契約編 一章
夢、ひいては願い。定められた運命に心が宿るからこそ命なのだ。
精霊使いの頂点に立ったと伝えられている人物が眠る墓石には、手のひら程の大きさの妖精達がたむろしており、精霊使いとなるべく契約を結びに来た人には墓石の裏でその人の言葉を聞き、精霊使いとして認めれば家へむかえに来ると言われている。
……というのは古い話。武者修行に出る若い子供が安全な旅が出来るように、暇を持て余した妖精が若者の夢を聞き受け、それに付き添ってあげる為に使われているのがほとんどだ。
各国の食文化を学んで立派な料理人になりたい子供や、各地の英雄伝を調べて吟遊詩人にでもなりたい子供、挙句の果てには犯罪を犯しまくって裏社会のボスになりたい子供までここに来る。要は退屈しない旅を語れば付き合ってくれるのだ。
その子供の中の一人である俺がここに来た理由は明白だろう。旅だ。一人では心配だからとイリリマに言い付けられてやってきた。
しかしだ。妖精と旅をしたところでなんだと言うのだろう。老いの知恵など全くない者が来るに決まっている。先々の不安など大して拭やしない。
俺は草葉の地面を払い、どっと腰をおろした。
夏でも冬でもいい。凍えた心を溶かすような暖かな風が吹いた時、それが墓石の裏に妖精が来た合図だ。
今まさに、左から吹いているはずの風が不自然に右から流れる。
春の眠気を誘うあの実りの雰囲気を感じ取れた気がした。
墓石には色が霧のような光として現れる。
『……若者よ、旅の果てに何を望む』
少女達の声が静かに聞き届いた。数は五人だろうか。
「旅に終わりはない」
……墓石に纏う青い色の何かが消えた。
『喜び、怒り、哀しみ、楽しみ、なにがあなたを旅にいざなった』
妖精達の声が一人減っている。興味が失せると妖精は何も言わずに去っていくのだ。
「そんなものはない」
次は赤い色が消えた。
『妖精とはなんだ』
「悲しい存在」
緑色。
『果てなき旅路、あなたを想う者が現れた時、旅の終わりを望むことはあるか』
「……なんとも言えない。その人の存在が自分の中で一番大きかった時、絶対に旅なんかやめていると思う。だが、自分の信念を曲げてまで他人に合わせることもしたくない」
すると、黄色が薄くなれば、濃くもなり、右往左往と揺らめく。名残惜しそうにぐるぐると回った後、氷が溶けるような速度で徐々に消えていった。
……墓石には紫の淡い光だけが残った。この墓石の裏にたった一人だけ残った妖精が居る。
紫……。あの小さな妖精とはやかましく元気な姿を想像していたが、それが紫の光だとはいかがなものか。
そうでなければ、俺みたいな捻くれ者にはついて来てくれないのだろう。
問いは聞こえない。紫の妖精は黙ったまま墓石の裏で姿を隠し続けている。
俺は痺れを切らして立ち上がった。なにがあったのかと、墓石の裏を回って覗いた。
「あっ……」
そこには手のひらサイズであり、赤紫の長い髪と羽から羽が生えた一三羽の美しくも気持ちの悪い妖精がいた。
……なんと声を掛けるべきか。人里離れた場所で暮らしていたもので、適当な言葉が見つからない。
「どうしたよ。他のお仲間は全員居なくなったみたいだし、お前は俺について行きたいってことでいいのか?」
俺の素直ではないふざけた言葉に、妖精は指をもじもじとさせる。
「あの、結局あなたは何を目的として家を出て行こうと思ったのですか?」
「人生だよ」
「人……生?」
「俺は人が生きる上で成し遂げられるもの全てを実現したい。その為には一つの場所にとどまるべきではないと思ったんだ。だから……お前もどうだ?」
妖精は……躊躇っているようだった。出て行きたくないのであればそもそもこんな状況にはならず、ここまで残ることもない。
では最後の一押しになにが足りないのだろう。少しだけでいい、彼女の気持ちに寄り添いたい。
「もしも……その旅が上手くいかず、家にも帰れなくなった時はどうするのでしょうか。そんなの悲劇だわ、笑い話にもならないのに」
「その時はお前の自由くらい保証するぜ。なんたって、お前は俺のパートナーなんだからな」
