訓練
肉が焦げるような臭いが一瞬にして広がった。熱が、火炎が皮膚を焼き、激しい痛みが腕から全身に伝わり、神経の全てを支配する。
痛みのあまりに意識が飛びそうになるが、熱と光が意識を覚醒させ続ける。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「そりゃあ痛いだろうに。すぐ治すから、ちょっと痛いけど我慢してね?」
チェイサーが冷や汗を掻きながらも余裕そうに指を鳴らすと、猛々しく燃え上がっていた怒れる炎が一瞬にして、鋭くいてつく氷へと変化した。つい一瞬前まで炎上し、身を焦がしていた腕が、サーベルが白く濁った氷に閉じ込められる。
燃え盛るような熱はいともたやすく冷え切った。熱ではなく冷気によって痛覚が刺激されたが、それでも幾分かマシになった。
冷気を纏い、白い靄を放つ氷は、炎を沈静化させ、肉が焦げるような臭いをも掻き消すと、何事もなかったかのように溶けて無くなっていく。しかし腕の元まで来ると、その清らかな水は赤く染まり始め、やがて火炎に苛まれた痛々しい部分が露わとなった。
肌色の皮膚が消え、赤い肉と白い脂肪、骨が外気に晒されていた。僅かな微風さえもナイフで突き刺されたかのような痛みに成り代わり、ジェイルは声にならない絶叫を上げた。
「大丈夫。これくらいなら治せる」
チェイサーがニコリと微笑むと、手術が必要なほどの火傷でさえも、非科学的な再生能力で数十秒ほどの時間で元通りになった。
「い、いまのは……?」
「……出来る実力はあるのに、すぐ諦めるからできない」
ジェイルが唖然として焼き裂けたはずの腕を触っていると、アイラはぼそりと呟いた。彼女は凍った仮面のように顔をピクリとも動かしはしないが、その蒼い双眸にはやはり、嫌悪と憎悪が渦巻いている。
チェイサーはそんなアイラに歩み寄ると、頭を小突いた。その後すぐにこちらにも歩み寄り、同様に頭に手刀を下した。
「二人共駄目だろう? いい年してまったく…………。二人がそれぞれで辛いものを背負っているのは分かっている。だからこそ、お互いに認め合わないと駄目なんだ。まぁ分かり合うには時間が掛かるかもしれないけどね」
分かり合う? 無理だ。アイラとかいう少女はろくに目も合わせようとはしない。父さんに命じられたことなら嫌々やっているみたいだが、嫌悪を抱く相手にわざわざ話そうとする理由なんてない。
ジェイルは額に皺を寄せ、訴えた。
「死に掛けたぞ」
「魔法は脳波を感知してハッキリとしたイメージのみを実現させる。非科学的な現象だけど、その実現させる内容にはリアリティが必要だ。しかし魔法が発動するとき感情が高ぶっていると、魔法は想像を超える威力になってしまう。文字通りね? だから基本的にはどんな状況でも冷静に。でないと他の人に危害を与えることになってしまうよ」
「迷惑をかけてすみませんでした」
ジェイルは意識できる限りの丁寧語で謝罪し、頭を下げた。チェイサーは気にしないで、とだけ言うと、不意に拍手を始め、さきほどまでの真面目な様子から一転して、朗らかな口調に変化した。
「けれど初めてにしては凄くいい出来だったよ。大抵は壁も床も赤一面にして、温度も凄い高温にしないとイメージが固まらないから何も起きないんだ」
「……チェイサー、さんは氷に関するものとか一切ないのにどうやって俺の腕を凍らせたんだ……ですか?」
「ハハっ。無理して敬語を使おうとしないでいいよ。僕も慣れないし。……イメージする物体を必要としないのは、そういう物が無くても温度、規模、発生したらどのように物体は変化を来たすかを全て明確にイメージできるようになるまで訓練したからだ。例えば氷を触り続けて、体で物体が凍ったときの温度を覚えたりだとか、そういう訓練だ。君もこれから物や状況を整えずとも魔法が使えるようにならなければならない。そのために僕はここにいて、僕は君をここに呼んだんだ」
ジェイルはごくりと唾を飲んだ。チェイサーの独特な笑みと双眸で揺れ動く光がなんとも不気味で、恐ろしいものに見えた。同時に未知へ引きずり込んでくれるような、幻想に等しかった父と母に近づける実感が湧いた。
アイラがどことなく不安げにこちらを眺めるなか、ジェイルはチェイサーの表情を真似するように、造りものの笑顔を浮かべた。
「……それで、俺は何をすればいい?」
「いい笑顔だ。ではまず【硬化】の付与を教える。身を守るための術だね。はい。これを一日中身に着けてくれ。以上」
チェイサーは部屋の隅にあった鋼のインゴットにリストバンドのようなものが取り付けられた歪な物体を手渡した。合計で4つ。左右手足につけろということだろう。
「なぜって顔をしてるね。さっきもいっただろう? 例えば【凍結】の付与は氷を触り続けるって。さぁ、それを身に着けたら後は何をしていてもいい。けれどもし君が両親のことをもっと知りたいなら書斎に行くといい。……あ、健康には悪いが寝るときもその金属は外さないでくれよ?」
ジェイルが瞬間的に白けた表情になると、アイラがくすりと笑みを零した。その笑顔は造りもののような雰囲気はなく、ごくごく自然に現れた柔らかなものだった。
「普通に笑えるのか」
アイラは僅かに歯を食い縛るような仕草を見せたが何も答えてはくれなかった。淡々と、冷え切った様子で部屋を後にし、階段を上がっていった。
「……チェイサー。これで本当に効果はあるのか?」
「ある。皆その方法で使えるようになったよ。僕もね」
想像より遥かに地味な訓練であった。まるで筋力トレーニングだ。両手両足で合計十キロほどの重さがあった。




