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2話:8年後…


―――敵だ!



ゴーグル越しに、私は目を細める。

1万メートルほど離れた雲の切れ間に、赤く光るものが視えたのだ。まだ星が輝く時間とは程遠いいのに、青空の隙間で何かが光ったということは―――ドラゴンの鱗が太陽の光を浴びて、反射したのだろう。

しかし、この海域にはドラゴンが生息していないはず。よって、今視たドラゴンは敵に違いない。

私は右耳の無線に手をやると、口早に情報を伝えた。



「こちら、2番機。

左斜め前方、雲の切れ間に、敵龍を発見しました。目測1万メートル」

『ザザ―――了解、不意打ちを駆ける』



低いノイズ交じりの声が、無線機の向こうから聞こえたと思うか思わないかの時、前方のドラゴンが、ぐいっと方向転換した。

私はもちろん、後続の竜騎士も後に続く。相手に気がつかれぬよう、雲に沿うように飛んだ。白い雲に遮られ、敵が視えなくなる。だけど、それは相手も同じこと。敵の飛んでいった方向と、その時速を頭で計算しながら先回りを導き出す。私にはまだ難しいけど、そこのところは経験豊かな隊長がサポートしてくれる。



『全員気を抜くな、奇襲作戦を始める』



私は唾を飲み込んだ。

すぐ隣の白い雲は、まるでスクリーンのように私達のシルエットを映し出していた。

かじかむ手の痛みを誤魔化すように、手綱を握りしめる。騎乗するドラゴンが『怖いのか?』と嘲笑うような声が聞こえてきた気がした。

あぁ、怖い。だって、これから初戦闘が行われるのだ。

でも、怖いとは違う感覚が胸の大半を占めている。

空を飛べる喜びと、とうとう初めての戦闘なのだという意気込みが胸中を渦巻いていた。



『2番機、太陽を背に飛べ』

「了解」



手綱を持ち上げれば、ぐんっと高度があがる。

それと共に、一気に自分の身体にかかる重力も増した。押しつぶされる感覚に唇を噛みしめながらも、それでも空を舞う。



「あぁ、この感覚だ」



胸まで透き通るような青空を見て、その中にポツリと浮かぶ太陽を見て。

竜騎士になってよかった、夢が叶ってよかった、と改めて感じる。その青さを焼き付けるように私は目を開け続けた。




そんな時だった。




「えっ――」



雲の下から、雷鳴ともドラゴンの吠え声とも、炎を吐く轟音とも違う音が響いてきた。

腹の中まで揺れる音に、私は思わず眼下を覗き込んだ。しかし、下には分厚い雲が広がるばかり。先程の音が聞こえた位置は、私が所属する隊がいる予定の位置だ。奇襲作戦がバレたのだろうか?

ポイントに先回りされ、一網打尽にされた―――にしては、音が違う。私は太陽を背に感じながら、眼下の雲が途切れる位置を探した。しかし、雲の切れ間を見つける前に、敵は雲をいとも簡単に貫いて現れる。

雲を貫いた灰色の巨体に、私は突撃の準備をする。空の主導権は、私が持っている。上空からドラゴン自慢の炎を浴びせてやろうか、それとも格闘戦に持ち込もうか。それは、敵ドラゴンの種類によって変えなければならない選択だ。私は目を細めて、敵の種類を判別しようとし―――




「んなっ!?」



愕然とした。

鳥のように鋭く尖った前部、胴体は光沢のない灰色で覆われ、羽は先端が内側に曲がったまま微動だにしない。

ドラゴンよりも不格好でスマートで、『無慈悲』の三文字が見え隠れする鉄の鳥。



「ファントム―――F-4がなんでここに!?」



この世界に存在するわけもない戦闘機の出現に、思考が麻痺する。

そんな隙を、快く見逃す敵ではなかった。こちらがどう動くか決める間もなく、ミサイルが音を立てて放たれる。

私は避ける命令なんて出せる状態じゃなかったし、ドラゴンもミサイルの軌道から逃れられなかった。羽に大きく穴が開き、バランスを崩したドラゴンは墜落する。

騎乗のドラゴンが墜落するということは、私も海へ落下するということだ。

頭が逆さになり、コントロールが取れない。魔力を練り上げれば、ドラゴンの傷を修復できるのだけれども、知識だけでは体は動かなかったし、なにより即席の修復術でどうにかなる傷ではない。