「もう……パートナー……?」
「俺と、お前で、掛け算さ。この出会いを逃せば得られるものがあっても失うものの方が多いくらいだ」
俺は……彼女に手を差し伸べた。彼女はゆっくりとこちらに歩き、手のひらに乗った。
「来いよ、妖精。人生を謳歌しようじゃねぇか」
俯いた顔は上を見上げ、赤紫の瞳が俺の視線と交わる。
「私、なにも知らないですからね。なにがあっても力になれないことの方が多いですよ」
「いいさ」
──羽ばたいた。
彼女は俺の左肩に座り、左へ傾き落ちそうになると左羽を器用に動かす。
紫の光の魔素が俺の周囲で散っている。
歩くと、まさに気分は妖精使いであるように思えた。
妖精『使い』……というのが良くない。面倒ごとを事あるごとに押し付けるような主従関係など望んでいないからだ。
いや、問題はそこではない。だとすれば、俺には彼女に対して話しかけられるような会話の手札が一枚も無いということだ。
俺と彼女の間には人と妖精が一緒に旅に出る風習でしか繋がりがないのだ。
パートナーでなければならない理由を俺自身が提示出来ていない。こんな事ではいつ離れられてもおかしくない。
ひとまず当たり障りのない話題から振ってみよう。
「オペラショーは観に行ったことがあるか?」
「妖精の私がどうやって通貨社会の劇場に行けるとお思いで? 観れている訳がないけれど」
しまった。機嫌を損ねてしまったようだ……。
「カレーって、大きな鍋で煮込む程コクが出て来て美味しくなるみたいなんだよ。食べたことあるか?」
「この体でどうして大きさの話を持ち出したのか分かりません。食べている訳がないけれど」
しまった。機嫌を損ねてしまったようだ……。
「売春宿を横切ったことがあるんだが、すげぇいい匂いがするんだよな。あれってなんだろう」
「人の営みをどうして妖精である私が詳しいとでも? 知る訳がないけれど」
しまった。機嫌を損ねてしまったようだ……。
「あの、あなた様。まずは自己紹介からしましょうよ」
「は、はぁ、そうですね。その通りです」
「私はロズ・ル・ケード。ロズとお呼びくださいな」
「センナノ。好きに呼んでくれ」
むしろこっちが好感度を上げてどうする。
俺達は整備はされていないが人が通る道が朧げに見えなくもない森の道を進んで行く。
人が居ないのは幸いだ。道中を煌めいた紫の光の魔素を振り撒きながら進むというのはやはり悪目立ちするからだ。
が、ロズはそういう存在だ。とやかく言ったところで解決などしない。関係が悪化するのみ。
……建設的な会話で仲が深まるとは思えないが、無言でいるよりもマシか。
「俺は一度家へ戻ろうと思う。別れの挨拶を済ませておきたいんだ」
「私もセンナノさんのご両親にご挨拶したいです」
「……その後はすぐに町を離れる。道中も、町の外も何も分からないが、なんとかなんだろ」
「あら? 食事はどうするのでしょう。魔物に襲われた時に退けられるの?」
「なんとかなんだろ」
「お金は?」
「ほぼない」
「どうやって稼ぐの?」
「なんとかなんだろ」
「追い剥ぎに遭った時は?」
「なんとかなんだろ」
ロズは困った顔で人差し指を自分のこめかみに当てた。
「あのですね、女の子を連れ歩くんですから野生的な生活は勘弁です。野宿をするにもちゃんとキャンプを建てるのですよ?」
「なんとかなんだろ」
「なんにもなりません! それのどこが人生なの! 目標は常に持ち合わせているべきなのです! 自分というものを持ち続ける為にはね!」
「あーあーおっしゃる通りですよ、これだからやかましい」
「これでも私は大人しい方です!」
……特に何も考えていない俺には、ロズの一言二言に面倒を感じてしまう。
良くない。
冒険と言ってしまえば簡単だが、要は行き当たりばったりな訳だ。一本道を嫌うにしても、そんなものでは積み重ねていく経験を生かす場面など見つからない。
学びの為の旅ではある。今は不安の方が大きいが。
「分かったよ。働くからお前も手伝えよな」
「それでいいのです。えらいえらい」
目の端に映るロズの顔は機嫌が良さそうに笑った。
