➖ その1 ➖
こんなに腹が立ったのは、入学して何度目なんだろう。
馴れっこになってると思ってたのに、今日の担任の稲盛の言いぐさには殺意さえ湧き上がってきた。
「官介、いい加減にはっきりさせろ。お前の将来の事なんかどうでもいいんだよ。この際、適当に作っちまえよ。内定貰った事にしてやるからさ、卒業してそれが先方の都合で取り消された、なんてのも良いし。」
無視を決めて窓の外をぼんやり見ていると、向かい合って座っている稲盛の膝が震えて踵で床を連打する音が耳に入って来る。
顔は笑ってるけど、相当イラついているのがこっちに刺さるほど伝わって来る。
「あ、そっか!いっその事、架空の企業に人の羨む特待遇で余裕の就職!なんて思い切りやっちまうってのもありじゃね?はははは」
思わず唾を吐きかけてやりそうになった。
この野郎、どうせ卒業だしこれまでの鬱憤をぶちまけてやろうかと思い切り睨みつけてやると、
「何だお前、俺がわざわざ放課後まで時間を割いてやってんだぞ、へらへら笑ってんじゃねえよ。留年させてやってもいいんだぞ、バーカ」
と返されてしまう始末。
この辺りで限界が来るのが分かる。
ほら、来る……
自分の中で何かがプツン!と音を発して瞼に力が入らなくなる。
同時に、急に脱力感に引き込まれてしまう。
いつもこうだ。
目の前の景色が段々と形を変えながら暗くなっていく。
赤から茶を帯びて錆びついたような赤黒色へ変わり、それが灰色へ……
そして最後にはギザギザに刺々しく模様を変えながら真っ黒な背景に赤いごま粒の様な点々がうようよと動く暗闇の世界。
その後、どうやって学校を出て来たのかも覚えていなかった。
気がつくと駅前をぶらぶらと歩いていた。
とてもこのまま家に帰る気がしない。
どの家族の顔を思い浮かべて見ても、全く顔を会わせる気がしない。
前方にザグザグバーガーキングのネオンを見つけた。
おもむろにポケットの中へ手を突っ込んで小銭をすくい出して見ると、大好きなイチゴシェークを飲めるだけの金額がかろうじてあった。
「……あ、そうか。これを使い切ったら、卒業まで一文無しなんだ。て言うか、卒業後も小遣いが増える保証なんか無いし」
小銭はとても温かかった。
こんな金属の塊だって、今は唯一頼れる物かもしれないな。
まあ、こいつはうるさく無いし嘘も言わないし。
だけど、なんだか使う気が失せた。
やっぱ帰るしかないか。
途端に無性に腹が減ってきた。
小銭をシャリン!と振ると、握りしめたまま駅へと向かった。