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bird of passage. ー渡り鳥ー  作者: 宝積 佐知
⑺人の残酷さ、魔族の優しさ。選択と代償。
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20,不信感

20,不信感







「顔色が優れないね」



 何時の間に夜が明けたのか、朝食を持って現れたアクアマリンは相変わらず穏やかに微笑んでいた。

 結局、一睡も出来ないままだったルビィは力無く微笑んだ。

 ダイヤと永遠に一緒にいられるとは思っていなかったし、願ってもいなかった。けれど、別れを告げるような言葉を聞くまでは、この旅が終わること等考えたことも無かった。ダイヤと別れて、自分は如何したらいいのだろう。



「私……」

「ああ、話なら幾らでも聞くよ。ただ、先に朝食にしないか?」



 そうして提示された色とりどりの果物と、こんがりと焼けたパン。湯気の昇るスープも食欲をそそる。ルビィは強張っていた肩を落とし、朝食にあり付くことにした。

 食事を平らげると、アクアマリンは食器をサイドテーブルに避け、ルビィの話を聞く姿勢を取った。真摯な態度は医者らしく好感が持てる。ルビィはその様に安心感を覚え、口を開いた。



「アクアマリンさんは」

「ああ、アクアでいいよ。この町の人は、皆そう呼んでいるんだ」



 そう言って、アクアマリンは魔族と旅をする余所者の自分にも平等に接してくれる。飾らない優しさに、ルビィの涙腺は緩んでいた。



「アクアさんは、人間と魔族は共存出来ないと思いますか?」



 ルビィの言葉が指すものが何か解っただろうアクアマリンは、暫しの逡巡の後に、答えた。



「僕はこれまで魔族と出会ったことが無いから、肯定も否定も出来ない。でも、あの銀髪の魔族と君の関係を見ていると、それは不可能ではないように思う」



 ルビィが倒れた時、ダイヤは血相を変えて此処へ駆け込んだという。それが真実なのか如何かルビィには解らない。けれど、アクアマリンが嘘を吐く理由も存在しなかった。



「彼と、何かあったのかい?」

「……今まで、一緒に旅をして来ました。ううん。私が、ただ追い掛けていただけです。でも、今回、私が倒れたことで、この旅ももう終わりにした方がいいと言われて……」



 昨夜のダイヤの言葉を思い出し、涙腺の緩んだ目から滴が零れた。

 自分にはダイヤが必要だった。広大な世界を旅する上で、自衛の手段を持たないルビィがこれまで生きて来れたのはダイヤがいたからに他ならない。けれど、ダイヤはそうではない。一人でも長い間旅をして来たのだ。ルビィの存在は枷でしかなかった。

 アクアマリンは零れ落ちた涙を優しく拭い、言った。



「そうか……。確かに、医者としては過酷な旅を勧める訳にはいかない」

「そうですか……」

「どちらにせよ、今は肉体と共に精神も弱っている状態だ。この状況で正常な判断が下せるとは思えないな。ゆっくり休んで、体が癒えてから考えても良いだろう?」

「そう、ですね」



 ダイヤは、時間が許す限り、自分の怪我が癒えるまでこの町に留まると言った。

 調子を取り戻してから、考えても遅くは無いだろう。アクアマリンの言う通り、疲れで気も滅入っているのかも知れない。促されるようにベッドに潜り込めば、昨夜の不眠の為かすぐに睡魔は訪れた。沈み行く意識の向こうで、アクアマリンが出て行く足音が聞こえる。ルビィは意識を手放した。

 そして、再び目を覚ませば窓の外は闇が広がっている。昼間の町は活気に満ちているのだろうか。未だに見えない風景に思いを馳せながら、窓の外の闇を見詰める。すれば、静かに扉が開いた。

 現れたのは、ダイヤだった。草臥れた上着を纏って、今日も相変わらずの仏頂面だ。



「何だ、起きてやがったのか」

「まあね。こんな時間に、如何したの?」

「別に」



 定位置のように壁に背を預け、ダイヤは剣を抱え座り込む。

 ふと、考える。ダイヤが此処に宿泊しているとは思えない。夜行性でないダイヤは、夜には就寝している筈だ。ならば、何処に宿泊しているのだろう。



「ねえ、ダイヤは何処に泊まっているの?」



 問えば、ダイヤは胡乱な眼差しを向けた。



「何処だって良いだろう。お前に、関係あるか?」

「関係無くはないでしょ。もしも何かあったら如何すればいいのよ」



 不機嫌そうに、ダイヤが舌打ちした。



「何か用があったら、あの医者に言え」

「アクアさんのこと?」

「そうだ」



 その物言いは、ダイヤがアクアマリンを信頼しているとは思えなかった。けれど、ルビィを預ける程度には信用しているのだろう。

 奇妙な関係を感じ、ルビィはふとダイヤの腕を見た。上着に隠された細腕には、無数の切傷があった。見覚えの無い傷だ。そもそも、ダイヤは驚異的な治癒力を持っているのだから、怪我をしていること自体が珍しい。目を凝らせば、まるで皮膚を剥がされたかのように筋肉の筋や血管が浮かんで見えて驚愕する。

 気付いたダイヤがさり気無く腕を隠す。思わず、ルビィは問い掛けた。



「その傷、如何したの?」

「ちょっとした揉め事だ。まあ、数刻もすれば癒える」



 その言葉の通りに、傷は跡形も無く癒えるのだろう。

 けれど、何か釈然としない心地でルビィが見詰めていると、ダイヤは目を背けた。



「俺のことより、テメェは如何なんだよ。治ってんのか」

「大分ね。私のこと、気にしてくれてるの?」

「お前が治ったら、俺はさっさとこんなところ離れられるんだよ」



 ダイヤらしい物言いに、ルビィは笑った。ぶっきら棒で、歯に衣を着せないけれど、其処に悪意は無い。ダイヤは優しいと、ルビィは思う。それが独り善がりではないと、この場にエメロードがいたなら共感してくれただろう。