これからのことに思考を巡らせる。まずキャンプ、これを用意するにも大荷物を担ぐことになるだろう。かなり嫌だ。
働くにしても居座る予定などない。さて、一日だけ働いて稼げるところなどどれほどあるのやら。
次は食事だ。町に寄れば食材は手に入るだろうが、大体は人の居ない未開の地に赴くことを重点的に目指している。調理器具を仕入れる必要があるか。
最初は馬鹿なことをしない限り、街道に沿って旅をすることになりそうだ。
「センナノさん」
「なんだよ」
「センナノさんのご両親はどのようなお方なのでしょうか。教えてください」
「人見知りだよ。散々無茶やって、最後は仲間に裏切られておしまいさ。人を信じる気力が無くなって山奥でひっそり暮らしてんだ」
「……少し想像しにくいですね」
「俺は拾い子なんだ。両親はいない。イリリマと二人暮らしだったんだ」
旅に出る前は、訳のわからない世界に記憶が無いままなにをすればいいのかも分からず路頭に迷っていた俺をイリリマが拾ってくれた。
彼女はまだ若いというのに、心の傷があり活気を失っているのもあって、俺の面倒を見ることに満足していた。
今では一二歳で家を出る俺の方が心配をしている。早くたくさんの幸せを見つけられれば良いのだが。
「良い人……なのでしょう?」
「ああ。俺にとってはな」
ロズは……どうなのだろう。そんなことを聞いてなにを思うのだろうか。
彼女はそれ以上尋ねることはしなかった。俺もなにも話を振ることをしないために、長い沈黙が続く。
……気付く。次は俺の番だったのだ。俺が受け身のままでは会話は続かないのだ。
「ロズはどうなんだ」
「私……?」
「妖精がどんな生活をしているのか全く分からない。普段はなにを食べて、いつ寝ているのかさえ予想がつかねぇよ」
「私は……木の実、果物、猛獣が残した食べ掛けの獣の肉を少し頂いて、焼いて食べてました」
「他の妖精もそんな感じか」
「いえ、他の方はなにも食べていません。私はお腹が空くので食べています」
「ならなんで妖精はものを食べないんだ?」
「それは……体にとって必要な栄養では無いからではないでしょうか」
「だったらなんでお前は食べるんだ」
「……必要だからとか?」
じゃあお前は妖精じゃないんじゃないかとまでは言えなかった。
「お前はどうして旅に出ようとしたんだ」
「居心地が悪いからです。仲間に入れてもらえないどころか、はぶられているんですよ。だからセンナノさんがあそこに来たのはとても都合が良かった。運命だとさえ思えました」
「……咄嗟に言えるんだな」
「……」
「まだなにも始まっちゃいないが、俺はお前がパートナーになってくれたことがこの旅の一番の宝物だと思ってる」
「私……なんかが?」
「お前じゃなきゃ本当に旅に出ようとは思わなかっただろうな」
ロズの顔が少し赤らめているように見える。
こんなこと、ロズでなければ言うこともなかっただろう。もはや言わされている感覚だ。
男友達も女友達もろくに出来たことはないが、彼女はまさしく女の子なのだと思う。
彼女もきっと、俺のような男でなければ誤魔化すようなことを言わなかったはずだ。
理屈で読み取るには儚い。曖昧なまま、もう少しでもこの先の変化を味わっていたい。その想いがこの話の続きを許さなかった。
「……なかなか着きませんね。後どれほど歩くのでしょう」
「すぐだよ」
沈黙を重ね、木々に溶け込んだ木の家が見えてきた。
大きくはなく、それでいて住めなくもない程には小さくないその家こそが俺の数年の時を越えさせた我が家である。
玄関扉を開けると、椅子に座って本を読んでいた茶髪の女性、イリリマが視線をこちらに向けた。
「あんたみたいなのが、なかなかどうして良いもの見つけてくるじゃない」
「才能あるだろ?」
「誰もつかないと思ってた」
「そりゃないよ」
「愚かしいほどの優しさを持った人しかあんたには合わせらんないよ」
俺はテーブルの横に置かれた椅子に座った。
イリリマは俺の肩に乗るロズを見ている。その目は懐かしむような、いつも二人で過ごして来た俺には滅多に見なかったものだ。
