淑女の秘み事
面白い、と思っていただけたら幸いです。うーん、もう少し、大人な話をいれようか考えましたが、一旦、彼女達は穢れを知らない無垢な花でいて欲しいです。
程よい気候の午後。ある屋敷のティーサロン。ガラス張りの広い温室を兼ねたその部屋で、ガーデンテーブルの上にはアフタヌーンティーのセットが絵本の世界のように、鎮座されている。可愛い色とりどりの菓子や果物は、白磁のようなすべらかな指先に摘ままれて、花の蕾のような唇に吸い込まれていく。妖精のような、甘やかな笑い声は、健康な若い男ならくらりとしてしまうだろう。しかし、笑い声だけなら、だが。
「…で、どう?クラスの男どもは。」「そうねぇ、ちょっと…。」「話にならないわね。」「紳士じゃないわ。」辛辣な言葉を話すのは、年の頃、16、7のお嬢様方だ。「早く婚約者をみつけなきゃいけないのに。」「あたし、後妻にさせられるなら、尼になるわ。」「金持ちなら、いいじゃない?」「それか、老い先短いか。」「嫌よぅ。この体に、しわくちゃの手が這うとか…。」「ひぃいっ!」「怖い!」「やだ、想像しちゃったじゃない!」内容は、見た目とまるで伴わない。「1つ上の先輩方は?」「確か…伯爵家のミゼル様、子爵家のマルセル様、侯爵家のガイン様、同じく侯爵家のジゼル様、伯爵家のセドリック様ね。」「伯爵家なのに、婚約者がいないの?」「あら、マリー知らないの?」紅茶を一口飲んで喉を潤してから、「セドリック様、一学年下のリリア嬢にご執心なのよ。」「でも、リリア嬢には…」「そう、あたし達と同学年にいる、マーカス。彼が婚約者だわよね。」「ベルって、こう言う話、詳しいわよね。」「うふふ、あたくしのお姉様からの情報よ。」ベルは、赤いさくらんぼのような唇でクスクス笑う。「でね、本人は言うワケよ。『ただの幼なじみだ、恋愛感情なんかない』ってね。」「やだ、それセドリック様の真似?」キャッキャッと笑い声がこぼれる。「けど、ご近所なのをいい事に毎朝一緒に登校されてるの。」「えぇー、それはちょっと…。」「いやらしい真似よねぇ。」「女々しいわ。」針のむしろである。「わたくし、マルセル様ならいいと思うのですけど。」「あら、アンナはマルセル様が気になるの?」四人のレディ達は、アンナ嬢に体を寄せる。「気になるっていうか…。わたくしの家が侯爵家でしょ?子爵家のマルセル様なら上手く補佐をしてくれるんじゃないかしら。」彼女達も、自分の好き嫌いだけで考えていられないのだ。領地や領民、貴族として相手を見ている。「確かに、一理あるわね。」「ベルってば、手厳しいわ。」「やだ、何も言ってないじゃない。まだ。」「まだね。」アンナ嬢は、みずみずしいブドウを1つ、口にいれる。「確かに、マルセル様って他の方より落ち着いた方って印象よね。」「あら、リジーもマルセル様を狙っているの?」「狙ってるなんて、よしてよ、マリー。ただ、他の方がたって…。」「ガイン様に、ジゼル様、それとミゲル様かしら。」「そう、その三人。」リジーは、色ちがいの焼き菓子を3つ、皿に並べる。「ガイン様は、侯爵家ですけど辺境で外部からの侵略を守るお家柄。」赤いベリーの焼き菓子を指差す。「同じく侯爵家のジゼル様。彼の家は内陸部の領地で広大な田畑を治めていたはず。」クリームが乗ったパイを指す。「リジー、凄いわね。」「よく覚えているわね。」「大事なことじゃない。パティもマリーも他人事じゃないわよ?」そして、砂糖でコーティングされたアーモンドのクッキーを指差し、「伯爵家のミゲル様。