「ぱ、パラシュート!」



脱出しようと、パラシュートを使おうとする。

しかし、背中にあるはずの鞄がない。空と同じくらい青く、そして残酷な海が近づいてくる。



「い、いやっ!」



悲鳴が空しいくらいに木霊し、私は海面に叩き付けられ―――



――



「はっ!」



後頭部に痛みを感じる。

きがつけば、目の前には反転した私の部屋が広がっていた。

薄暗い室内には、読みふけった本や雑誌が散乱している。閉ざされたカーテンの隙間から細く陽の光が差し込み、頬を照らしだしている。そこでようやく、私は夢を見ていたことに気がついた。

ベッドで寝ていたはずなのに、何故か私は床に転がっている。後頭部に感じる鈍い痛みは、ベッドから起きた時に生じたものだろう。のそりっと身体を起きあがらせ、くしゃくしゃっと髪を触った。



「夢か―――そりゃ夢だわ」



そもそも、私は契約したドラゴンこそいれど、正式に任官されるのは明日であり、そもそも現代日本とは違う世界なのに戦闘機が登場すること自体がオカシイのだ。でも、夢でよかった。夢じゃなかったら、私は確実に死んでいた。あの落下で奇跡的に死ななかったとしても、陸へ向かう方法が分からず、サメの餌になることは目に見えている。

ホッと息を吐いたのもつかの間、こんこんっと控えめなノックが耳に入る。眠い瞼をこすりながら、欠伸交じりの返事を返した。



「はい、何のご用でしょう?

着替え中ですので、用件だけを言ってください」

「おはようございます、ユーリお嬢様。

朝食の御準備が出来ました」



案の定、扉の外にいたのは侍女のテヌーだった。

可憐に透き通った声は、まるで早朝の小鳥のよう。まだぼんやりと浮いたような思考を覚ますような、心地の良い声だった。



「そうですか、分かりました。着替えが終わり次第、食堂へ降ります」

「かしこまりました」



遠ざかる足音を聞きながら、私は大きく伸びをする。

窓を開ければ、森の木々の合間から太陽が顔を覗かせている。久しぶりに帰ってきたというのに、もう出ていかなければならないのかと思うと、嬉しい反面なんとなく寂しい気持ちが心をしめた。




(10歳の夏―――もし、記憶を取り戻さなかったら)




着替えながら、ふと思いをはせる。

私には、10歳以前の記憶がない。

ユーリ・コドモ伯爵令嬢として生きた記憶は高熱共に失われ、まるで入れ替わるように『前世の記憶』を思い出したのだ。いや――もしかしたら『転生』ではなく、ユーリ・コドモに『憑依』してしまったのかもしれないが。

とにかく私は、『ユーリ・コドモの過去』の代わりに『前世の記憶』を知っている。





佐倉優里、享年10歳。

『日本』という場所で生まれ育ち、蒼い空を自在に舞う『飛行機』に憧れた前世は、光を奪われ失意のうちに幕を閉じた。

その夢をこの新しい人生で叶えることは、不可能に近い。何故なら、この世界には憧れた『飛行機』は存在しないのだ。まぁ、その代わりに『ドラゴン』に乗る文化が発展していた。―――大空の覇者は、飛行機ではなく、神話の生物ドラゴンだ。

そして『飛行士』ではなく、ドラゴンに跨る『竜騎士』が、自由自在に空を駆け回る。

だから私は、飛行士の夢を捨てて、代わりに竜騎士を目指した。空を飛べるのであれば、飛行士であろうと竜騎士であろうとさして変わらないだろう。それに、あの虹色に輝くドラゴンの雄志が瞼の裏から離れないのだ。



「あのドラゴン、素敵だったよね」



夜眠るとき、勉強するとき、歩いている時、とにかく日常のふとした時に、あの悠々と空を舞うドラゴンを思い描いている。空を駆けるドラゴンを見つけると、いつまでも眺めてしまい、怒鳴られてようやく足を止めたことに気がつくのだ。