「私はイリリマ。おちびさんの名前を教えてくれる?」
「ロズです」
すると急に吹き出すように笑い始めた。
「あっはっはっは! こんな妖精もいるんだねぇ! 元気が無いけど大丈夫? あんたこんなんでほんとやっていけんの!?」
「からかいやがって。イリリマの何倍もロズはしっかりしてるよ」
「ま、なにがあっても助けらんないけどさ」
イリリマは立ち上がり、台所へ歩いた。
ティーポットから茶を木のコップに入れ、それを俺の横のテーブルに置く。
「ロズちゃん、飲みなよ」
……ロズはひらりとコップの前に正座で座った。
これは……酷いいじめだ。
ロズの体はこのコップよりも小さい。それをわざわざ出してくれたという行いに対し一口もつけないとはよろしくはないが、飲むとしてもどうしろというのだ。
しかし、ロズは文句など言わなかった。
立ち上がり、コップを少しずつ傾け、少し、ほんの少しずつ啜る。
遅くとも当然なのだ。彼女は普通の人とは違うのだから。
「ドクダミ……ですね。山のものを摘んだのでしょうか」
「……そうよ。案外どこにでも生えてるからね」
「凄く美味しいです」
一三羽がゆらゆらと揺れている。
こんなことに意味などないとは思わなかった。イリリマはロズを試しているのだ。
おかげでロズがどのような『人』なのかが見えてくる。そして、いい加減な自分のままではいられないということも。
「もう行くよ」
「もういいの?」
「また会えるように、名声を集めまくればいつかは機会もあるだろうさ」
俺は自分のベッドの側に置いていた剣と、バッグとポーチの二つを装備した。
ロズは飛翔し、ポーチのカバーを開く。
「私の新しいお家ですね」
「そんなつもりはなかったぞ」
「これは定められた運命というものなのです」
ロズはポーチの中に入るとガサゴソと整理し始めた。勝手な奴。
「じゃあなイリリマ。あんま引きこもんなよ」
「はいはい。自分の心配をしてな」
寂しそうなツラを一度もしないまま、俺はイリリマの家から出て行った。
母とは思っていない。だが、良き姉だったと思う。
さて、町に降りよう。今の所は必要なものなど無いと感じているが、ロズにとってはそうではないはずだ。
色々と見て回り、ロズが興味を示せばそれに従ってみよう。
「あ、センナノさん」
ポーチからロズの顔がぴょんと出てくる。
「ここに変な物や汚い物を入れないでくださいね。怒りますから」
「善処する」
「絶対に入れないでくださいって話です!」
整理が終わったのだろう。ロズは再び俺の肩に座った。
パーペット。人形の町であり、サイコパスの吹き溜まりでもある。
町の彩りは鮮やかであり、家具や武器、料理に至る全てが異界からの知識によって作られていると噂されている。若い人間がすれ違いざまに挨拶をするも、首だけがこちらを向いて走り去っていくことがほとんどだ。
その特徴として、必ずどんなに多くのアイテムも無限に収納できるバッグを常備している。その人物達をみんなは『キルヘス』と呼んでいる。
「凄いですよね。なにを急いでいるのでしょうか」
町中を走り回る若者達を眺めていると、ロズは呆れるようにつぶやいた。
「時間がないのかもな。生態調査をしている人の話じゃ、一時間うろうろして急に消えた個体とかもいるそうだぞ」
「危険な魔物を積極的にやっつけてくれるのはありがたいのかもしれませんけれど、同族争いも激しいではないですか」
「……もしかすると、生きている訳じゃないのかもな」
「そんなことありますか?」
「死の概念が極端に薄い人じゃなきゃ、あんなに無茶苦茶出来ねぇよ」
ロズはあまりピンと原理が浮かばないようだが、俺にはなんとなく理解が出来る気がする。
パーペットという町の名の通り、彼ら彼女らは何者かに操られているのだ。
なにが目的なのかは分からないが、それは今動き回っている人達ではなく、操っている人の気分次第だろう。
フリフリの服を着る少女もいれば、ほとんど裸のような少年もいる。無駄に背が大きく球体のように太っている緑色のおっさんもいれば、全身を鎧で覆っているなにかもいる。それらが全員走っている。
