『死季の女王』
昔々とある国に、四人の魔女が存在しました。
四人の魔女はそれぞれに、一つの季節を司る。春と夏と秋と、そして冬。
彼女達が国の中央に位置する塔の中で祈りを捧げれば、その国にその季節の効果を与えられるのです。
魔女である彼女達でしたが、国民からは敬意と畏怖を、そしてその美しさを称えられて女王と呼ばれていました。
国の王との契約によって定められた期間中は、塔の中に閉じこもって祈りを捧げる女王達。
特別な力を持った魔女。人々に崇め奉られる女王。しかし、彼女達も一人の女でした。
ある春の日。冬の女王と呼ばれるその女は、一人の男に恋をします。
若くたくましい一国民。女王はその身分を隠して、男へと近づきました。
一人の女と一人の男。
身分を隠そうとも、見目麗しい冬の女王。男が心惹かれるまで、そう時間はかからなかったでしょう。
二人は逢瀬を重ねる。
春が過ぎ、恋仲となった二人は共に夏を越える。
しかし、秋が終わりを迎える頃、男の前から女は姿を消しました。
「どこに……一体どこに行ってしまったんだ。僕の前に姿を現しておくれよ……」
身分を隠したが故の結果。
魔女であり女王であり、一人の女である彼女は、最期まで男にそれを打ち明けることが出来なかったのです。
男は女が消えたことを悲しみ、女は塔の上から見るその姿に心を痛めました。
「ごめんなさい……でも、あなたがそう願ってくれるのなら、私は次こそ魔女であることを打ち明けるわ」
しかし、それも僅か数日の間だけの事でした。
ある日、いつもと同じように塔の下を眺めた冬の女王。
そこにいたのは、女王が恋した男と、その隣に連れ添う女の姿でした。
男は僅か数日で冬の女王を忘れ、新しい女と恋仲になっていたのです。
仲睦まじく腕を組み、笑顔で語り合う二人の姿。冬の女王は人知れず涙を流しました。
「あなたはもう……私を忘れてしまったの? 私のことはもう……愛していないと言うの?」
来る日も来る日も、男は女と共に歩く。冬の女王は塔の上で悲しみ、やがて嫉妬するようになりました。
「……あの女が憎い。あの人の隣を奪った……あの女が許せない」
冬の女王は、冬が終わり塔から出ることを許されるその日に、男に詰め寄ろうと。密かにそう誓ったのです。
しかし、冬が終わりに近づいた頃、塔の下からは耳を疑う声が聞こえてきました。
春が訪れたその日。男と女は、塔の下で挙式を上げるという話。
冬の女王が塔を出たその時、彼らは恋仲から夫婦へと関係を変える。
彼女がそこに入り込める余地は、もう存在しない。
「そう……挙式を上げるのね。ならば私は塔から出ない。あなた達を決して結ばせはしない。私はあなた達を許さない」
恋慕と嫉妬の感情に狂ってしまった彼女が取った行動は、塔の中に閉じこもり続けて、春を訪れさせないというものでした。
「どういうことだ! いつになったら春は訪れる!」
国の王は、いつまで経っても春が訪れないことに苛立ち始めました。
しかし、彼らにはどうすることも出来ません。
同じ魔女である春の女王ですら、冬の魔女を力づくで引きずりおろすことは出来なかったのです。
何故なら、四人の魔女の中で、最も強い力を持つのが冬の女王。その彼女だったのですから。
やがて食物の備蓄もあと僅かとなり、貧しい民は寒さに凍えて死者が出るようになり始めました。
苛立ちよりも焦りが目立ち始めた王様は、国全体へとお触れを出しました。
「冬の女王と春の女王を交替させよ! 季節を廻らせることが出来た者には好きな褒美を取らせよう! ただし、冬の女王が次の季節を訪れさせることが出来る方法に限る。季節の廻りは妨げるな。よいか!」
国民はそのお触れに奮い立ちました。
ある者は交渉を。ある者は献上を。そしてある者は力づくで。
しかし、どれ一つとして冬の女王を動かすことは出来ませんでした。
それどころか、心を狂わされ、財を巻き上げられ、そして命を奪われる始末でした。
国民達の心は折られ、国王までもが諦め始めました。
食物の備蓄は尽き、冬眠していた生物すら死に絶え、人々は次々倒れていく、死の季節。