 笑ったルビィを不思議そうに見遣り、ダイヤは立ち上がった。



「人間は訳が解らないな。如何でも良いが、さっさと寝て、治せよ」



 そう言って、ダイヤは部屋を出て行った。

 ダイヤの言う通りだ。今の自分に出来ることはしっかり栄養を取って、沢山眠って、身体を癒すことだけだ。眠ろうとベッドに沈み込む。けれど、同時に扉が再び開いた。立っていたのはアクアマリンだった。その手には夕食だろう食事がある。



「ゆっくり休めたかい? 夕食だよ」



 微笑みを浮かべるアクアマリンに安堵する。

 当たり前のように食事を与えてくれるアクアマリンに感謝しつつ、ルビィはダイヤの怪我を思い出した。



「ねえ、アクアさん。貴方、医者なのよね?」

「そうだよ?」

「厚かましいお願いとは思うんだけど、ダイヤが腕に酷い怪我をしていたの。治癒力は人間の比では無いけれど、良かったら治療してあげてくれないかな」



 すると、アクアマリンは一瞬、妙な顔をした。

 不意を突かれたように微笑みを消し去ったその面に、ルビィが驚く。



「アクアさん?」

「あ、いや。僕は人間専門だからね、魔族の治療は出来ないんだよ」

「そっか。そうよね。無理を言ってごめんなさい」

「此方こそ、力になれなくて申し訳無い」



 困ったように微笑むアクアマリンはそれまでの優しい青年だった。

 何か違和感を覚えながら、ルビィは食事を終え、就寝した。闇の広がる町の何処かで、ダイヤもまた眠っているのだろう。昨日見た幼さの残る寝顔を思い浮かべ、ルビィは穏やかな気持ちで眠った。

 翌日、目を覚ますと既にダイヤがいた。相変わらず壁に背を預け、剣を抱えている。窓の外は既に夜が明け、遠くでは活気に満ちた人々の声がした。ダイヤは深く眠っているのか目を覚ます様子も無く、深く項垂れていた。

 珍しいなと思いながらベッドを降りても、ダイヤは目を覚まさない。そっとその顔を覗き込み、ルビィは目を疑った。

 右目を隠すように、包帯が巻かれている。昨日は無かったものだ。視線を巡らせれば、昨日の腕の傷は完治しているが、新たな傷が出来ている。

 ダイヤはちょっとした揉め事だと言った。けれど、魔族であり強大な力を持つダイヤが、毎晩こんな怪我をしなければならない理由とは一体何だろう。また、ダイヤの目に包帯を巻いたのは一体誰だろう。この町唯一の医者はアクアマリンだ。彼は魔族は専門外だと言っていた――。

 違和感を覚え、ルビィが沈黙していると、ダイヤの一つの目が開かれた。何も変わらない美しい青い瞳の下に、深い隈が刻まれている。不眠不休で数日歩き続けても顔色一つ変えないダイヤが、こんな隈を作る理由は?



「ねえ、ダイヤ」

「何だ」

「その目、如何したの?」



 誤魔化しを許さない真剣な口調で問うが、ダイヤがすっと目を細めて面倒臭そうに言った。



「怪我したんだ。まあ、明日には治るだろう」



 その言葉の通り、ダイヤの傷はまた跡形も無く癒える筈だ。

 けれど、それでいいのだろうか。ルビィには解らない。

 立ち上がったダイヤは身体を上着ですっぽりと隠し、部屋を出て行こうとする。また次来る時には、新たな傷があるのだろう。そんな確信にも似た予感を覚え、ルビィはその腕を掴んで引き留めた。細い腕だった。



「……何だ」

「何か、私に隠し事をしていない?」

「如何して俺が、お前なんかに隠し事をする必要があるんだ?」



 その言葉は尤もなようで、違和感の塊だった。

 ダイヤは乱暴に腕を振り払い、出て行った。

 そして、入れ違いにアクアマリンが現れる。糸のような目を歪め、微笑みを浮かべている。運ばれて来る食事に異常はない。医者というのは間違いないし、好感の持てる好青年なのだろう。けれど、何かが引っ掛かる。

 ベッドにいないルビィを不審に思ったのだろうアクアマリンが顔を覗き込む。



「如何したんだい?」

「ねえ、アクアさん。如何して、私の治療をしてくれるの?」

「如何してって、僕は医者なんだから、当たり前じゃないか」

「でも、この食事も、場所も、薬もただでは無いでしょう。如何して、私なんかの為に此処までしてくれるの。何か、理由があるんじゃないの?」



 一息に言い切れば、アクアマリンは口角を釣り上げた。それは、これまで見たことの無い意地の悪い笑みだった。

 仮面が剥がれたのだと瞬時に悟った。後ずさるルビィに、アクアマリンが言う。



「僕だって、君のようなただの人間に興味は無いよ。何の見返りも無く、治療する筈も無いさ」



 アクアマリンが、可笑しそうに言った。食事は何でも無いようにサイドテーブルに載せられた。

 違和感。不信感。どんな言葉で表せばいいのだろう。胸の奥に何か黒い淀のようなものが突っ掛っているようだ。黙ったルビィを一瞥し、薄ら笑いを浮かべてアクアマリンは出て行った。

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