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bird of passage. ー渡り鳥ー  作者: 宝積 佐知
(11)理想郷の成れの果て。現実からの脱落、過去からの離脱。
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35,空虚


35,空虚











「フェナジンの都。そう呼ばれていたのは、人間の暦で言うなら六十年程前のことだ」



 静かに語り始めたジェイドの頬を、蝋燭の灯りが橙色に照らしていた。

 聞く体勢を取ったダイヤとトパーズ。ルビィは自分が異物であるような居心地の悪さに身じろぐ。ジェイドは続けた。



「フェナジンは機械文明の発達した人間の都だった。この町の起源は、魔族との戦争の為に機械を生産する工場だ。その名残が町を取り囲む強固な壁だ」

「機械?」

「そう。始めは武器を大量生産する為のものだった。それが次第に機械そのものを武器として生み出すようになった」



 魔族を滅ぼす為に生み出された機械。けれど、それはルビィの見た賑やかな町並みと掛け離れたものだった。

 ジェイドが言った。



「だが、人間の生み出した機械は、魔族の持つ魔法という力に敗北した。工場は壊滅し、兵士は殲滅された。人々は疲弊していた。……そんな頃、ある魔族が一人、この町へ行き着いた」



 語り続けるジェイドの面に感情の機微は無い。相変わらず疲れ切ったような胡乱な目をしている。



「魔族はぼろぼろだった。魔王軍の者でありながら、人間との戦いに傷付き、敗走した為に軍にも戻れずに彷徨っていたんだ。町の人間は今更魔族を恐れはしなかった。けれど、交戦する気力すらなかった。人間は長い戦いに憔悴し切っていたから、死に掛けた魔族を憐れに思ったんだろう。町を滅ぼした魔族の者と知っていながら、人間はそいつの手当を始めた」



 自分達にこそ必要であった食料を分け与え、温かい寝床を用意し、甲斐甲斐しく世話を焼いた。見返りを求めぬその行為は気紛れでしかなかった。けれど、そうしている間に人間達にも生きる気力が沸いた。

 ジェイドはそう言って、更に続ける。



「魔族は傷が癒えても、人間を襲おうとはしなかった。それどころか、人間の為に作物を育て、住居を直し、共存しようとしたんだ。受けた恩を返すようにな。……町は圧倒的な人手不足だった。人と魔族は力を合わせ、町を再建し始めた。その中で、魔族が提案したんだ。戦争の為の機械を、生きる為に使うことは出来ないかと」

「生きる為に?」



 トパーズの問いに、ジェイドが頷く。



「始めに作られたのは、田畑を耕す機械だ。重労働から解放された農家は喜んだ。魔族は知恵を振り絞り、次々に機械を作って行った。作物を収穫する機械、布を織る機械、煉瓦を敷き詰める機械……」



 そうして生み出されたそれは、嘗ては殺戮の為に生み出された機械だった。



「フェナジンは次第に活気を取り戻し、噂を聞き付けた弱い魔族が集まり、都と呼ばれるまでに拡大した。魔王軍が侵攻したこともあったが、あの強固な壁がそれを阻んでくれた。お前等には想像も付かないだろうが、街路には人間と魔族が争う事無く共存し、街路には出店がずらりと並んでいた。民は餓えに喘ぐことも、寒さに凍えることも、暴力に怯えることも、貧富の格差も無く平和に生活していたんだ」



 訝しげなトパーズとダイヤには信じられないだろう。けれど、それはルビィが見ているものだった。



「その平和が終わったのは六十年前。……武力を持たぬ弱い魔族であった筈の少女が、ある異能を発動させた。それは意図しない、事故だった」



 其処で漸く、ジェイドは鉄面皮を苦痛に歪ませた。



「街路で倒れたその魔族の少女を、誰もが当然のように助けようと手を差し伸べた。そして、次の瞬間、少女の周囲の人間や魔族はばたばたと倒れて行った。少女は蹲ったままだ。何事だろう、助けようと駆け付けた者も同様だ」

「何故」

「毒だ。……当然と言えば、当然だった。鋭い牙も爪も無い弱い魔族が身を守る為に、そうした異能を持つのは自然の摂理だった。平和ボケしていた町の者は気付かなかったんだ」



