➖ その7 ➖
改めてレストランのガラス張りの窓に目をむけると、数人の客が見えた。
でも誰もこっちに気付いていないようだった。
咄嗟に、自分の作った黒い染みから外へと身体を横方向にじわりとスライドさせた。
逃げる方向は?
ひとまず、味楽と隣の建物の間に滑り込む様に隠れた。
頭上では、業務用の換気扇がごうごうと店の中から外へと排気している。
ふとその奥側に目をやると、小窓が数個見えた。
恐らくトイレか何かだろう。
俺が急に居なくなって、中ではいったいどんな会話をしているんだろう……。
こっそり中の様子を伺って見たら、案外何かの手立てが見つかるかもしれない。
主人公がしばし居なくなったのを良い事に、更に過酷な次なるシナリオに変更しているかもしれないな。
現場で脚本をいじって急に変更する、なんて事は日常茶飯事らしいからな、この業界は。
少しでも股間を乾かしたい、との思いも有り、俺はその小窓へと抜き足差し足で近付いていった。
一つの窓は、間違いなくトイレだった。
更にその奥側に三つ、それを覗いて見ると、カウンターの後側の明かり取りと換気用の窓だった。
幸いエアコンの室外機が足元にあった。
そこに登り、中を覗きこんだ。
目の前には、又太郎と喜一郎、それにマセコが見えた。
三人は、腕組みをしたまま会話をしていた。。
「まさか、あれほどまでに使えねえ奴だとはな」
「長老、どうケジメを付けさせる気だ?」
「コノママダト、カンスケ、ケサレテシマウ」
「MIRAKUの掟は不変だ。如何なる相手だろうが、容赦などしない。」
「だよなぁ。ここは官介に地獄を見て貰うしかねえなあ。」
「さっき、駅から様子を伺いに使用人が来たよ。史上最悪の賭け率らしい。」
「三億の借金では、望み薄と見るのがセオリーだろうよ。」
「MIRAKU住民も、儲からないと分かると……だよなあ。」
「カンスケ、カワイソウ……」
な、何だこれ⁈
話の内容が全く見えてこねえよ⁈
て言うか、何で俺の借金が三億なんだよ⁈
何で俺が賭けの対象物になってんだよ⁈
しかも、爺さんもおっさんも、さっきまでの様子とは、まるで別人じゃんか!
これって、ドッキリじゃないのかよ!
MIRAKUの掟って?
容赦しない?
地獄を見る?
MIRAKU住民が儲かるか儲からないか?
何だよそれ……。
放心状態になった俺は、壁にもたれかかったままズルズルと座り込んだ。
ふと、横を向くと、サキが真顔のまま立っていた。
ギョッとした俺は、弾かれる様に立ちあがった。
「何やってんのさ、早く来なよ。勝負終わったんだからさあ。」
得体の知れない恐怖が足の先から一気に身体の中心を貫いて脳天まで上がってきた。
身体がガクガクと痙攣を起こし、俺は目を見開き口も開いたまま小窓の中を指差していた。
「ああ〜聴いちゃった?ははは」
顎がカクカク動くだけで全く声が出て来ない。
「し、しらない、き、きいて……ない」
やっとの思いで絞り出した言葉は、これが精一杯だった。
ブルブルと激しく揺れる膝で懸命に踏ん張り、恐る恐る小窓へと目を向けると、直ぐ目の前には、カッと見開かれ血走った喜一郎の目が覗き返していた。
ただ、そこに眼だけが在るだけなのに、喉元をグイッと掴まれた気がした。
ヒイ〜、とかグォ〜とか、戦慄を感じる中で声にならない呻き声を発していた。
意識を失いそうになった。
そのまま後方へ体がフワリと浮き、ハッとすると、監督に抱きかかえられていた。
「とりあえず店に入ろう」
「か、体が……」
「うんうん、分かる分かる、まあとりあえず店に入ってからね」
何だか全く下半身に力が入らなかった。
そのまま監督の肩に掴まり、引きづられるように店の中へと入って行った。