*甘い金平糖*
今年も春がきた。
暑かった夏が終わって、秋が終わった。
そして、冬がくる。
血の繋がらない家族みたいなのがいても、僕たちにオヤはいない。
「しんちゃん!あそぼっ」
「ひな。おけいこ終わったのか?」
「うん!ねぇねぇ、あそぼーよ」
「なにして遊ぶ?」
「かくれんぼ!」
「よーし。ひながかくれるんだぞ!」
「わぁー!」
この時、真夜7歳、陽奈5歳。
いつまでも楽しい毎日ならよかったのに…。
世の中とは、時間とは無情なものである。
日に日に二人は大人に近づいていく。
優しい少年だった真夜は17歳、可愛い少女だった陽奈は15歳になっていた。
「しんちゃん!ほら見て!金平糖だよ」
「どうしたんだ?」
「お姉さま方にもらった。しんちゃんと一緒に食べなさいって。食べよ」
「ここの掃除終わったらな」
陽奈は正座して、大人しく待つ。
17年前遊女屋の軒先に白の衣に包まれた捨て子がいた。それが真夜。
それはよく産声をあげる元気な男の子。
哀れに思った花魁たちが男子禁制だが皆で育てようとオヤ代わりになってくれたのだ。
そして陽奈は、花魁の中の一人が産み落とした子だった。
直後陽奈を産んだ花魁は胸の病で死に、真夜と陽奈は本当の兄妹のように育ってきた。
ポリポリ
ポリポリ
「あまっ〜い」
「金平糖って事は…隣町の和菓子屋の若旦那が来てるな」
「あたし、あの人嫌い」
「俺も」
俺は和菓子屋の若旦那が遊びに来る度に、陽奈をジロジロ見るのが気に食わない。
「陽奈!どこだい?」
「はーい!美雪太夫が呼んでるから行かなくちゃ」
美雪太夫の『太夫』というのは、花魁の中でもトップクラスの称号の事。
「美雪姉さま。呼びました?」
「陽奈っ!」
美雪太夫は険しい表情で陽奈をソッと抱きしめる。
「姉さま?」
「ごめんね。陽奈のお披露目が決まってしまったよ」
「いつ…ですか?」「5日後に」
ガラッ
「なんだ、もう話したのか」
「伊勢崎!無礼だね。断りもなしに太夫の部屋に入るのは」
この『伊勢崎』と呼ばれる男は、店の経営全般を任せられている権力の持ち主。
痩せこけていて、丸眼鏡をかけた陰険な男。
「フンッ、お前たち花魁は『道具』にしかすぎん。敬意を払う必要などない」
「なんだって!」
「やめないか!二人共」
『3代目!』
「陽奈…すまないね。私の力ではお披露目を止める事はできなかった」
3代目・白爛は伊勢崎と見た目は逆のタイプの男である。
実に誠実そうで人を信じすぎてしまう雰囲気。
実の所笑顔の裏は…。
「そんな…白爛さまのせいじゃありません。今日まで娘としてみんなに育ててもらって、感謝します。だから、お役に立てればそれで…」
「それは、よい心掛けですね」
伊勢崎、白爛に次いで部屋に入ってきたのは、紺地の着物に身を包んだ和菓子屋の若旦那。
「まさか…」
「そう、そのまさかですよ。陽奈の最初の客は私です」
「そんな!若旦那…3代目!陽奈は私らの娘として育ててきました」
美雪が3代目にくってかかる。最後の抵抗。
その袖にすがり、美雪を止めようとする。
「美雪太夫」
二度三度小さく首を振る。
それから陽奈のお披露目まで慌ただしく時間が流れた。
その間に陽奈のお披露目は真夜の耳にも入る。「えっ!陽奈が…」
「そうなんだよ…あの子は私らの希望だった。花魁にならないで生きてほしかった…」
「しんちゃん…起きてる?」
「陽奈!?どうした、こんな夜中に。寒いだろ。中に入れよ」
「うん…」
ソロソロと音も立てずに、けれどしっかりとした足取りで真夜の部屋へと入る。
「どうした?」
突っ立ったままの陽奈に声をかける。
「今日…一緒に寝ていい?」
「おいで」
布団をめくり、もう一人分のスペースを作ってやった。
そこへ躰をうまくねじ込む。
「あったかい」
「明日からは…もう一緒に遊べなくなるな」
「うん…しんちゃん…嫌だよ。ずっとこのままでいたい」
ぎゅっ
真夜は陽奈の冷たい手を握ってやる。
