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bird of passage. ー渡り鳥ー  作者: 宝積 佐知
(12)種族を越えた繋がりと、解り合えない溝。一つの決意。
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37,悪夢


37,悪夢











 運命のあの日、濃紺の夜空を嘗めるように火柱が上がった。それは紅い悪魔と化して故郷を、肉親を呑み込んだ。

 悲鳴、怒号、嗚咽。母を探す幼子、異種族を恨む老人、四肢の欠けた屍のような若者。地獄と言うものがあるのなら、きっと、あの夜、私は地獄を見たのだろう。

 何も出来ずに狼狽えるばかりだった。炭と化した柱の下敷きになった母親を救い出すことも、泣き叫ぶ子どもへ手を差し伸べることも出来なかった。私は無力だった。如何しようも無いくらい、無力だった。





「――おい」



 天地が引っ繰り返るような転落感に、意識が急浮上する。視界は満天の星空に埋め尽くされていた。

 ルビィは身体を起こした。水中に潜ったかのようにびっしょりと汗を掻いている。

 トパーズの案内する道すがら、周囲を見渡せる草原で野宿していた。寝ずの番をしていたらしいダイヤの前では、焚火が所在無さげに燻っている。傍ではトパーズが大の字に寝転び、ジェイドは卵のように身を丸くしていた。

 平和な夜だ。ルビィは額の汗の粒を、手の甲で乱暴に拭った。



「私――、」

「魘されていたから、起こした」



 ダイヤは焚火から目を逸らさず、素っ気無く言い捨てた。

 周囲に敵の気配は無いのだろう。眠そうに青い瞳は微睡んでいる。ルビィはそっと息を逃した。



「……ありがとう」

「別に」



 言葉はぞんざいだが、ダイヤは優しいと、ルビィは思う。――まるで、人間のようだ。

 けれど、其処で頭を振る。これまでルビィが出会って来た人間は、狡猾で、醜悪で、差別的で、恐ろしかった。それは純粋な闘争本能に則って生きる魔族が美しく思える程に。

 ルビィには解らない。けれど、目を向けようともしないダイヤに、問い掛けた。



「これから、何処へ行くのかな」

「さあな。その内、解ることだ」



 そういうダイヤには、行先の見当が付いているのだろう。けれど、それを口にしようとしない態度に疎外感を抱きつつ、ルビィは空を仰いだ。

 流れ星でも見られそうな美しい満天の星空だ。人は死ぬと星になると言う。魔族も、そうなのだろうか。死ねば夜空を彩る美しい星となり、永遠に共に存在していられるのだろうか。

 ふと思い出し、ルビィは問い掛けた。



「星に名前があるって、知ってる?」

「星? どれも一緒だろう」



 興味も無さそうにダイヤが言い捨てる。ルビィは夜空を指差した。



「あの明るい四つの星を繋いだ四辺形、その北東にあるのがアンドロメダ」

「どれがどれだか解らないな。程度に違いはあるが、同じ星だ」



 情緒が無いとルビィは口を尖らせる。星は時刻や方角を知ることにも利用されるが、気紛れに旅をするダイヤには意味を成さないものなのだろう。ルビィとて、決して詳しい訳では無い。

 アンドロメダは女性なのだと、故郷で老人が教えてくれた。その姿を想像も出来ない夜空を見上げ、ルビィは母を思い出す。

 家屋と共に焼け、炭をとなった母。伸ばされた手は誰にも取られる事無く、息絶えた。その最期が一瞬であったことを祈る以外、今の自分に出来ることは無かった。



「ダイヤに、お母さんはいる?」

「何なんだ、さっきから随分と喋るな。さっさと寝ろよ」

「いいじゃない。眠れない夜だってあるわ」



 呆れたような目を向け、ダイヤは渋々と言った調子で口を開いた。



「俺に母親がいるか如何かは知らない。まあ、魔族である以上、何処かの魔族の胎から産まれたんだろう。顔も名前も知らないし、会ったことも無い」

「……トパーズ達が、アレキサンドライト様と呼んでいるのは?」

「知らない。少なくとも、俺は会ったことが無いからな」

「会いたいとは、思わないの?」



 ルビィの言葉に、ダイヤは一瞬、口を噤んだ。

 以前、水中庭園の意思共有の魔法で、ガーネットの過去を垣間見た。アレキサンドライトと呼ばれる銀髪と青い目をした、白い翼を持つ魔族。恐らくきっと――、否、あれが自分の産みの親だった。