俺はあまりの騒々しさに、広場に置かれたベンチに座って傍観することにした。
そこへ異色の雰囲気を漂わす二人の少年と少女が俺達の方へ向かって来た。なにせ歩いているのだ。
一人は背中に大剣を背負い、腰に刀と銃、コートにナイフも忍ばせているのだろうか、茶色のコートのやけに顔の整った茶髪の少年。
もう一人は少年と違い、白と黒の二つの宝石を先端に埋め込んだ刺股のような杖を持ち歩いているだけの白髪の少女。
やがて二人が俺の前に止まる。
「急に話し掛けてごめん。俺はユーマ・ヒーンで、こちらが、」
「私はイノリです」
「尋ねたいことがあって、君って妖精を連れ歩いているよね? 良ければどうすれば妖精に出会えるのか教えてくれないかな?」
気さくな男だ。もう一方の少女は見た感じでは優しそうな雰囲気を出している。
どこかで会ったことがあるような、なんとも言えない気分になりながらも応対する。
「……どんな目的だ? あれらは自分達の秩序を荒らされることを一番嫌ってるんだ。俺が口外したと知られれば嫌われてしまうしな」
するとユーマは思い付いたことを下手に言わないように少し黙ると、困った顔でイノリに視線を向けた。
イノリは人差し指を顎に当て、空を見上げて悩み始める。宙に浮かばせた選択肢を選ぶように、人差し指を振り子の如く揺らして答えた。
「私とユーマさんは旅をしています。世の中物騒ですよね、なにをするにも暴力が目立ち過ぎているではないですか。私はそれらを治めるための力を探しています。妖精に出会えばそのヒントが得られるのではないかと、そういう理由です」
見た目が駄目だ。無条件に好感を覚えてしまう。
ロズは飛翔し、俺の視界に入った。
「凄く良い人達ではないですか、ねぇセンナノさん」
「だがな、関わったところで俺にはなにもメリットは無いぞ」
「人助けに理由がいります?」
「理由もなにも、俺に利益は無いだろ」
「それって生きている意味がありますか?」
なんだこいつ。
「分かったよ。場所を教えても良いが、どのみち門前払いだろう。土産でも買っていくんだな」
ついに折れてしまった俺を差し置いて、ユーマとイノリは互いに顔を合わせて微笑んだ。
ロズもそれに納得したようで、ついでに条件を追加する。
「どうでしょう、良ければ一緒に土産の品をこの町で見てまわりませんか?」
「良いのですか! 妖精さんが一緒だと頼りになります!」
「良かったなイノリ!」
「うん! ユーマさん!」
仲がよろしいようで。
やはりどこか既視感のある二人はやがて俺に視線を向けた。
「……行くか。来いよロズ」
ロズは俺の肩に戻った。
町のどこになにがあるのか、特に覚えていない俺はただ歩いた。
ユーマはガールフレンドを置いて俺の隣に並びに来る。
「同い年かな、俺達」
「かもな」
「いやー嬉しくてさ。こうして歳の近い友達が出来ると楽しくなってきちゃって」
「待て、友人だと? いつからそうなった」
「もう俺達って友達じゃないの? もしかして、友人になっちゃいけない重大な秘密でもあるの?」
「無いが……」
「だったら友達だろうさ!」
一期一会の出会いと思っていた俺は、その認識に対してなんとも言いにくい感情を抱いた。
ロズといえばニッコニコの笑顔である。
走り回る狂気の若者達さえ居なければ素直に穏やかに接することが出来たであろう。今はこの俺の素直ではない性格のせいで居心地の悪さを感じている。
「あ! ここのものであれば気に入ってくれるのではないでしょうか」
イノリが反応した店は道具屋だった。
店番をしているフリフリの黒いドレスを見に纏っている、とても道具屋で働いているとは思えない女性らしき若者がこちらに手を振っている。
もはや若者というものに異質さを覚えた。
大きめの色付きの石を埋め込んだ指輪が並べられているので、俺はまずそれらから眺めることにする。
「なにこれ」
「これは召喚石だよ」
「どういう原理で召喚すんだよ」
「さぁ?」
俺の独り言にユーマは付き合う。
「なにこの……サウンドウルフ? なにサウンドウルフって」