「逃げよう」
「えっ?」
「陽奈をここから連れ出して、幸せにしたい」
「ここから…幸せに?」
「ここから出たら、もう二度と美雪姉さんやみんなには会えないかもしれないけど」
「それでもいい。しんちゃんがずっと一緒にいてくれるなら…」
「約束するよ。さっ、明日は早起きするから、早く寝よう」
「うん……」
共に手を取り、逃げる日。
今年初めての雪がチラチラと降って、二人の足跡を残してしまう。
「陽奈いいか?」
「うん」
「二人ともお待ち」
振り返ると、寝間着のままの美雪が立っていた。
「美雪姉さま!」
「これを」
陽奈の手に握らせたのは、少しばかりのお金。
「そんな!いただけません」
「いいから遠慮は無用だよ。そして、これも」
手中にあるのは、金平糖と紙雛。
「この紙雛は、私が身売りする際に母親が持たせてくれた唯一の品だよ」
「そんな!あたしが持っていては…」
「持っていておくれ。私は娘が生まれたら飾るつもりだった。陽奈は…私ら花魁の大切な娘だから」
「陽奈、もう行かないと」
「うん。美雪姉さま。ありがとう」
「真夜。陽奈を頼むよ!」
「はいっ!」
小さな荷物を抱え、金平糖と美雪の思いが詰まった紙雛を胸に抱き、雪の中を一歩また一歩と歩み出す。
「陽奈はどこだ!」
パンッ
伊勢崎は喚き散らし、手近にある障子から開けはなっていく。
「何事だい?」
「美雪太夫…どこへ…陽奈をどこへやった!」
「知らないね。知っていても、お前には話さないよ」
「クッ」
「それは、困りましたね。あなたに教えていただかないと、この店の信用が落ちてしまうんですよ」
「3代目…この猫被りめ!」
「なんとおっしゃられても構いません。陽奈と真夜の行き先を教えて下さい」
「知らないよ」
「そうですか…残念です。これからの働きぶりに期待しますよ。伊勢崎」
「はいっ」
「子供の足です。そう遠くへは行っていないはずです。追って始末を」
「はいっ!」
いつもの善人な笑顔で冷たい言葉を発する。
「あの子たちだけは…」
涙を一筋流しながら、美雪は足にすがりつく。
その涙を見て呟く。
「美しい。けれど、あの子たちは許されない事をしてしまった。報いを受けるのは、当然です」
「そんな…」
美雪の涙は本当に美しかった。
どんな花も、どんな反物も、愛しさ故に流す美雪の涙には勝てないだろう。
「ハァハァハァ」
「はぁはぁはぁ」
「だいぶ日が昇ってきたな。ここらで、一休みしよう。朝ご飯を食べないと力が出ないだろうし」
「うん。でも、ご飯…」
「はい。握り飯」
真夜は笹の葉でくるんだ大きなおにぎりを出してみせた。
「朝作っておいたんだ。あっ、ゆっくり食べろって」
ドンドンッ
余程お腹が空いたのか、おにぎりにかぶりつき、喉を詰まらせた。
「しんちゃん。これから、どこに行くの?」
「陽奈はどこに行きたい?これからは、自分たちの好きな所に行けるんだ」
「一緒ならいい」
「そうか。午後からもっと遠くに行かなきゃいけないからな」
「うんっ!」
小降りだった雪も午後になると、本降りとなってきた。
「雪が強くなってきたな」
右手を繋いだ先にいる陽奈をマジマジと見る。
陽奈は明らかに疲れていた。それは、真夜も同じ事だった。
二人は雪に足を取られ、寒さで疲れが増していた。
気づいたら、いつの間にか日も暮れかかっている。
「陽奈あそこまで。あの小屋まで行こう」
白い景色の中にひとつ小屋を見つける。
ガタガタッ
小作人が使っていたのだろうか?中に入ってみると、埃が舞い上がり、ここ何年かは使われていないようだった。
「今晩はここに泊まろう。外は吹雪いてて道に迷ったら大変だし」
「…うん」
「疲れた?」
「…大丈夫〜」
「どうした?」
色白の頬がいつの間にか、うっすらと紅色に変わっていた。
前髪を避けて、おでこで熱を計る。
「熱あるな」
「寒いよ」
寒気でガタガタと震え始めた。
「3代目、どーゆー事ですか?」
