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bird of passage. ー渡り鳥ー  作者: 宝積 佐知
(10)捕食する者とされる者。形あるものは滅び、やがて生命は再び芽吹く。
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32,疑惑


32,疑惑







「あいつ、堅物だよなぁ」



 生命の樹が気になると、ダイヤがその場を離れたのは数刻前だった。

 残されたルビィに、トパーズが言った。けれど、それは不満を口にするようではなく、まるで面白くて堪らないと言っているようだった。

 ルビィに返す言葉は無かった。山奥の寒村で生まれ育ったルビィの周囲は保守的な人間ばかりで、寧ろ、ダイヤが革新派に感じられるくらいだったからだ。けれど、トパーズのような魔族から見ればダイヤも十分な堅物なのだろう。



「あんなに頭が固くて、よく此処まで生きて来れたよな」

「ダイヤは頭が固いんじゃなくて、警戒心が強いんじゃない?」



 ルビィが言えば、トパーズは目を丸くした。そして、嬉しそうに表情を崩す。



「そりゃ、そうか。百五十年だもんな。そう簡単に警戒なんて解けないよな」



 トパーズは柔軟だ。長命な魔族から見れば赤子にも等しいルビィの言葉に耳を傾け、受け入れようとする。

 嬉しそうに笑うトパーズに、ルビィは問い掛けた。



「貴方は、何者なの? 如何して魔王軍を裏切ってまで、ダイヤの味方をするの?」



 トパーズは瞠目し、すぐさま笑みを浮かべた。口角を釣り上げた何処か不敵な笑みだった。



「楽しそうだったから」

「それだけ?」

「うん、そう」



 嘘だ。ルビィは思った。



「貴方はガーネットと親しげだった。でも、ダイヤは貴方の事を覚えていないようだった」

「俺とあいつが会ったのは、百五十年前だぞ。そりゃ、忘れもするさ」

「ダイヤは百五十年前のこともしっかり覚えていたわ」

「ああ、水中庭園の意思共有の魔法か……」

「其処に、貴方の記憶は無かった」



 この集落が気味悪いと言うのなら、トパーズも同様だった。

 ルビィは更に言葉を重ねる。



「貴方は空間隔離の魔法で、ガーネットの記憶を封じたのよね。それと同様のことを、ダイヤにも行っているんじゃない?」



 今も。

 迷いなくびしりと言ったルビィに、トパーズが口角を釣り上げる。



「何故? 俺が如何してそんな真似をする必要があるんだ」

「理由は解らない。あくまで私の想像だけど、ダイヤの中に、貴方にとって不都合な記憶があるんじゃない? それを思い出されることを懸念して、傍で見張っている……」



 勢いのままに放った言葉に、ルビィは思わず口を噤んだ。

 これが事実でもそうでなくても、口にするべきでは無かった。此処にいるのは敵か味方かも解らない魔族なのだ。

 けれど、トパーズは笑みを崩さない。



「それも面白いな。だが、ガーネットの俺に対する態度を如何思う? あのガーネットが、正体不明で得体の知れない俺みたいな魔族を、ダイヤの旅へ同行することを許すかな」



 確かに、ガーネットがトパーズへ向けるそれは信頼だった。トパーズの魔法は空間隔離であって、記憶操作では無い。

 黙り込んだルビィの頭を優しく撫で、トパーズが言った。



「ルビィは、ダイヤが大切なんだな。これ以上傷付いて欲しくない。だから、俺へ牽制しているんだろう?」



 ルビィは何も言わない。



「いいさ。好きなだけ俺を疑ってくれて構わない。その方が、俺も安心してダイヤの傍にいられる」



 何かを想起させるトパーズの柔らかい笑みに、ルビィは目を疑う。

 少なくとも、敵だとは思えない。けれど、味方だとも断言出来なかった。百五十年もの間、ガーネットの記憶を封じ、孤独に苛まれるダイヤを放って置いたのだ。助けようとすれば出来た筈なのに、この掌の返しようは不気味としか言えない。

