第5章 敗北と屈辱のどん底で ➖ その1 ➖
腰が抜けて下半身が全く動かなかった。
オマケに、悪い事にしこたま顔面をテーブルの脚に打ち付けたから、顔は大量の鼻血で染まっている。
拭って真っ赤になった手のひらが、それを物語っていた。
ギョッとしたが、そんな事に囚われている暇はない。
下手をしたら、この程度の血の量では済まない事になるからな。
どうしよう、早く逃げなきゃ殺される。
両腕で体を引きづろうと懸命に踏ん張ったけど、ジタバタするだけで一向に進めない。
これじゃあ、ヨチヨチ歩きの赤ん坊の方がまだマシじゃないか!
そうこうしているうちに、表にいた二人が中へと入って来る気配がした。
終わった……
一瞬そんな弱気な思いもよぎったけど、行動は違っていた。
「まあしかしじゃ、これも緣じゃから。」
「そうだな、緣で俺らが面倒見る事になった訳だから、何が何でも最後までやり遂げないとな。」
そんな会話と共に扉が勢いよく開いた。
「ありゃ?」と喜一郎の声がした後、暫くの間、無言が続いた。
二人の間で無言で何か意思の疎通を図っている様な、そんな空気を感じる。
俺は血だらけの顔のまま、仰向けになって気絶しているフリをしている訳だが、こんなレベルで通用しているのかどうか、内心ドキドキだった。
今、爪先をコツンと蹴ってきたのは、きっと又太郎だろう。
おそらく、生きているのか死んでいるのか、確かめているんだろう。
お、顔の側に誰かがしゃがみ込んだな。
加齢臭がキツイな。
きっと爺さんだろうな。
確かめたいけど、目を開ける訳にもいかないし。
それはそうと、倒れ方として、この体制はイマイチじゃね?
気を付けになったままで、余りにも芸が無さ過ぎじゃね?
上半身はもっと両手を左右アンバランスに広げてさあ、顔も激痛に歪んだ表情にすれば良かったかな。
「おや?こんな所に官介君が倒れてるぞ。」
「長老、官介君顔が血だらけですよ」
え?顔の側にいるのは、又太郎の方だったか⁈
まあそんな事よりも、慌てたから呼吸が荒れているのがヤバいかも。
息づかいが不自然にならない様に、静かに自然に自然に……
そのうち、鼻の下が乾燥した血で痒くなってきた。
さらに顔全体が糊付けされたように固まって来た。
ちょっとでも皮膚に力が入れば、シワがくっきりと表れそうで怖い。
痒みがひどくなってきたな。
それを我慢するうち、全身に思い切り力が入ってしまった。
プルプルと震えが止まらなくなってきた。
もう、完璧にバレてると思うけど、バレてない方に望みを持ちたい。
二人がどんな表情を見せているのか、ちょっと確かめようかな。
急に無言になったのが、もの凄く気になる。
だから、思い切って片目を開けて見た。
「お、官介君のお目覚めでーす。」
「うしゃしゃしゃ、なかなかの迫真の演技じゃったのう。」
しまった……
爺さんとおっさんは、俺がギブアップすることをとうに見抜いていやがった。
これで本当に終わった。
そこへ、何処かに姿を消していたさっきまでのライバル達が、どやどやと店に入って来た。