「これはこれは、若旦那」
「陽奈はどこです?」
「落ち着いて下さい。今、伊勢崎たちに後を追わせてます」
「…始末ですか?」
「あの二人は罰を受けなければならないんですよ。お詫びと言っては何ですが…美雪太夫を」
「しかし、美雪太夫は私を嫌っています。言うことを聞いてくれるか…」
「私には逆らえないでしょう。お好きにどうぞ」
トントン
「何だ?」
「真夜と陽奈の向かった先が分かりました。今、伊勢崎さんが後を追っています」
「そうか…私も後から向かいます」
「はいっ」
障子越しの使者が音もなく下がる。
「3代目。私も連れていってもらえませんか?」
「自分の好いた女が殺されるのを見たいんですか?」
外は雪が止み、昼近くになっていた。
「ん…ぅんん。しんちゃん?」
返事がない。
急に心細くなってしまう。
ガタッガタガタ
「きゃっ…しんちゃん?」
「おっと、陽奈もう起きて大丈夫か?」
「うん!しんちゃん、どこ行ってたの?」
「雪が止んだから、何か食べ物買ってこようと思って…淋しかったか?」
「ううん。大丈夫!」
二人は朝食にする。
今までと違い二人だけのちょっと淋しい食卓。
だけど、今一緒にいられる事をとても幸福に感じる。
「モグモグ。雪止んだけど…陽奈が万全になってから、ここを出よう」
「ううん」
陽奈は頭を大きく二度振る。
「ご飯食べたら、すぐ行こう。あたしは大丈夫だから!」
「でも…」
「ねぇ、しんちゃんの夢って?外の世界で何をしたいの?」
「…俺は、陽奈と本当の家族になって、山羊を飼うんだ。陽奈は?」
「ぅんとね」
陽奈は顔を赤らめて、照れながら答える。
「暖かい家庭を作る事。…しんちゃんと」
「伊勢崎」
「3代目!」
先に追っていた伊勢崎と3代目・白爛、和菓子屋の若旦那が合流したのは、太陽が低くなってからだった。
「陽奈は!陽奈はどこです?」
「みっともないですよ。若旦那」
この声は、店にいるはずの美雪。
「美雪太夫が何故ここに?それに若旦那まで」
「それは、いい。今は、あの二人を見つけ出すのが先決です」
「はいっ」
「伊勢崎。捜索状況を報告して下さい」
「はい!この隣町の食料品店と漢方店で真夜が目撃されています」
「目撃されたのは、真夜だけか?」
「はい。店主は男一人だったと申してました」
「そうですか…漢方。陽奈が体調を崩しましたね」
初雪は夕焼けのオレンジ色の光を浴び、キラキラと宝石のようだ。
「陽奈今夜までにこの森を抜けよう」
「うんっ」
森は二人の前に悠然と立ちはだかる。
もしかしたら、森の中で夜を迎えてしまうかもしれない。
だが、追っ手が近づく中で距離のある先ほどの小屋に戻る余裕はない。
「しんちゃん!あれって、栗鼠?」
天まで届きそうな長い長い松の枝に二匹のリスがじゃれあっていた。
「仲がいいな」
「あたしたちだって負けないくらい仲がいいよ!」
陽奈がムキになり、繋いだ手を大きく振る。
「そうだな」
それを見て、真夜は久しぶりに笑顔になった。
二人はどんどん森の中へと足を踏み込む。
だが、確実に二人の幸せは壊されようとしていた。
「では…美雪太夫に働いてもらいましょうか」
「一体美雪太夫で何を…」
「見ていて下さい。伊勢崎。脇差しを」
「はいっ」
白爛は美雪の白い手を取り、その細い躰を寄せた。
美雪は躰を強ばらせて、抵抗を見せる。
「あなたは最期まで素直じゃありませんね」
ザシュッ
ポタポタ
右上から美雪の胸に脇差しを切りつけた。
薄い桃色の着物が、誰も足を踏み入れてない白い雪が、真っ赤な血で染まる。
「ああぁぁぁーー」
返り血で白爛の着物と顔が赤くなった。
「ああぁぁぁーー」
苦痛に満ちた美雪の叫びが、森の中にいる真夜と陽奈たちの耳に届いた。
「!!?」
「…しんちゃん。何だろ?すごく胸騒ぎがするよ」
「俺も胸騒ぎがする。だけど、今戻ると伊勢崎たちに捕まってしまうから、先に進もう」
「…うん」