 ジェイドが苦く笑った。



「強固な壁に囲まれた町中を、少女は助けを求めて駆け回った。結果として毒はフェナジンの町の中に余す事無く蔓延し、外界に放たれることなく留まり続けた」

「……その間、お前は何をしていたんだ」



 鋭く、トパーズが問い掛けた。ジェイドは苦笑交じりに答える。



「機械を作っていた。地下水を汲み上げる機械や、年老いた人間や魔族が座って移動出来る椅子のような機械を、この地下でずっと……」

「地上の異変には気付かなかったのか?」

「昔から集中すると、周りが見えなくなるからな。空腹を感じて地上へ出た時にはもう、町は死滅していたよ」



 トパーズは黙った。周りが見えなくなるというジェイドでなくとも、この地下にいたのでは地上の異変に気付くことは難しかっただろう。



「死に掛けの魔族から状況を聞いて、俺は慌てて毒を放った少女を探したんだ。だが、俺が駆け付けた時にはもう少女は自責の念からか、自ら喉を引き裂いて自害していたよ」



 それが、六十年前。以来、ジェイドはこの地下に籠っている。

 救いの無い昔話に、ルビィは苦い顔をする。トパーズが言った。



「お前を蝕んでいるのは、その時の毒か?」

「いや、俺は元々魔王軍にいた者だからな。毒にはある程度耐性がある。これは、魔法を使い続けた結果だ」



 ジェイドは皮肉っぽく嗤った。



「弱い、愚かな魔法だ。――幻想を見せる、独り善がりな魔法さ」



 其処で、ルビィは理解する。

 これまでルビィが見て来た賑やかな街並みは、ジェイドが願った人間と魔族の共存する平和そのものであり、過去の映像なのだ。そうしてジェイドは、誰の為でも無く自己満足の為に町中を幻想で包み込んだ。

 そして、使い道の無い機械をこの地下で考案し続けるジェイド。――なんて、愚かで、空しく、憐れなのだろう。けれど、その行為を誰が責められるだろう?

 ダイヤが、言った。



「今すぐに、魔法を止めろ」



 びしりと言ったダイヤの目は鋭く、厳しい口調だった。



「お前が如何なろうが知ったことじゃない。だが、苛々する。六十年間、お前は蹲って、終わったことを後悔して、引き籠っていたのか」

「……返す言葉も無いな」



 ジェイドが苦笑を浮かべた。ダイヤは尚も叱責するように言った。



「弱い魔族が身を守る為に、毒を持つのは当然だろう。それを自然の摂理と呼ぶなら、町が栄え滅ぶのも当然だ」

「ああ、正論だ」

「解っているなら、さっさとこの下らない魔法を止めろ」



 ダイヤの言うことは何も間違っていない。百五十年の孤独を知っているダイヤだからこそ、言えることだ。失ったものが戻らないことも知っている。後悔し蹲ることが何も生み出さないことも解っている。――けれど、誰もがそう出来る訳では無い。

 ジェイドは諦めたように微笑むばかりで、一向に立ち上がろうとしない。当然だ。ダイヤは興味を失ったようにルビィの手を離し、踵を返した。

 憤ったように階段を音を立てて登って行くダイヤ。追い掛けるべきかと逡巡するルビィに、トパーズが言った。



「放って置いてやれよ」

「でも……」

「独りになりたい時だってあるさ」



 何かを悟ったように、トパーズが言う。



「怖いんだよ、ダイヤは」

「怖い?」

「今のジェイドの姿は、ダイヤの有り得た未来だ。……水中庭園で、オパールが命と引き換えにガーネットを蘇生してくれなかったら、ダイヤもこうなっていただろうさ」



 その言葉に、ルビィも理解した。

 直視出来なかっただろうダイヤの弱さを垣間見る。もしも、あの時、ガーネットが死んでいたら――?

 それこそがダイヤにとって最大の恐怖だった。絶望の中で見た夢を、ダイヤは今も恐れている。トパーズはくるりとジェイドを見遣る。



「町のことは残念だったな。今すぐに割り切れと言うのは酷だろうが、ダイヤの言葉は正論だ。このまま閉じ籠って幻想を見続け、町と心中するのもお前の自由だ。止めはしない」



 でもな。トパーズが言った。



「でもな、これは有り触れた悲劇の一つでしかないんだよ。解るだろ? この戦争が終わらない限り、弱者は虐げられ、フェナジンの二の舞になるだろう」

「それは、脅しか?」



 ジェイドが見遣るが、トパーズは意味深に笑うだけだった。



「俺は自分の考えを言っているだけだ。このまま閉じ籠って町と心中して、何が残る。それこそ、町の住民は犬死だろうが。過去は変えられないが、未来は自由だ。奴等の死を無駄にするなよ」

「終わったことだ。もう、何もかも」

「なら、付いて来い」



 一向に立ち上がらないジェイドに、痺れを切らしたようにトパーズはその腕を引っ掴んだ。魔法を酷使した為に浮かぶ黒色の斑点等、何でも無いかのように強引に手を引いて行くトパーズ。ルビィは階段を翔け上がる二人を慌てて追い掛けた。

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