もしかしたら、いや、もしかしなくても、空と同じくらい―――ドラゴンに恋をしていたのかもしれない。



「だから、私は勉強を重ねた。そして、ついにここまで来たんだ」



その努力が実を結び、無事にドラゴンと契約することが出来たのだ。

この一時的な里帰りが終わり次第、私は前線に投入されることが決まっている。怖いか、と問われれば怖いと答える。

でも、それ以上に―――空を飛べることが嬉しくてたまらない。今だって、ぞくぞくする。



「まぁ、問題はかなりあるけど、それも些細なモノだし」



凝った彫刻の施された階段を降りながら、朝の香りを感じる。

肌を触る涼しい空気と一緒に、登ってくるのは焼き立てのパンの匂い。息を思いっきり吸い込み、堪能した後―――重い扉をゆっくりと開けた。



「おはようございます、ユーリお嬢様」



にっこりと笑いかけるは侍女のテヌー。

この家の家事をほぼ全て引き受ける凄腕侍女の1人であり、たぶんこの人がいなかったら――この家は回らないだろう。



「この匂い――今日はトースト?」

「いえ、スコーンにてございます。トーストに変更なされますか?」

「いや、スコーンが食べたいです」



テーブルに目をやれば、ほどよく焼けたスコーンと黄金色のオムレットが並んでいる。

ああ、なんて理想的な朝だろう。軍の朝食も不味くはないのだが、やはり自宅でとる朝食の方が心が落ち着く。空を飛ぶことを除けば、こんな至福な時間はない。



「本日の茶葉は、何になさいますか?」

「私は―――」

「昨日のを所望する」



と、希望を伝える前に別の声が遮る。

一気に水をかけられたかのように、私の心地の良い気持ちは流された。

基本的・・・に何もかも順調に進んだ私の竜騎士への道―――その中でも、もっとも不愉快かつ納得できない奴が、反対側の椅子に座っている。

陽の光を浴びて、黒々と艶やかに輝く短い絹のような髪の毛は、思わず触りたくなってしまう。きっと、バレンタインデーには靴箱がチョコレートで埋まりそうな青年だ。

しかし、その利点を眼光が台無しにしてしまっている。

鋭くとがった刃物のような視線は、『恐怖』を掻きたてるようだ。足を豪快にもテーブルの上に乗せている様など、暴君以外の何物でもない。



「ネロ、主人を差し置いて何を注文しているのですか?」



沸々と煮えたぎる怒りを抑え込み、伯爵令嬢らしい笑顔で尋ねる。

しかし、ネロと呼ばれた男は大きな欠伸をした後で



「フロー山麓果実園産の柑橘茶。

あれは、竜騎士団でも手に入りにくい貴重な品。飲めるときに飲んだ方がいいだろうと、当然の推察をしたまで。

――――なにか問題でも、御主人様・・・・



わざと語尾を強めるネロに、さらに血管が浮き立ちそうになる。

しかし、私は竜騎士団の一員である以前に伯爵令嬢なのだ。この程度のことで、怒るわけにはいかない。

服の端を皺になるくらい握りしめながら、椅子に腰をおろした。



「そうですね、ここでしか味わえぬのであれば味わいたいと思うのは自然の道理。

しかし、赤龍ウィリー虹龍レイナのように――主人の後ろを三歩下がって待つ。それが竜騎達の理想像ですよね。

違いますか、黒龍ネロ。いえ――今は私の竜騎と言うべきでしょうね、駄龍・・

「誰が駄龍だ」



ネロは、私を思いっきり睨みつけてくる。

今はこうして青年の姿をしているネロだが、その実態は私の竜騎ドラゴンなのだ。

紆余曲折あり、こうして私のドラゴンに―――いや、私が彼を引き取ってやったのだが、どこまでいっても暴君であり、私の言うことなんて最低限しか聞きもしない駄龍である。



「この心の広い俺が、慈悲でお前のドラゴンになってやったんだ。

知ってるんだぞ、俺がお前のドラゴンにならなかったら他のドラゴンがいなくて、お前は竜騎士になれなかったってことくらい。

