うっかり居着いちゃいました
異世界からこんにちは。皆様の桜井莉子です。
ある日、聖なる乙女として召喚された私ですが、相変わらず超ド級美形に迫られ貢がれの素敵生活を送っております。
「さらりと嘘をつくな!」
うるさいな、もう。いいじゃん少しくらい。細かいこと気にしてると禿げるよ、少年。
「お前より年上だ!」
ちぇっ。はいはい。えーちょっと訂正です。
『うっかり持ってきちゃっても影響なさそうなもん』として召喚された16歳の女子高生、莉子です。
私を召喚した、小舅というより小姑だろ、な17歳のうっかり魔導士見習いフィリオリールことフィル君と、金髪長髪美形だがしかし残念なイケメンである、女と見れば見境無しの変態師匠、魔導士アルティスさんと一緒に暮らしております。お、逆ハーってやつか、これ。
「お前それ、誤解を招く……!」
嘘はついてないよね。
「あはは、リコちゃんひどい。お師匠様はただ可愛い子が好きなだけなのに」
「「腐れ師匠!!!」」
「起きろ、リコ」
見た目は爽やかイケメン系のフィル君が、冷たい目で私を見下ろしていた。
「お前今日こそ朝飯当番!」
フィル君と私の当番制の朝ご飯。
しかし連日の寝坊で私は当番をサボっておりました……。わざとじゃないもん。
「うう、朝早過ぎだよお〜あと5……じゅっぷん」
「おい。大胆な寝坊宣言だな」
フィル君の声が低くなった。やば。
「ーー我、月満ちる地の魔導の徒。出よ氷の花」
「うっきゃああああ!!」
私は悲鳴を上げて飛び起きる。
背中に現れたのは氷の粒。冷たくて一気に目が覚めた。フィル君の魔法だ。
「ひどいよ、フィル君!毎日!」
「いつまでも寝てる方が悪い」
私と一つしか変わらないくせに、まるで35歳二人の子持ちの主婦みたいな百戦錬磨な顔で(イメージ映像でお送りします)私を見下ろした彼は、はんと鼻で笑った。
「もっと優しく起こす方法あるじゃん!」
「どんなだよ。それで起きるならやってるっつーの」
「優しく『朝だよ、まいはにー』って耳元で囁いてキスしたりとかさ!!!」
「なっっっっ!!!」
私のピンクハートな妄想大爆発に、案の定フィル君は絶句して赤面の上、固まってしまった。
あははは。ざまあみろ。
「……おはよう、フィル、リコ。あれ、またフィルはリコに負けたんだ?」
私はフィル君を放置して廊下を通りかかったお師匠様に飛びついた。
「おはよーアルさん!フィル君はピュアですからー可愛いよねー」
「ねー」
二人でフィル君を愛でる同盟を組んだ私達は、にこにことダイニングへ向かった。
アルティスの金色の髪が背中でさらさら揺れる。
「あれえお師匠様、髪の毛結んでないの?」
「リボン無くしちゃった」
「じゃあ私のあげるーピンクで可愛いけど」
魔法使いって髪を伸ばすんだって。説明聞いたけど良く分かんなかった。その方が強い魔法が使えるとかなんとか。ちなみにフィル君は紅茶色。赤みがかった茶色でまだやっと後ろで結べるくらいの短さ。これが首の後ろにしっぽついてるみたいで可愛いんだよねええ。
「ほらーフィル君ごはんー」
振り返って呼んでやれば、彼はハッと復活して叫ぶ。
「って、待てコラ!!お前少しは恥じらいとか!っていうか食事当番お前だって!ってお師匠さまにべたべたすんな、痴女!」
「あらやだーお師匠様、フィル君が私を辱しめるー」
「言葉の選び方!!!!」
まあ、なんだかんだ今日も平和です。
「ところでリコ、今日はアルバイトを探しに行くんだって?」
パンをちぎりながらお師匠様が聞いてくる。
「んーまあ、自分の食いぶちくらい自分で稼がないとね?」
私は曖昧に笑って答えた。
美形と剣と魔法と精霊と魔物で出来たこの異世界に来て、そのままアルティスのお家に居候して。
帰れるかなんて聞いたことは無いし、言われたことも無い。
戻りたくないのか、いつまで居るつもりなのかなんて、アルティスは聞かない。
ただ微笑んでるだけ。……たまにベタベタ抱きつかれることはあるけど。
「お前に仕事なんて出来るのかよ。朝もまともに起きられないくせに」
フィル君はたまに何か言いたげに私を見るけど、お師匠様の躾が良いのか踏み込んではこない。
でも悪態つきながら、さりげなく私に牛乳のおかわりをくれた。ツンデレってまだ絶滅してない!
「外でなんか働かずにフィル君のもとに永久就職しろって?どうしよう、パパ!私プロポーズされた」
「っ!何を阿呆なこと言ってるんだ、お前は!」
「まだうちの娘は君にはやらないよ、おとといおいで」
ノリの良いアルティスにさらりと攻撃されて、フィル君は真っ赤な顔でぱくぱくと口を開けたり閉めたり。
「よおっし、異世界バイト探しにーれっつごー!!」
「なんで俺まで!!」
フィルを引きずって街へと元気よく向かう莉子の背中を見つめて。
アルティスはクスクスと笑う。
「まだ君にはあげられないよ、フィリオリール。せいぜい頑張るんだね。
君の召喚した『うっかり持ってきちゃっても影響なさそうなーー自分を必要としてくれる運命の人』の心を射止めるまで」
魔法使いは微笑んで。手の中のリボンにそっと唇を寄せた。