どんな事があっても二人は戻れない。
それを覚悟で逃げてきたのだから。
返り血がついた着物を見た。
「自分ですべきではなかったな。汚れてしまった。さぁ二人の名前を呼ぶんだ」
仰向けで、冷たい雪上に美雪が埋まる。
「ぃっ…ぃゃよ」
「これはやりすぎでは…」
見かねて若旦那が白爛を止めに入る。
「うるさいですよ。私にとっては『道具』なんですよ。自分以外は」
「そんな…」
「若旦那…まだ死にたくなかったら、黙っていて下さい」
物言わせぬ鋭い目。
彼は今までどんな体験をして、ここにいるのだろうか。
「さぁ、素直に従いなさい」
「…ぃゃ、ぃゃょ」
美雪の声は次第に小さくなって聞き取るのに近づかなくてはならない。
「……」
ガシッ
白爛は右手に脇差し、左手に美雪の髪を掴む。
「ぁっ、ぁぁ」
髪を引っ張られ呼吸ができなくなる。
鬼だ。そこに鬼が立っている。
そのまま森の中へ引きずって行く。
ズッ、ズッ、ズッ
「ぅぁぁ、ぁ゛っ」
『し、しんちゃん…あれ…っ』
『しっ!出ていっちゃ、ダメだ』
『ぅっ、んー』
陽奈は自分の手で口を押さえて、嗚咽を無理矢理止める。
真夜と陽奈は無惨な美雪の姿を見つけてしまった。
『耐えるんだ』
『ぅっぅっ』
ポロポロと涙が止まらない。
恐怖で躰が震える。それを止めるために真夜は肩を抱く。
「立て。立つんだ」
「ぅあっ」
白爛は無理に美雪を立たせる。
「ぁっ、白爛…ぁなたは人を愛した事がないの?」
「フン。思ったより役に立たないな。殺してしまおう」
「は、早く。殺しなさい」
ふらふら立つ美雪に力強く脇差しを振り降ろす。
「やめてぇー!」
耐えられなくなって隠れていた陽奈が近くの茂みから出てきた。
瞬間、月の光を受けた脇差しで陽奈を切りつけようとする。
「きゃっ」
ところが、痛みは陽奈ではなく真夜を襲う。
「うっぁ…約束は守るよ。陽奈は…守ってみせる」
「しんちゃんっ!」
「美しい。実に美しい。だが…いらないよ」
次の一振りはなんとか避けられた。
おかげで、白爛にひざまづく形になった。
背中に陽奈が被さり、庇う。
「いや殺さないで下さい。しんちゃんと美雪姉さまだけは…お願いっ」
「それは、できない相談ですよ」
ザシュッ
どさっ
「いゃあぁぁー」
「あっけない」
「ぁんたは…人じゃ…ないよ」
どすっ
今度は美雪の胴を貫く。
「姉さまぁ!!」
もはや辺り一面、血の海と化していた。
「最後は陽奈」
「ぅうう。お願いがあります」
「命乞いですか?」
「いいえ…私を殺したら、しんちゃんと一緒に埋めて下さい」
まだ暖かい真夜の躰を陽奈が覆うように重なる。
ザシュッ
血しぶきは雪の上で紅い椿のように、紅い花のように咲き誇った。
「死体はどうなさいますか?」
「…陽奈の希望通りにしてあげて下さい」
「…3代目大丈夫ですか?」
「帰りましょう」
ザクザクザク
雪は夜の寒さで堅い雪に変わっていた。
それを踏みしめて一歩また一歩と自分を待つ場所まで歩みを進める。
真夜と陽奈は手を繋いだまま、寄り添い森のどこかへと埋葬された。
死んでようやく二人の恋が実った。
二人が生きた世界は自由に生きる事が難しかった。
現代も自由に生きる事は難しい。
だが…意志がある。
自分の意見を述べる自由がある。
今私たちは生きているのだ。
もし、どこかで紅い花が咲いていたら思い出してほしい。
真夜や陽奈のように生きていたくても生きれず、死んでから想いが叶った人がいたことを…。
冷たい冬の雪が溶けた後には、暖かい春が待っていることを…。
こんにちは&初めまして。宇佐美です!
今回は7作目となりました。「*甘い金平糖*」ですが…いかがだったでしょうか??
兄妹愛に近い感情ですが、互いに意識して一緒になりたい!という、かけおち系にしました。そして、最後にメッセージを強く残してみました。最後まで読んでいただいて感謝します☆感想などいただけたら幸いです(^_^)v