そんな中、冬の女王が恋した男と、恋仲である女は一つの決断をしました。
このまま春が訪れず、やがて全てが死に絶えるのならば。
せめて命がある内に、挙式を上げて幸せを得ようと。
国中が苦しみ、絶望の最中だというその日。
塔の下では厳かに挙式の準備が進められました。当然冬の女王も、塔の窓からそれを目にします。
「あなた達は国の一大事でも……自分達が祝福されることを望むのね」
春を遅らせても挙式は行われる。もはや自分にそれを止める術は無いということを。
叶わない恋ならば。報われない想いならば。私に生きる意味は無いということを。
冬の女王はそれを見て、一つの時期を悟ったのです。
「なら……私が悟ったこの死期を。一つの季節として残すわ」
冬の女王は音を立てて窓を開きました。
「私はあなたに痕を残そう。決して忘れることの出来ない、呪いにも似た季節に変えて」
冬の女王が姿を見せたことで、喧騒に包まれる塔の下。やがて国王もやってきました。
「国王よ。私は春の女王と交替しよう。代わりに、私の言う褒美を全て取らせなさい」
民衆は罵詈雑言を浴びせ掛けましたが、国王は頷きます。
事の元凶である本人であろうと、今はそれを拒んでいる余裕が無いのですから。
「一つ。私が延ばした分の冬を、一つの季節としてこの国に加えなさい」
それはこの地獄のような季節が毎年やってくるという契約。
王は渋る表情を見せましたが、受け入れなければ永遠に春は来ません。
王は頷かざるを得ませんでした。
「一つ。その新しい季節には、冬の女王と共に、そこの男を塔に閉じ込めなさい」
冬の女王が指差したのは、かつて恋した。そして今もなお愛している男でした。
男と、そしてその妻となる女は当然拒みますが、王は頷きます。
一国の命運と、一人の男の僅かな時。比べるまでもありません。
「一つ。新しい季節の終わりは、その年の今日。そこの男と女が契りを交わしたこの日。その日にのみ、春の女王との交替を認めます」
王は頷く。その姿に冬の女王は凍てつくような視線を向けました。
それは女王であり、同時に抗うことの出来ない強大な力を持った魔女の眼光。
「もしもそれが破られれば。私は死してなお、この国に滅びをもたらす」
王は冬の女王の力を知っていました。それが本当に可能であるという程、強大なその力を。
「約束しよう。いかなる場合でもそれを守ると余が誓う」
「よろしい……では、これで最後。私は冬の女王の座と、その力のみを……そこの女に委ねる」
冬の女王が指差したのは、愛した男の隣に立つ女。指先から流れる光は女を包み、有無を言わさず力を譲渡していきました。
「いや……いやよっ! あんな塔に閉じ込められるなんて!!」
「すまぬな……何人たりとも彼女には逆らえぬ……」
「いやっ……いやぁぁ!」
力を渡し終えたただの魔女は、塔の上で静かに笑いました。
「喜びなさい? あなた達が新しい季節を終えて塔から出てくるたびに、国中から祝いの声が聞こえてくるわよ。欲しかったのでしょう? ……この日を祝福してくれる声が。もっとも……あなた達に向けられる感情は、憎悪でしょうけれど……」
泣き崩れる女と、それを支える男の姿。それを見た魔女は、最期の行動に移りました。
窓から体を乗り出して、そして、高い高い塔のその上から。彼らに向けて飛び降りました。
「死に至る季節。死季。私からあなた達へ贈る祝儀よ……ありがたく受け取りなさい」
季節と共に、自らの身体が出した血飛沫を贈る魔女。
死してなお彼らを呪う声が、国全体に響き渡りました。
「女王の座を手放したければ。憎悪から逃れたければ。死にたければ……死ぬがいいわ。それこそが私の、最上の喜びとなるのだから……」
冬童話2017提出作品、その二つ目となります。こちらは少しだけ暗い(怖い?)話にしてみました。意外と童話って、暗かったり怖かったりする話が多いですよね。という思い付きで。この他にも、真面目な童話と、ラノベ風なんちゃって童話を提出しておりますので、もしよろしければそちらの方もと一言添えて。