だから、感謝こそしてほしいものだな、この落ちこぼれ女!」

「落ちこぼれですって!?」



私は、ガタンっと立ち上がった。



「言ってくれるじゃない、この駄龍。

この心が広くて優しい私が、わざわざアンタを選んであげたの。

私が選ばなかったら、アンタは食料路線に乗せられかけたのよ。そっちこそ、私に感謝して欲しいくらいよ」

「やるか、この落ちこぼれ女。どっちが偉いか、見せつけてやる!」

「えぇ―――今日こそ、どちらが偉いのか優劣を明らかにしてやろうじゃないの!」



私は凛と輝くレイピアを引き抜き、ネロは強靭な爪を露わにした。

暖かな朝食を食べられないのは不満極まりないが、このドラゴンを野放しにしておく方が不愉快だ。

さっさと手なずけて、私は優雅に朝食をとることにしよう。



「お嬢様!剣をお納めください。ドラゴン様も、どうか爪をおしまい下さい」



テヌーが私達を止めようとする声が、聞こえた気がした。だけど、いくらテヌーの頼みとはいえここを引くわけにはいかない。

私はレイピアの先を、まっすぐネロへ向けた。



「止めないで、テヌー。今日と言う今日こそ、この見ほど知らずの駄龍に鉄槌を下してやるんだから!」

「それはこっちの台詞だ、落ちこぼれ女の真実を―――俺直々に分からせてやる」



ネロも冷めた視線を向けたまま、爪を構える。

互いにテーブルの縁を沿いながら、互いの隙を探る。張り詰めた糸のような緊張感が漂う中、テヌーが私に擦り寄ってくるのが少し気に喰わない。



「お嬢様、お気をお納めくださいませ。

この様子を旦那様がご覧になったら――」

「テヌー、父様は実験室よ。夜な夜な叫び声が聞こえたでしょう?

あの様子だと、当分は出てこないから問題ない」

「しかし―――、実験室にこもって1週間になられます。

万が一、外に出て来られてこの様子をお見受けしたら――」



その言葉を待っていたかのように、扉がバンッと開かれた。

突然の開閉音に私は驚き、レイピアを落としそうになる。その隙を逃すネロではない。



「隙ありだ、落ちこぼれ女!」



しまった、と思った時には既に遅い。

左手で身体を持ち上げるようにテーブルを飛び越えると、そのまま右手を私に振りおろす。

本能的に、受け止めてはいけない気がした。鉄をも切り裂く龍族の爪に、魔石の欠片も入っていない配給レイピアで太刀打ちできるわけがない。そのまま正面で受け止めず、受け流すように半歩下がる。



「この駄龍!危ないでしょうが」

「先に剣を抜いたのは、お前だろう」

「だからといって、本気で主人に危害を加えようとする奴がいる!?

ここは、私に一方的にやられればいいの!」

「それこそ、龍族のプライドが許さない。お前こそ、俺様ドラゴンに使役されていればよいのだ」

「そんなこと、伯爵令嬢としてのプライドが許すわけない!」

「自分で『令嬢』というとか―――普段の行動をかえりみた方がイイのでは?」

「っ、し、しかたないじゃない!事実なんだから!」



「黙れ」



冷やかな言葉と共に、室内の温度が一気に凍りつく。

次なる一撃を加えようとしていたネロも、防戦に徹しようとしていた私も、見事なまでに動きを止めてしまった。

唯一、動くことが出来たのは声を発した人物と、テヌーだけだった。テヌーは慣れた様子で、その人物に頭を下げる。



「おはようございます、旦那様」



最後に視た時よりも痩せた身体、くたびれた白衣を身に纏い、背を丸めていた。

この人物と私を親子だと判別できる人は、滅多にいるまい。何せ、共通点は赤みの強い茶髪だけなのだから。

その髪の毛さえも、全く違うように思えてしまう。竜騎士として空を舞う際に邪魔になるので、うなじまで切った私とは正反対なくらい――父親の髪は長い。切るのが面倒で、ぼうぼうと伸ばしっぱなしともいえよう。