 けれど、ダイヤは彼女の最期を知っている。自分を守る為に、自ら命を絶ったのだ。



「物心付いた頃から、俺にはガーネットがいた。だから、興味も無かった。それは今も変わらない。俺にとっての肉親は、ガーネットだけだ」



 噛み締めるように、ダイヤが言った。ばちりと薪が爆ぜる。

 物音にジェイドが反応するが、目を覚ますことは無かった。



「お前は、会いたいのか?」



 其処で漸く、ダイヤはルビィを見た。対照的にルビィは目を伏せる。



「……会いたいよ」

「そうか」



 それ以上、ダイヤは何も言わなかった。労りの言葉を、ダイヤは持たない。同情もしない。けれど、突き放しもしない。

 ダイヤが言った。



「人の一生は短いな。高々数十年。それも、ちょっとした怪我や病気で終わりだ」



 百五十年以上もの長い年月を生きて来たダイヤには理解出来ないだろう。

 けれど、その寿命も無限ではない。何時か終わる時が来る。



「お前も何時か死ぬだろう」

「ダイヤもね」

「勿論。でも、俺はお前の死を見送らなきゃならないな」



 魔族と人間の違い。孤独だったダイヤの百五十年に何があったのかルビィは知らない。けれど、その中で出会った人間も多いだろう。出会った数だけ、ダイヤは見送って来たのだ。親しかった友人も、憎んだ敵も、その全てを見送り、受け止め、此処にいる。

 そう思うと、ダイヤの過ごした百五十年は酷く尊いものに思えた。彼にとっては苦しくて泣き出したくて、それでも逃げることの出来ない地獄のような日々であったとしても。



「ダイヤも親しい人を見送ったことがある?」

「親しいかは解らないが、知り合った人間の死を見届けたことは数え切れないな」

「どんな風に、死んでいったの?」

「戦場で首を切られた者、心臓を貫かれた者、毒死した者、病気で長く苦しんだ者、老衰した奴もいたか……」



 感情の無い青い瞳に、焚火のオレンジ色の炎が映り込む。過去を思い返すダイヤは、何を感じているのだろう。

 ルビィは問い掛けた。



「ダイヤは、如何したの?」

「如何も何も、見ていただけだ。死ぬのは自然の摂理だよ。……抗ったこともあったが、結末は何時も同じだ」



 人は必ず自分よりも早くに死ぬ。それは揺るぎない事実だった。ルビィもまた、そうだろう。

 友人を守ろうと奔走したこともあったのだろう。けれど、結局最後は自分を残して人間は死ぬ。それは諦観では無く、如何しようもない事実への理解だった。抗って現状を打破出来ても、結末は変わらないのだ。それでも、時に自分の意思に従って、諦めることなく抗おうとするダイヤを純粋に尊敬した。離されると解っている手を何度でも掴もうと手を伸ばすその強さを、自分は真似出来るだろうか。ルビィには、解らない。



「ダイヤは、強いね」

「何が」

「私なら、人と関わろうと思わないよ。だって、自分が傷付くって解っているもの」



 ダイヤは、ふう、と溜息を零した。



「人間はごちゃごちゃ考えて面倒臭いな。結末が解っているものに、如何して一々傷付く?」

「でも、ダイヤは抗ったんでしょう?」

「俺はただ、自分が後悔したくなかっただけだ」



 あの時、こうしていれば良かった。ああしていれば良かった。そう考えるくらいなら、今出来る最善を尽くす。

 当たり前のように、ダイヤが言う。それが、人間に出来るのだろうか。少なくとも、ルビィには出来ないと思った。



「後悔したことは、無いの?」

「あるよ。あるから、立ち止まりたくないんだ」



 それは、百五十年前の自分の無力さに対する不甲斐無さだった。

 ダイヤは過去に囚われない。切り捨てるのではない。受け入れて前を見ているのだ。



「お前は、何を後悔している?」



 問い返され、ルビィは口籠った。

 故郷を滅ぼされた夜、自分に出来たことがあったのではないだろうか。母を失い泣き叫ぶ子どもを抱き締めて、もう大丈夫だよと言ってやれば良かった。瓦礫の下から母を引き摺り出して、埋葬して遣りたかった。後悔は尽きない。

 ダイヤが言った。



「後悔するなとは、言わない。……俺もあの時、ガーネットを失っていたら、今頃如何なっていたか解らないからな」



 目を伏せ、ばつが悪そうにダイヤが言う。



「忘れる必要も無い。何時も胸に刻んでおけ。ただ、立ち止まるな。其処から得られるものは、何も無いからな」



 諭すように、穏やかにダイヤが言った。

 出会った頃には、想像も出来なかった。冷酷に見えるダイヤが、本当は懐深く優しいこと。人間だけでなく同族すら圧倒する程に強いダイヤが、実は繊細で傷付き易いこと。けれど、それらを受け入れて歩き出せるだけの強さを持っていること。そんなダイヤを尊敬し、こんな風に穏やかに話が出来る日が来るなんて想像も出来なかった。



「……もう、寝ろ。明日も早いぞ」

「うん。……おやすみ、ダイヤ」



 ルビィは、頭まですっぽりと布を被って眠りに着いた。

 夢を見た。

 村を呑み込んだ赤い炎の中で、白い翼が舞っていた。後悔で立ち止まりそうになる自分の手を引いて、こっちだと導いてくれる。青い瞳は相変わらず真っ直ぐ此方を見詰めて、問い掛ける。――何故、自分で考えない?


 悪夢はもう、見なかった。




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