 ルビィが黙っていると、何時の間に戻って来たのかダイヤが目の前に立っていた。



「楽しそうな話をしているな。混ぜてくれよ」



 その無表情からは、感情の機微など読み取れない。苛立ちも不審も困惑も無い。何時もと同じだ。在るがままを受け入れる覚悟だけが浮かんでいる。

 トパーズは意味深な笑みを浮かべ、何も答えない。ダイヤが言った。



「過去のことはもういい。今更何を言っても変わらないからな」



 失われた命も、時間も、全ては過去だった。ダイヤは続けた。



「過去を疑うなど、時間の無駄だ。疑うべきは思考回路だ」

「どういうこと?」

「善悪が立場で変わるように、価値観がそれぞれ異なるように、敵か味方かも考え方一つで違うってことだ」



 何かを察しているようなダイヤの言葉に、ルビィは問いを重ねようとした。――その時だった。

 大地を突き上げるような轟音。大きな揺れにルビィは座っていたにも関わらず倒れ込んだ。隣のトパーズも同様に、巨大なその揺れに身を伏せる。ダイヤだけが瞬時に翼を広げ、大地より浮かび上がった。

 大きな揺れが一度起こったかと思うとそれはすぐに止んだ。数秒――。何が起こったのかと祭りに賑わっていた人々は恐怖し慌てふためく。その数秒の大地の沈黙の後、地盤は悲鳴を上げながら罅割れて行く。

 瞬時に広がって行く亀裂はルビィの目の前まで迫った。ダイヤはそれが届く寸前にルビィの腕を掴み引っ張り上げる。

 バキバキと巨大な生物の骨を砕くような耳を塞ぎたくなる音。トパーズは自分の周囲に光る壁を形成した。空間隔離の魔法だろう。けれど、その亀裂はまるで島全体へ影響を齎すようにトパーズの足元を容赦無く崩して行く。ダイヤは空いた手にトパーズの腕を掴んだ。

 祭りは、大地の悲鳴と共に亀裂に呑み込まれて行く。底の見えない暗闇に家屋が、篝火が、人が吸い込まれて行く――。



「な、何――!?」



 地震と呼ぶには余りに強大だった。

 ダイヤの目は、呑み込まれる集落ではなく、生命の樹を見据えている。見れば、大地の亀裂は生命の樹の根本より発されているようだった。強大な揺れも地盤沈下も何でもないように、生命の樹は直立し動かない。地盤が崩れると、その闇の中に張り巡らされた太い根が浮かんで見えた。

 亀裂は広場を越え、森をも呑み込んで行く。人や木々の悲鳴が響き渡る。巨大な根に運良く飛び付いたあの青年が、必死に助けを求めて手を伸ばしている。



「ダイヤ!」



 その青年の姿も、ダイヤには見えているだろう。けれど、助ける義理も余裕もある筈は無かった。

 巨大な根は軟体動物の腕のように青年を振り払い、いとも容易く闇の中へ叩き落して行く。周囲は闇に満ち、生命の樹の根本だけが切り取られたように大地が存在している。

 島そのものが闇に沈んでいる。大地の沈んだ其処に海水が勢いよく流れ込んで行く。

 自然災害。人間や魔族の力等及ばぬ恐ろしい力は、この世の終わりのようだった。流石のトパーズも笑みを浮かべる余裕は無く、顔を蒼褪めさせ底の見えない暗闇を見下ろしている。

 周囲の轟音はやがて静まり、ダイヤの羽ばたきだけが響いていた。



「……何なんだ、これ」



 トパーズが言った。

 其処にはまるで初めから島など存在しなかったかのようだった。夢でも見ていたのか。

 ルビィが縋るようにダイヤの腕を掴んでいると、突然、生命の樹は静かに光を放ち始めた。それは日溜りのような温かさで点滅し、静かに根を動かし失われた大地を拾い上げて行く。

 粉々に砕かれた大地が、ゆっくりと再生して行く。

 信じられない光景にルビィが黙っていると、ダイヤが言った。



「――魔族だ」

「はあ?」



 トパーズが眉を寄せる。けれど、ダイヤの視線は生命の樹から動かない。

 再生して行く大地。呑み込まれた筈の木々が地盤を突き破って生えて行く。丸裸だった大地は静かに緑を取り戻していた。ダイヤは大地に二人を下ろすと、直立不動の生命の木を指差した。



「この島全体が、生命の樹という魔族なんだ」



 生命の樹は、何事も無かったように静かに揺れている。

 大地に脚を下ろしたトパーズが、崩れるように座り込む。



「成程ね……。食虫植物みたいなもんか」



 数十年餓えることの無い収穫を与える代わりに、築き上げた集落そのものを喰らう――。

 その何と強大なことか。たった一度の捕食の為に、この生命の樹は数十年に渡って生物を繁栄させ続けている。

 その時だった。消えた筈の亀裂が、びしりと地面を走った。それは人間であるただ一人を狙い定めたように、ルビィの足元だけを陥落させた。足場を失ったルビィが重力に従って落下する。

