➖ その9 ➖
こんな姿、誰にも見られたくない!
今、誰か知り合いが通りがかったら、と思うとそっちの方が恐ろしくてたまら無い気持ちになる。
「ねえ!俺は何処に行くのさ、何処に連れて行かれるんだよ!教えろよババア!」
「全てはその石が教えてくれるよ」
そう言うと、どうせ逃れられないなら、運命の流れに身を任なさい。などと声も高らかに、女は赤いハイヒールを脱ぎ、それを頭上でくるくると回しながら階段へ消えて行った。
分かった!これは夢だ。
こんなへんてこりんで馬鹿馬鹿しい展開が起こっているのは、そう、夢だからだ。
ほとほと自分に嫌気がさすよ。なんでもっと早く気付けなかったのだろう。
急に救われた気がして、自分の頬を拳でこずいた。
え?
痛い……
慌ててもう一度頬を強くつねってみた。
全身にヒア汗が噴き出てきた。
両手でもう一度、頭やら両頬やら両目に鼻の穴もついでに突いて見た。
激痛が走ったではないか。
何度試しても結果は同じだった。
何かが大きく狂ってる。
それは良く分かるが、それが何なのかが分からない。
もう一度辺りを見渡してみても、見える視界も限られてしまっている。
その時、ガコン!ギギ〜!ズッポン!と、耳をつんざく大きく不気味な音が車輌内に響いた。
同時に電車がスルスルと動き出した。
「あ、あ、だ、誰か!誰か聞こえませんか!ぼ、僕の声ですぅ!助けて下さい!」
急に涙が溢れてきた。
得体の知れない恐怖に、全身がガクガクと震え始めた。
埋もれている赤いシートの色が、自分の鮮血に思えた。
「い、嫌だー!嫌だー!」
母さん
父さん
麗亜
家族と離れ離れになるなんて嫌だー!
最後に家族の名前を叫けんだ確かな記憶と共に、電車は高速で暗闇の中へ吸い込まれていった。