「―――なんだ、ユーリ。帰宅していたのか?」



冷めきった声が、私の上を通過する。

私はレイピアを収めると、父親に頭を下げた。軍隊仕込みの礼は、伯爵令嬢が本来すべき様式と異なっているが、別にそんなことを気にする父ではない。



「はい、父様。――4日前に帰宅しました」



そして、今日――任官された基地へ向かう。

そのことは、この父に言わなくてもいいだろう。本能的に、そう判断する。どうせ、この人は自分の興味があることにしか記憶に留めないし、しようともしない。



「それは、ドラゴンか?」

「はい、私と契約を結んだ黒龍にございます」



ネロが何か言いたそうな顔をしていたが、それを視線だけで抑え込む。

父は、ネロをちらりと一瞥しただけで、興味なさ気に視線を食卓に向けた。



「凡庸だな。一流とは程遠く、三流ともいえない。

我が娘にふさわしい――凡庸なドラゴンよ」

「なにっ!?」



凡庸と言われたからだろう。

黙っていたネロが、父に爪を向ける。気のせいか、口元からは牙が見え隠れしていた。隠すこと無き殺気に、私はため息をつく。ネロが最上のドラゴンではないということは、もう十分に知っているのだ。父を否定する気にはなれないし、否定したところで事実を認めるしかない。



「ネロ、爪を降ろしなさい」

「っ!悔しくないのか、落ちこぼれ女!?」

「いいから、爪を降ろしなさい。これは、命令です」



滅多に使わぬ『命令』という言葉に、渋々とネロは爪を降ろす。

そして、そのまま自分に与えられた席へと戻っていった。



「それで、父様―――実験は終わったのですか?」



『異世界の現象』に並々ならぬ―――それこそ狂気にも似た熱意をもって、父は研究を続けている。

元々、コドモ家は、そういう家系なのだ。コドモ伯爵家は、『異世界の現象』について代々研究を重ねている。

詳しいことは知らないが、この世界には異世界と通じるゲートがあるらしい。

そこを潜ってやってくる異世界人を捕まえて、『研究』をする。この世界の生活を向上させるため、異世界人の肉体や文化はもちろん、ありとあらゆることを調べ上げるのだ。それに使う方法は様々だが、父の研究室から悲鳴が途絶える方が珍しいし、気になって一度覗いてみた研究方法は――口を覆いたくなるようなものだった。

あれは―――拷問と大して変わらない。



(もし、私も『異世界の記憶』を持っているとバレたら、ああなってしまう)



B級映画のごとくグロテスクな姿に変わり果てた自分を想像すると、今でも少し震えてしまう。

だから、私は女学校より軍学校へ入学したいと我儘を言った。

女の軍人は、女学校経由してから軍学校へ進学するのが一般的だと聞いていたが、女学校には寄宿舎がない。名残惜しいものは食事だけの実家から、早く出たくて仕方なかった。



(ま、そんな娘の願いをすんなりと聞き入れてくれたところだけ、理想の父親か)



そんなことを考えながら、父の隣に腰を下ろした。

父は白いナプキンを豪快に広げながら、ふふんっと鼻を鳴らす。



「今回のも凡人だ。

何も特筆すべき点は持っていなかったのは、非情に残念だ」



『残念』と断言する割には、恍惚とした父親の顔を眺める。



「残念という割には、嬉しそうですね」

「まぁ、愉快な被験体だったからな。

凡人極まりない馬の骨のくせに『俺が世界を救う勇者なんだ!きっと、ヒロインが助けに来て、お前なんか殺してくれるはず!』と最後まで叫んでいたのには、腹が壊れるくらい笑えそうになった」



そうか、今回連れてこられたのはラノベ好きな日本人中高生といったところか。

異世界の迷い人って日本人率高いな、と心の中で合掌をする。欧米人も来ることもあるが、あまり見かけたことがない。もっとも、私がいない間に来ているのかもしれないけど。



「そうですか」

「そうとも!『俺はまだ、本気を出してないんだ!!』とも言っていたな。

本気を出していないなら、さっさと出せばいいものを。威勢ばかりよくて、まるで5つ前の被験体を思い出す。話していなかったな?5つ前の被験体とは―――」



私は食事を再開することにした。オムレットにフォークを差す。すっかり冷めてしまい、色がくすんでしまっていたが、食べられる味だ。

次に帰ってくるのは何時か分からないのだから、せめて暖かいうちに食べたかった。と若干後悔しつつ、父親の話に耳を傾けるのだった。




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