序
もう死んだ、と思った。ソレと遭遇したとき、俺はここで終わるんだ、と思った。
腐臭を放つ半分腐り落ちたような、大人の身長の倍以上あるような巨体から長く伸びた首。その先には鋭い牙が並んだ大きな顎を持つ頭。
そいつが俺を見て、大きく口を開けた。
──なのに、まだ生きていた。
どさりと何かがすぐ前に降りてきた音と、がちゃりという鎧の軋む音、ぶん、と何か大きなものを振るう音に続いて、魔物のあげる悲鳴と肉を断つ音……それからしばらく後、音が止んだ後に漂ってくる、鉄さびのような生臭い臭い。
「……無事か?」
俺を助けてくれたはずの声は、ぞっとするほど冷たく、低く、まるで地の底かどこかから響いてくるようなものとして聞こえた。恐る恐る目を開けると、そこにいたのは……。
「獣、人?」
真っ黒な鎧で全身を覆い、ぼうっと魔法の光を帯びた身の丈もあるほどの大きな剣を持ち……兜の隙間から見える目は青い燐光を放っている。靴は履かず、脛当てを付けた下肢の先には二股に割れた蹄を持つ足。そして、尻尾……まるで、大きなトカゲのような尻尾が後ろにすっと伸びていた。
「獣人? ……私のもとの種族は、お前たち人族からは“角持つもの”と呼ばれていたと思うが」
首を傾げるそいつは、「だが、ところ変われば呼び名も変わる、か」と呟くと、氷のように冷たい手で俺の腕をつかみ、立ちあがらせ……すっかり怯えた俺の様子に、ふ、と笑ったように感じた。
恐ろしげな燐光を宿した目が優しく笑んだように見えて、それがとても綺麗なものに感じられた。
「お前にひとつ尋ねたいのだが……近くに休めるような場所はあるか?」
俺はこくりと頷いて、シェンと名乗る彼女に、自分に付いてくるようにと言った。