終
「がんばれよ」
その言葉と俺を残し、シェンはするりと飛び去った。最後に額に触れたシェンの唇は冷たかったけれど、その冷たさはすぐに薄れ、柔らかく優しい感触だけを残していった。
とても悔しいが、これから彼女が赴こうとしているところに、俺のような半人前が付いて行ったところで足手まといにしかならないのはわかっている。わかっているけれど……。
「俺だって、このままずっと半人前ってわけじゃないんだ」
空の向こうへ、点になって消えるシェンの後ろ姿をいつまでも見つめながら、そうひとりごちる。
──たしかに、シェンの姿はとても恐ろしいのかもしれない。あの時のシェンの戦いぶりは、はるか上空にいた俺の目にも凄まじいものとして映った。
シェンは、もちろんわかっていて、わざと彼らに恐怖心を植え付けようとしたのだろう。それに、戦い方ばかりではなく、体温のない氷のような身体やあまり変化のない表情、冷たく響く低い声のどれもが、他人の怯えと恐怖心を誘うものでもある。
けれど、氷のような手がとても優しく他人に触れることも、無表情の中に現れる感情が実はとても豊かなことも、冷たく低い声だって愛情を湛えてとても耳に甘く響くことも、俺はよく知っている。
他のどんな奴がシェンを恐れても、俺だけは絶対に彼女を恐れない。シェンがシェンである限り、恐れる必要などあるはずがない。
シェンは絶対に恐ろしい悪魔ではない。
彼女が飛び去った空をじっと見つめながら、改めて誓う。
あと2年だ……そう、あと2年、俺が成人を迎える頃には、もう誰にも半人前だなんて言わせないくらいになってやる。シェンにだって言わせない。
「それまで絶対、無事でいろ」
絶対に追いかけて、追いついてやるから。シェンが嫌だと言ってもだ。
そして、半人前のシェンの被保護者なんかじゃなく、イーラという一人前の人間として、シェンの横に立ってやる。
「……だから待ってろよ……待っててくれ、シェン」
俺はぐっと拳を握り締めた。