彼は…ねぇ。」リジーは、頭を悩ます。「何?何かあるの?」「別に、変な噂は聞かないけど。」「そうねぇ、ガイン様やジゼル様なら聞くわね。」「え、アンナ、聞いた事あるの?」「わたくしにも、ベルと同じで情報網があるの。」ウフフっと笑うその頬は、まるで白桃のように香り立つ。「ねぇ、どんな話?」「パティ、クリームが襟に付くわよ?」「ガイン様は、体力が優れていらっしゃるわ。学年どころか、学園が始まって以来の武勇に優れた方らしいの。」あらぁ、と四人のレディ達は感嘆の声を上げる。「なら、騎士団長も、夢じゃないのでは?」「箔がつくわね。」パティとマリーは、ウキウキと聞いている。が、チッチッチと指を振り、アンナは淑女らしくない仕草をする。「頭が今一つなの。団長になろうって方は、作戦やその場の戦況を見て、先手先手を読まなきゃならない。それが出来ないのよ。」はぁーっとため息がカップにこぼれる。「なら、ジゼル様は?」ベルがクッキーをパクりと食べる。「ジゼル様は、気性としてはお優しい方なのよ。けれど、一度挫けたら、まあ~長い間、凹むのよ。」「えぇ~。」「面倒だわぁ~。」五人のレディ達は、どんよりと暗くなる。「ほんと、失敗しましたわねぇ。」ベルがカップに自分で紅茶を注ぎ足す。「出遅れたのは仕方ないわよ。」アンナは、頬杖をついて話す。「自分の伴侶を探すどころじゃなかったじゃない。」「上位貴族って、結果、一番損な役回りじゃない?」「自分の責なら、諦めもつくけどねぇ。」「王族、って言うか、姫様に振り回されたわよね。」彼女達は、第二王女の学友として学園に入った。のは、いいのだが、この王女、我が儘、気儘。お世話係も兼ねる彼女達は、伴侶を探す暇もなく王女の勉学や学園生活の世話に走り回り、挙句の果てに王女は昨年末、隣国に嫁いでいったのだ。その頃には、婚約者候補は既に新しい婚約を結び、五人は途方に暮れたのだった。「このままじゃ、父に勝手に決められてしまうわ…。」ベルは眉間を揉む。「わたしも、せめて心安い方がいい…。」パティは、冷めた紅茶を飲み干す。「贅沢は言ってられないわよねぇ。」とリジー。「マルセル様は、わたくしに。おねがいっ!」と、手を祈るように組むアンナ。「で、ミゲル様は?」と、マリー。「ミゲル様は、良くも悪くも…。」「普通ね。」アンナとベルが答えた。「普通?」「そ、普通。」「伯爵家のお生まれだけど、偉ぶらないし。でも、お人柄が優れているかといったら…。」「違うわよねぇ。」えぇーなにそれぇ。マリーが、不満を訴える。「何?気があったの?」リジーが尋ねる。「んー、可愛らしいじゃない?あの、栗毛の髪。」「それだけ?」「今のところはね。」マリーは、アーモンドをパクり、カリカリと食べる。「まぁ、収まる所に収まるわよ。相手だって、迂闊な所に手を出すワケにいかないわ。」ベルは赤い焼き菓子を摘まんで口に運ぶ。パティは、クリームのパイを食べながら、「幸せな結婚がしたい…。」とぼやく。
午後のティータイム。誰も知らない秘密の時間。彼女達は、焼き菓子のような甘い夢を見るより現実を見ている。自分で切り開ける未来は、今、この時しかない。伴侶を娶れば、自分は子孫を残す役回りにされてしまう。自分を自分たらしめんと出来るかは、伴侶をいかに手の平で上手く転がせるかに、かかってくるのだ。「わたくし、諦めませんわ。」リジーは、木苺のジャムのサンドクッキーを齧った。甘酸っぱい香りが口に広がる。




