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うっかり兄も来ちゃってました

 異世界からこんにちは。どうも皆さんお久しぶりです。

 うっかり召喚されっぱなしの美少女女子高生、桜井莉子です。

 え?誰だそれって?ヒドイ!私の身体だけが目当てだったのね!

「そんな台詞を吐ける程、ご立派なのかお前の身体は!」

「きゃーフィル君セクハラー!いやらしー!男子高校生ー!」

「なんてことを……!というか最後のは罵倒なのか。哀れだぞダンシコウコウセイ」

「きゃーフィル君が私の身体を狙ってるー!お師匠様ー!」

「もはや言葉の暴力だ……!謂れの無い暴力が俺を襲う……家庭内暴力反対……!」

 あら、フィル君が床に『たすけて』と書き始めましたよ、皆さん。ダイイングメッセージですかね、誰からの身の危険を感じているのかな?ふっしぎー。



 その日、フィル君と私はバイトがお休みで、市場に買い出しに来ていた。

「ねーお師匠様の買い物メモ、『ミルク、パン、木彫りの熊』ってあるんだけど。何に使うの、つうか売ってるの?木彫りの熊」

「……お師匠様には深い考えがあるんだよ、多分」

 私の疑いの目に、苦し紛れになんとかお師匠様をフォローするフィル君。

「深い考え。アルさんに。へえええぇ」

「……あるといいな、多分」

 地味な戦いに勝った私。二人でメモに書かれた雑貨屋さんの棚を探す。

「あった!ほんとに熊!鮭咥えてる!」

 棚の上に飾られていたそれに手を伸ばしたなら。隣からすっと出て来た手が私より先にそれを掴んだ。フードを被ったおそらく男の人。

「ちょっとおお!この莉子様の行く手を遮るとは不届き者め!」

「大袈裟な……」

 怒りを込めて横取り野郎を睨みつけようとした私に、フィル君が呆れ顔で止めようとして。

「……りこ?」

 横取り野郎がボソッと呟いた。

「はぁん?私を呼び捨てにして良いのはアルさんとフィル君と店長と隣のおじさんおばさんと殿下と市場のおっちゃんと」

「すげえ居る、すげえいっぱい居るから!」

 騒ぐ私とフィル君の前で、横取り野郎は深く被っていた上着のフードを外した。そこから出て来たのは黒髪の、よく知った顔で。

「……おにいちゃん?」

「……ほんとに、莉子だ」

 桜井莉人ーー私より5歳年上の大学生の兄、がそこに居た。

「っ、おにいちゃんて、莉子の家族!?」

 ぽかんと口を開ける私。驚愕に目を見開いて私たちを見比べるフィル君。そして兄はーー

「奇遇だな。じゃあ」

とナチュラルに手を挙げて去ろうとして。

「ちょっと待てやあぁぁぁ!!」

と叫んだ私の足払いがクリティカルヒットして床に転がった。ざまあみろ!

「ねえ今すっげえ自然に横取りしたよね?さりげなく木彫りの熊をお会計しようとしたよね?私が先に見つけたのよ、おにいさま」

「……しばらく逢わない間に腕を、いや足を?上げたな、妹よ」

 転がった兄に跨がって胸ぐらを掴めば、兄は観念したように両手を上げた。その右手の熊を速やかによこせ、兄よ。

「ちょ、ちょっと待て!!他に言う事あるだろう!?異世界召喚されて再会した兄妹の、最初の会話として間違ってると思うのは俺だけか!」

 フィル君が衝撃から立ち直ってツッコんだ。それもそうだ。

「……お兄ちゃん、なんでここにいるの?」

「何でって木彫りの熊をお使いで頼まれたからで……」

「そうじゃない!なんでこの世界にいるんだって意味だ!」

 なんだか私以上にフィル君がお兄ちゃんを尋問してますよ。なんだか目が超真剣なんだけど。どうしたフィル君。

「……なんでって、召喚されたから。アルティスって魔導士に」

「「はあああああ〜!?」」

 やっぱり諸悪の根源はお師匠様でした。



「リヒトがリコの兄だったとはねぇ」

 兄を引きずってウチまで戻って来た私とフィル君に、お師匠様はあっさりと事実を認めた。

 優雅にお茶を嗜みながら、にっこりと兄に笑いかける。

「リヒトは私が召喚した異世界人なんだ。もう2年前になるかな」

「えええ……」

 私は兄とアルさんを見比べてハッと気付く。兄に詰め寄った。

「この世界にメイド喫茶の文化を持ち込んだのはキサマか、兄よ……グッジョブ!!」

「いやあ、それほどでも」

「そうじゃないだろう、リコ!!」

 親指を立て合う私たち兄妹の姿に、フィル君はそう叫んでがっくりと項垂れた。

「あっちでも同じ時間の流れなら、リコの兄は2年間行方不明だったってことだよな」

 フィル君が確かめるように私に聞く。私は頷いた。

「2年前、お兄ちゃんアメリカ留学に行ったんだよ。海外行ってすぐ連絡つかなくなったから、ただ忙しいのかと思ってたー」

「お前がこっち来るまで1年半、ずっと音信不通だったのに不審に思わなかったのか?」

 フィル君の目がちょっとだけ鋭くなって、アルさんもこっちを見ていて、私はにかっと笑ってみせる。

「金髪美女とよろしくやってんのかと思ってたから。お兄ちゃんもそれなりにモテるからねえ、私のミラクルモテスキルには遠く及ばないけれども!!」

 ふふんと笑ってみせれば、兄もふふんと踏ん反りかえった。

「それほどでもあるがな」

 あっ、フィル君がぷるぷるしてスリッパを握りしめましたよ!ツッコミ必殺技炸裂用意でしょうか!

