史だった。時折本には涙の痕が残っており、いたたまれなかった。めくればめくるほど、本の1ページ1ページが錘のように重く感じれた。
それでもジェイルはめくり続けた。内容を全て読み続けた。
『ヴィクトリア暦9年。リティシア・エンフィールドとエドワード・シルヴァーが結婚した。命を狙われている以上、派手な式などは挙げられないが、我々はそれを見届けた。憂鬱な現実があまりにも多すぎるなか、この一つの事実はとても心が安らぐものであった』
そこには父と母の二人を中心にして、【暁の星】のメンバー達が笑顔を浮かべる写真が貼られていた。最盛期のときと比べて、四分の一程度しかいなかった。
次のページをめくるとまた死亡報告が羅列されていた。次に死亡報告以外の記述がされたのは10ページ以上も先であった。
『ヴィクトリア暦15年。なんと喜ばしいことだろうか。リティシアが妊娠していることが分かった。お腹の子のためにも、死んでいった仲間のためにも、メイザス・ダロウェイ率いる【金の十字架派】を壊滅させなくてはならない。敵も甚大な被害が出ていることは事実だ。お互い最後の決戦となるだろう』
次のページをめくった。空白だった。これで終わってしまったのだろうか? しかし最初の紙には父が死ぬまでの記録をと書いてあった。
「これで終わりか……? いや、変だな……」
ジェイルは声と表情を強張らせ、ペラペラとページをめくり続けた。空白は十数枚ほど続いていたが、不意に終わりを告げる。
『16年。リティシア・シルヴァーが亡くなった。子供を生んだことによる多量の出血が原因であった』




