➖ その8 ➖
すると、いきなり太い片腕だけがにゅっと入って来た。
そしてその腕は、扉を力任せに突き飛ばし始めた。
「フン、ウオリャ!フン、オリャー!」
その野太い気合いの入ったしゃがれた掛け声と共に、今度はその腕の三倍程もある下駄履きの太ももが現れ、筋肉を波立たせて扉の下部を蹴り出した。
全身に鳥肌が立った。
やがて、身体半身が入る程の開きが出来ると、そこにまわしを締め込んだ女が
汗だくの右半身を店の中側へねじ込んで来た。
フン、ウオリャ!フン!フン!とさらに気合いを込め、まるで土俵の外へ対戦相手を寄り切る様な勢いで、腰を落としてじわじわと扉を押しまくった。
そして、一気に扉が全開となり、そこに 現れたのは、お揃いの黒い上下の半袖短パンのトレーニングウエアに使い込んだ白いまわしを締め込んだ、女子相撲クラブの一行だった。
見たところ、大学生位の体格の良い女子からまだ身体の出来上がっていないモヤシのような小学生に至るまで、実に幅広い顔ぶれだ。
最初に入って来た大学生らしき女子が、監督らしい。
その次に高校生が四人、最後に小学生が三人、ハッ、ハッ、フッ、フッ、と腰を落として拳で脇を絞り、すり足で縦に列をなして入って来た。
全員素足のままで、親指や踵には痛々しくテーピングが施されている。
一気に店内の温度と湿度が急上昇し、店が狭くなった気がした。
「ヨーシ、座れ。」
監督の一声で、女子達は学年別にまとまって座った。
一斉に椅子が軋み鳴いた。
「牛けぇ、豚けぇ」
彼女らの呼吸も収まらないうちから又太郎が注文を取る。
「全員豚」
そう監督が答えた。
ぷっと吹き出しそうになった。
まるで共喰いです、って言っている様なもんじゃん。
今の台詞って台本通りなのかな。
喜一郎は、おちゅかれねぇ、と声をかけつつ黄ばんだおしぼりの山を各テーブルに置いて行った。
アザッス、と少女達は、競い合う様におしぼりを手にし、露出しているところは全部拭き切っていった。
ポリバケツを抱えた喜一郎は、アイヨ、アイヨとテーブルを回りおしぼりを回収していった。
テレビは、いつの間にかボクシング中継に切り替わっていた。
「弱えのう、小粒なヤツばっかりじゃけぇ面白ない」
又太郎は、シッシッ!と息を吐いてシャドウボクシングの真似をしていた。
そのしまらない格好に苦笑していたら、カウンターの中の喜一郎の様子に目が釘付けになった。
喜一郎は、集めたおしぼりをポリバケツの中でザブザブとゆすいだ後、適当に四つ折りに畳み、そのままホットボックスの中へと積み上げていった。
そして、仕上げに得体の知れない小瓶を出すと、そのおしぼりに向けて中の液体を振りかけた。
その衝撃は、小刻みにジャブの連打を浴びた感があった。
「又おっちゃん、表の扉壊れとるよ」
監督が言うと、「おう、さっき業者を呼んだとこじゃ」と又太郎が返した。
「え、あっちが入り口なんですか。」
思わずそう言って入り口と言われた方へ指を指していた。
「おう、そうじゃ。あんちゃんが入って来たのは裏口じゃ。あんちゃん裏口入学得意じゃろ」
こっちの返答などお構いなく、あんちゃん、相撲は好きけぇ。と又太郎は今度は相撲中継に切り替えた。
そんな事より、もう腹の空き具合も限界で、いつまで経っても焼き肉の準備すらしない又太郎にイライラもピークになっていた。
これ以上は待ち切れないし。
かと言って番組の進行中なら、勝手な事も出来ないし。
そうだ!一旦タイムもらってハンバーガーでも買ってくればいいや。
妙案を思い付き、腰を上げかけた時、また新たな客が入って来た。