「……リコの兄だというのがよおくわかった」

 どういう意味だ!

「2年前、この国の宰相に依頼されてね。異文化を学ぶために異世界の優秀な若者を召喚したんだ。それがリヒト。宰相が気に入っちゃって、そのまま彼の伯爵家に客人として住んでいるんだよね」

 お師匠様の言葉に頷く兄。私は目を見開いて拳を震わせた。

「何それ……!」

 私の様子に、フィル君がオロオロと言葉を掛ける。

「リコが怒るのも無理は無い。大切な家族を奪われたんだ。だけど抑えてーー」

「私はうっかり召喚なのに!お兄ちゃんが優秀な異文化大使って納得いかない!異文化って秋葉原地区に偏ってんじゃないの!?」

「そこか!お前の怒るポイントはそこなのか!」

 フィル君はゴン、とテーブルに頭を打ち付けた。痛そうだ。

 えええ、だってそうでしょう?私のミラクルスーパープリティさも充分、優秀と言い換える事が出来ると思うのよね!

「しかも宰相さんに気に入られて屋敷に囲われるとか!BでLな愛人!我が兄ながらスペックがカオス!!」

「愛人じゃない、客人だ!言い方!お前不敬罪で首飛ぶぞ!!」

「あはは、そういう意味で気に入ってるんじゃないと思うけどね〜。あ、私はリコを囲っているんだからね?」

「お師匠様も言い方!犯罪者で捕まりますよ!!」

 フィル君のツッコミが追いつかない。ごめんね、ボケ要員ばっかりで。

 私達の様子に、兄は首を傾げて。それからふんわりと笑った。

「楽しくやってるみたいだな、莉子」

 良い兄そのものの笑顔で。ーーでも兄よ、右手の木彫りの熊は私のだ。



「ホッとした?残念だった?フィリオリール」

 リコがお茶のおかわりを入れに席を外したタイミングで、お師匠様が俺に問いかけた。俺は師匠の言葉にぎくりと身体を強ばらせる。

「リコが『うっかり持って来ても影響ない者』として召喚されたのは、彼女が誰からも愛されていないからではなく、彼女を愛している兄がすでに同じ世界にいなかったから。彼女はひとりぼっちではなかったことに、安堵したのか、落胆したのかと聞いた」

 師の言葉に、リヒトが彼を睨んだ。妹の前ではマイペースにボケっとした顔しか見せてなかったくせに。

「数年前に俺達の両親が事故で亡くなって、俺達は二人きりだった。俺の留学が決まったとき、俺は行くのを止めようとしたけど、莉子はチャンスだから行って来いと言って送り出した」

『なに言ってんの、憧れの一人暮らしだよ!行って来い、ニューヨーク!ディズニーランド!FBI!サム!』

『お前のアメリカのイメージが局地的すぎて兄は不安だ』

 そんな会話をしたのだと、リヒトは呟く。

「なんで俺が失踪した1年半、音信不通のままでいたか?あいつは多分、俺が外国であいつのお守りから解放されたと思ったんだ。だから連絡がなくても仕方ない、莉子から連絡をして俺が迷惑に思うんじゃないかと連絡出来なかったんだろ。あいつは誰とでも喋るが、仲の良い友人の名前なんてひとつも出て来ない。両親が死んでから、人と深く関わらなかったんだから」

 リヒトは師匠と目を合わせて、ゆっくりと呟く。

「莉子はひとりぼっちだった」

 その言葉の後ろには『お前が俺を召喚したせいで』と続くんだろう。リヒトは鋭い瞳で睨み続けるけれど、お師匠様は微笑みながらそれを受け止めるだけだった。

 素晴らしい魔法だと思っていた召喚魔法の残酷さに、俺は言葉も出なくて。

 それでも笑って妙なことばかり言うあの馬鹿女を、どうしようもなく怒鳴りつけたいような、抱き締めたいような、いやこれは気の迷いだと思うけど。

「ーーでもまあ、莉子が笑ってるから、許してやるか」

 リヒトはそう言って、泣きそうに笑った。

 お師匠様は虚を突かれたように目を見開いて、彼を見て。一瞬だけ痛そうに顔を歪めてーーいつも通りにニヤリと笑った。

「……ではお兄様のお許しも出た事ですし、正式におつきあいを認められたと言う事で良かったですね、フィル君」

「は!?今そういう話じゃなかったですよね!」

 慌てる俺に、リヒトがぽかんと顔を上げる。

「は?そこまで認めてないけど。フィル君、莉子とつきあってんの?おにーちゃんはゆるしませんよ」

「ちがっ……だれがあんな変態女!」

「は?うちの妹のどこが不満なの。いや待て、どこか探せば良いところが……あったようななかったような」

「反対なのか勧めてるのかどっちだ!!しかも変態を否定しない!」

「じゃあリヒト、妹さんは私にください」

「失せろ変態魔導士。可愛いは正義だが、ロリコンは犯罪だ」

「私は正義にはほど遠いので、問題ありませんよ」

「お師匠様、その発言には問題しかありません!!!」



 ぎゃあぎゃあと騒ぎ始めた男達に、私はひょいと顔を出して。その光景に思いっきり呆れ顔をしてやった。

 いつの間にかクッションで枕投げ大会みたいになってる。修学旅行の男子高校生か。……でも楽しそうだなあ。

「まったく、男の人っていつまでたっても子供〜」

 しょうがないから参戦しといた。クッションの中に木彫りの熊仕込んで。

「ぎゃああ、なんか殺傷能力ハンパないのキターー!!!」

 異世界生活は、今日も順調です!

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