➖ その7 ➖
そこへ、すかさず喜一郎がおしぼりを山の様に積み上げた盆を両手で抱えて持ってきた。
「いらっちゃい」
そうボソッと蚊の開く様な小声で言うと、猫背の背中でやっとこせと三姉妹の前に盆を置いた。
「おお、喜一郎爺サンクス。」
ハイ、ご褒美。と言って、三姉妹は先ず自分達の頭から顔、首筋、脇までを一気に拭きあげると、そのまま喜一郎の頭を拭いてやった。
喜一郎は、三枚分の畳んだおしぼりを頭に乗せたまま、カウンターの中へと入って行った。
真横で目を剥いたまま突っ立っている俺に目もくれず、「おっちゃん、野球どうなった?」などと聞きながら、三姉妹は次々とおしぼりを取っては身体のあちこちを拭いていた。
「いけん。今日は、下柳田の球のキレが悪いわ」
又太郎は、タバコの煙を燻らせ、テレビに向かってスナップを利かさんかい!と突っ込みながらしきりに手首を振った。
やっと我に返った俺は、居心地の悪い空気に押され、後ずさりしながら背後のテーブルに座った。
「とりあえず生三つ」
そう言うと、三姉妹は一瞬顔を見合わせた後、こっちを振り返り軽く会釈をした。
「ど、ども、すみません」
なんで謝ってんだろうって思ったけど、彼女達の上半身を見てしまった罪悪感からだった。
アイヨー、の掛け声と共に、喜一郎がジョッキに並々と満たしたビールを一杯づつ運んで来た。
三姉妹は威勢良く、お疲れさん!と声を掛け合いジョッキを合わせると、激しく喉を鳴らせ一気に半分程を胃袋に流し込んだ。
これを燻銀と言うのかなぁ。
すげー格好いいわ。
飲み込むリズムに合わせるように、ピクリピクリと動くうなじから肩甲骨辺りの筋肉の美しさに見惚れてしまった。
三姉妹は、既に二杯目に手を付けようとしていた。
「あんた、高校生」
その内の一人にいきなり話し掛けられ、ドキっとした。
一瞬、どっちから話し掛けられたのか分からず、慌てて三姉妹の顔へ目線を右往左往させてしまった。
「高校生なら、そろそろ練習してもいいんじゃない。付き合っちゃう?」
そう言うと、三姉妹はそれぞれジョッキを左右に持ち上げて見せた。
「おう、やれやれ。学校の先生にはわしが黙っとってやらあ」
又太郎がはやし立ててきた。
番組的には、ここは悪のりでしょう。
でも、その後が怖いんじゃね?。
俺は卒業がかかってるんだし、これって全国ネット間違いないだろうし。
ははは。って頭をポリポリ掻きながらこの場の空気を探っていた。
ふと、思った。
これって、もう撮影に入ってるんだろうかと。
カメラは?
何処に隠されて、こちらをレンズの奥から鋭く捉えているのだろうか。
今一度さり気なく店内を見渡して、何となく最後の視線を喜一郎に向けた。
「マセコおちょいのう。」
「もうじき帰ってくらあ。」
又太郎は、下柳田が連続フォアボールを出した事に舌打ちしながら、喜一郎に言った。
この店に入って既に30分近くが経過していた。
番組の進行も気にはなるが、さすがに空腹もピークに達し、イライラが募り始めて来た。
「あ、あのう……」
いつから焼き肉を食べさせてもらえるのかと、又太郎に聞こうとした時、又奥の扉が重い音を立ててわずかに開いた。