 あ、と声を上げる間もない。

 けれど、その手をダイヤがしかと掴んでいる。



「集落そのものを呑み込んで置いて、まだ足りないのか」



 ルビィを引き上げようと、ダイヤが力を込める。けれど、地中から伸びた根がルビィの足へ触手のように巻き付いて行く。

 ルビィが必死にもう一方の足で根を蹴り付けるが、それはびくともしない。トパーズが仄かに光る掌を向ける。其処から放たれた光は触手のような根を切断した。

 だが、切り離された端から新たな根がルビィを捕食しようと体中に巻き付いて行く。



「切りが無ェな」



 トパーズが舌打ちする。その触手が、ルビィだけでなくダイヤをも呑み込もうと伸ばされて行く。

 それでもダイヤは動じない。その手を離そうとはしなかった。横目に気付いたトパーズがダイヤへ伸びる根を吹き飛ばした。そうしている間にも根はルビィを包み、地中へ引き摺り込もうとしている。



「――ダイヤ、手を離せ!」



 トパーズが叫んだ。蠢く根に巻き付かれながら、ルビィにもその声は届いていた。そして、それが最良の判断であることも理解している。

 島全体にも及ぶ巨大な魔族。到底太刀打ち出来ないその力に、このままではルビィだけでなくダイヤすらも呑み込まれるだろう。だが、ダイヤがその言葉に従う筈無いことも、解っていた。

 ダイヤが、言った。



「嫌だ」

「ダイヤ!」



 その言葉を予期していたルビィは、そっと掌の力を抜いた。死にたいとは思わない。けれど、ダイヤを道連れにしたくはない。

 諦めるように離されたその掌を、より強い力でダイヤが握り締めた。



「この手は、絶対に離さない。勝手に諦めてんじゃねーよ、クソガキ!」



 ダイヤの怒号が響いた。殆ど反射的に、ルビィはダイヤの掌を掴み返す。

 幾重にも巻き付かれたルビィの姿は既に見えず、根はまるで球体のように呑み込んで行く。ルビィの手を掴むダイヤの腕を侵食しようとする根を、トパーズが切り離し続けている。

 状況は何も変わらない。それでも、ダイヤは諦めないのだろう。――なら、如何して自分が此処で諦める必要があるのだろうか。



「ダイヤ!」



 くぐもった声が、確かにダイヤに届いた。根に巻き付かれたルビィはその圧力で呼吸すら儘ならない。

 苦しい。苦しい。苦しい。

 それでも、この手は離されない。死ぬなと、生きろと訴え掛けるようだった。

 ダイヤは目を伏せ、何かを思案するように黙った。そして、ぱっと上げられたその目には強い覚悟が映っていた。



「……トパーズ、代わってくれ」

「はあ?」

「このままじゃ共倒れだ。大本を叩くしかない」

「大本って、生命の樹か――?」



 見上げても天辺が見えない程の大木だ。武器等、腰に差した一本の剣のみ。

 トパーズは、自分が行くべきだと訴えようとした。空間隔離の魔法を使えばその幹を切断することが出来るかも知れない。だが、同時に気付く。この島全体が生命の樹という魔族である以上、翼を持たないトパーズは辿り付くことが出来ないのだ。

 二人が此処を離れてしまえば、ルビィは地中に引き摺り込まれる。選択肢は、無かった。

 ダイヤが翼を広げた。月光を反射する白亜の翼は、それ自体が光源のように輝いて見えた。



「選択肢がもう一つあるぞ」



 トパーズは、言った。



「この人間を見捨てて、脱出する」

「――出来ないよ、お前には」



 確信を持って、ダイヤが微笑んだ。トパーズが眉を寄せる。



「何故、そう思う?」

「お前は俺の敵になりたい訳ではないだろう?」



 反論を認めないように、悟った声でダイヤが言った。

 トパーズは忌々しそうに舌打ちをして、ダイヤの腕を侵食しようとする根を切り放った。現れたルビィの小さな掌を、トパーズが代わって強く握った。



「時間は無いぞ。俺にも優先順位がある。危ないと思ったら、俺はこの手を離す」

「時間は掛からない。――頼んだぞ、トパーズ」



 ダイヤはルビィの手をそっと放した。不安に震えた手を、トパーズが代わって強く握り締めている。

 最早、ルビィには声等届かない。ダイヤは大きく羽ばたいた。周囲は水を打ったように静まり返り、闇に沈んでいる。ダイヤは弾丸のように飛び立った。

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