➖ その3 ➖
そおっと近付いて見ると、改札口の外には、カメラマンや音声係や照明係まで揃い、他にも数十名の関係者らしき連中が待ち構えているのが見えた。
急に緊張感が増して来た。
胸に手を当て、2、3度深呼吸をする。
「母さん、父さん、生まれて初めての一世一代の大芝居をやるよ。うわ〜恐っ」
これって、上手くやれば、芸能界デビューもあり得るって事?
指を咥えてそんな事を考えていると、遠くからおもむろに声をかけられた。
「こっちです!黒田君こっちにお願いしまーす!」
「あ、ハイ!すみませーん!」
小走りに改札口まで近寄り、「あ、どうもー」とその男に小声で答えた。
その男は、周りの様子に気を配る素振りを見せながら近付いて来た。
日に焼けた赤ら顔で無精ヒゲを生やした小太りのこの男を、俺は番組プロデューサーと見た。
「その表情だと、もう気付いちゃった?」
「え、ええまあ。なんか、かえって申し訳ないっス」
そう言って頭をポリポリ掻いた。
「でも、なんか凄いですね。本物ってこんなに大掛かりな仕掛けで撮影するんですね。」
そう言って見ると、男は、イヤイヤとんでもない、と顔の前で片手を振った。
「で、この後はどうすればいいですか?」
「うん、別にそのまま普通に。そう、ありのままで良いよ。」
自信有り気に平然と言った。
さっすが!これがプロというもの。
そりゃそうだ、こっちは素人なんだから、カメラクルーの方がこっちに合わせてくる訳だ。
なーるほど。
改札口の向こう側は、埋め尽くされる程の人だかりで溢れかえっていた。
何故だか皆んなの視線は、入り口付近の柱に備え付けられた大型モニターに釘付けになっていた。
あれやこれやと、皆口々に何かの批評にヒートアップしているのは分かった。
改札で駅員に声をかけられた。
「パスを提示して下さい」
「え?ぱ、パスって?」
「玉を持ってるでしょ」
「は?」
一瞬、考えた。
心情としては、ここはやはり慌てた様子を見せながら、愛嬌で股間をサッと両手で隠す場面にしたい。
だけど、素人なんだから、出来過ぎるのも……そう、かえって嘘っぽい。
だから俺なりに考えて
「あ、初めてなものでして……さっきの電車にうっかり忘れて来ちゃったかな?」
と言ってみた。
その途端、構内にいた連中が一斉にこっちに振り向いた。
それも、恐ろしい程に皆んな険悪な表情を揃って見せていた。
駅員は更に恐ろしい程血走った目を剥き出し、上から睨み付けて来た。
うわ〜超リアル!
慌てた俺は、プロデューサーの男を目で探した。
ここは、無理せず指示を仰ごう。
すると、いきなり背後から両肩を鷲掴みにされたと思ったら、物凄い力で背後に振り向かされた。
え?
「そんな事が有るものか〜、見せろや〜」
先程まで、あんなに温厚で仏の様に慈愛に満ちていた笑顔は影を潜め、血走った目玉と歯を剥き出し大きく開いた口で、上から覆いかぶさってきた。
余りの恐怖に、海老反りのまま無我夢中で鞄を掲げ、底まで見えるように広げた。
「た、助けて……う、ウケると思ったんですぅ」
そう、小声で言った。
男は、その険しい形相で中を覗き込んだ。
すると、小声で「ハイ」と呟くと、駅員に振り向き様に頭上に両腕で大きな円を作って見せた。
すると、男も駅員も、呆気なく元の温厚な表情に戻ってくれた。
男は、鞄の中に手を突っ込み、腫れ物を触る様に玉をそおっと取り出すと、そのまま駅員に手渡した。
ハイ、了解しました。と駅員は玉に対して敬礼をした。
気になって玉を覗き込んで見た。
《 反省している 、許す 》と出ていた。
さらにその下には《 pass ・ 改札許可 ・無料 》と出て来た。
さあさどうぞ、と満面の笑みで駅員が手を振り、招き入れてくれた。
改札をくぐると、構内のごった返していた町民達が左右に開いて道を作ってくれた。
どういう訳だろう、俺を見ている皆んなの表情に只ならぬものを感じる。
まるで、品定めをしているかの様な視線だ。
だが、この時はまだ、俺が町民皆んなの賭け事の対象になっているとは、露ほども知らなかった。
ましてや、俺に許された時間がわずか三日間だけだという事も。