「歌とか歌う狼かな?」
「歌ってどうすんだよ」
「多分敵を歌の力でやっつけるんだよ」
ユーマはそのサウンドウルフの指輪を左手の手のひらに乗せた。
「じゃあヘルトンは?」
「これは知ってる! 高所から岩とか投げて攻撃するモンスターだよ!」
「意外と強そうだな」
ユーマはまたもヘルトンの指輪を取った。
「コブモグラってなんだよ」
「筋肉が発達し過ぎてコブができたモグラだね。獲物を地中に埋めてしまうモンスターさ」
「強そうだな……」
またも取られた。
「こうして見ると訳が分からない魔物はサウンドウルフくらいだな。なんだよサウンドウルフって。馬鹿みたいな名前付けられてんじゃん」
「サンドウルフに誤字が入ったのかな?」
「安直過ぎるだろ」
ロズはいつの間にかイノリと一緒に女の子らしい道具類を見て回っていた。
何故俺はユーマなんかと一緒にデートしなければならないのだろう。
このままではこの買い物がすぐに終わってしまいそうな予感がし、俺は召喚石の一つでも買うことにした。
「それってビッグラウドッグの召喚石?」
「……ああ。俺もお前達のように果てしなく長い旅をするからな。荷物も多くなるだろうし、それを運んでくれる魔物とか欲しいからな」
「だからビッグなドッグか……。俺もそういうの欲しいなぁ」
「お前にはヘルトンだかコブモグラだか十二分に揃ってんだろうが」
やかましいユーマを放って、ロズの元へ向かった。
「うーんこれとこれも欲しいなぁ」
「イノリちゃんこれも良いと思いますよ」
「あれもこれも買っちゃうと変な癖ついてしまいますよぉ」
「えーそうかな」
「「うふふふふ」」
……イノリの両腕には体の半分ほどの商品が抱えられていた。
俺とユーマは実用性を考えて小さなものを見てまわっていたというのになんと強欲な女どもなのだろう。
ユーマの評価を改める必要が出てきてしまった。
「おいロズ、終わったのか?」
「センナノさん今いいところだから待ってください」
「お前のいいところは中々終わらなさそうだけどな」
「本当にいいところなんですって」
「いいからなんだよ」
「いいから待ってください」
話にならない。
俺は店番に指輪の購入の話をすることにした。
「二〇〇〇〇キルヘスポイントです」
「キル……なんだって?」
「二〇〇〇〇キルヘスポイントです」
聞いたことのない通貨に聞き返してしまった。
そこにユーマが割って入ってくれた。
「出しまーす」
ユーマは何もない宙に指を動かして、見えないなにかを店番に放った。
「お買い上げありがとうございます」
「おい今なにをした」
「なにって……キルヘスポイント使っただけだよ?」
「なんだよキルヘスポイントって」
「モンスターがドロップするお金だよ」
「モンスターがお金をドロップするぅ? 意味が分からない」
まさかこのパーペットとかいう場所、全てキルヘスポイントとやらでやり取りしているのではなかろうか。
ここで準備支度をしようなどと考えない方がいいかもしれない。
俺とユーマは店の前に置いてあるベンチに座った。
「ところでセンナノはオペラショーに行ったことはある?」
「……」
ロズとイノリが戻ってきたのは一時間後だった。
俺達四人は戻る予定の無かった森の中を歩いている。
相変わらずロズとイノリは楽しそうに喋っており、俺はユーマと先頭を歩いている。
「でね、ユーマさんったら必死になって鍛え始めて~」
「センナノさんがね、私が困っているとすぐに優しくなって~」
なにやら俺達のことを話し合っているようだが、俺は聞かない、もしくは記憶に残さないように流した。
「センナノはこの森で過ごしていたんだよね?」
「ああ」
「俺は意識が宿ったのか、あの町で急に誕生したっていうか、その時からイノリとは一緒に行動してたんだ。なにを目的とすればいいのか、何故生きているのか、そんな悩みの中でイノリの他者への気遣いを見る中で分かったんだ。人助けをするために俺は生まれてきたんだって」
「へぇ」
「変かな?」
「……赤ん坊ってのは愛情がないと死ぬらしい。抱き締めたり、声を掛けたり、笑ってみせたり、愛を伝えるあらゆることを断たれた赤ん坊は生まれた意味を得られずに死ぬんだ。お前の言っていることは本質という当たり前のことであって、目標にしたところで終わりがねぇよ」
「終わりって、そんな。終わらないと駄目な理由があるの?」
「イノリって奴は別に他人を助けたくて生きている訳じゃねぇだろ」
「それは……分からないよ」
「じゃあなんでお前と一緒に行動してるんだ。お前はもっと身近に居る大切な人を真剣に考えることだな」
ユーマは黙った。その視線はイノリへ向けられる。
ロズが何故イノリと仲良くなろうとしているか、付き合いの短い俺にはその思惑を読み切れない。しかしユーマにはイノリの考えていることが分かるはずだ。
ユーマは柔和な笑みを浮かべて前を向く。
「……楽しそうじゃないか、センナノ」
「そうだな……」
「打算があったとしたって、それはほんの一部じゃないかな。意識は一つだけじゃない、純粋にこの出会いを喜んでいる部分もある。俺だって口ではなんとでも言い切っていても、それだけが全てじゃないよ」
「……まだこのままでもいいってことか」
「今は人を助けたいという気持ちの割合が大きい。それを強引に捻じ曲げたら、俺はきっとイノリが気に入ってくれている俺じゃなくなる。時間はそんなに残酷じゃないって思うんだ」
余計なお節介だった。
……さて、目的地は近くなってきた。緑一色だった森に彩りに溢れた植物が多く見えてきたのだ。
他では育たない濃い魔素によって根付き、珍しい薬草などが生えている。
このまま俺が進めば妖精達は俺を嫌うだろう。なにせ、他言無用の地を出会って間もない人間に教えているのだから。
俺は歩みを止めた。
「縄張りは近い。このまま色とりどりな植物を辿っていけば妖精に会えるだろう」
「もしかして、センナノは行かないの?」
「馬鹿。後はお前達次第だぜ」
別れの挨拶もせずに、俺はユーマとイノリを置いて引き返す。
「さようならユーマさん、イノリちゃん!」
「またねロズちゃん!」
ロズは明るい笑顔で手を振り、俺の肩に座った。
その後、二人の姿が見えなくなったところで俺は止まる。
「なんか、すげぇ良い奴らだったな」
「素直ではないですか」
「いつも俺は正直だっての」
祈ることは普段はしないが、二人の旅路の無事を願おうとしている。この先不幸が起きれば寝覚めが悪そうだ。
俺はポケットから召喚石の指輪を取り出す。
「それってビッグラウドッグというものですよね。試してみましょうよ」
「ああ」
……使い方は分からないが、取り敢えず『出ろ』と強く念じてみた。
すると指輪から黒い魔素が発生した。それは地面に放出され、黒いもやの中から姿を現す。
毛に覆われ、耳は天に突き刺すようにピンと立ち、大きく吠えると鋭い牙を覗かせる。
これが……ビッグラウドッグ!
「──かわいい~!」
ロズの甲高い声が響いた。
それは──非常に小さかった。
俺の膝ほども届かない背丈であり、瞳は愛くるしく、フワフワの尻尾をブンブンと振っている。
その犬は俺の足に前足で爪を立てて登ろうとするも、非力さか、それともこれがコミュニケーションなのか、ぴょんぴょんと跳ねている。
仕方なく抱えてやると、ビッグラウドッグは小さな舌で俺の顔を満遍なく舐め回し始めた。
「アオン! アン! アン!」
「やかましいなぁ」
「懐かれてますね!」
「懐かれてもさぁ」
当初の目的とは真逆を行く存在に呆れてしまいそうになるが、あまりの愛嬌に頬が緩んでしまう。
「ビッグラウドッグですよね? もしかして凄くやかましい犬という意味なのでは?」
「召喚石ってペットショップなのかよ」
「かなり憶測ですが、このビッグラウドッグは敵の注意を惹きつけることが得意なのではないでしょうか」
「だとしてもさぁ、お前相当人懐っこいだろ? 敵とかそういう物騒なことに使うと人間性が欠落しそうだぜ」
キャン! と返事をしたかと思えばさらに俺の顔中を舐めてきやがる。
良いことをすると、悪いことが出来なくなるものなのかもしれない。




