お父さんの夏休み
お父さんの夏休み
「ねぇ、お父さん。夏休みの宿題で―お父さんのこと―っていう作文があるんやけど、なに書けばいいかな・・・」
「そうやなぁ・・・・・―おとうさん夏休み―はどうや?」
少し考えて父親はひらめいたようだ。
「そんなの、一日中ゴロゴロしているだけです、で終わりやがいね」
一行で終わる。いくらなんでもひどすぎる・・・と、広は思った。
「そうじゃないわ!―おとうさんの子供のときの夏休みについて―っていう題名や」
「ふーん。じゃあ、それにしよ」
夏休みのはじめのころは、お父さんは町内の子供会でいろんなプールがある県民プールに遊びに行くのが待ち遠しかったそうです。いくつものプールがあって楽しかったけど、とくにスライダープールという、ものすごく高いところから滑り落ちるやつが楽しくて、お父さんは何回も列に並びました。
幼なじみと、ラジオ体操の前に早起きして隣町の川沿いの木にクワガタ取りにいきました。でも捕まえるのは幼なじみばかりでお父さんはあまり取れた覚えはないと言っています。
「それってどこ?ぼくも行きたい」
と、お父さんに言いましたが、
「その場所はもうないよ。いつの間にか川はコンクリ―リートになって、その木はなくなっていた」
と、言われました。残念です。
市内の屋外プールに、お父さんは毎日通いました。小学生は50円で、プールのあとに自動販売機で買う60円のミックスジュースを飲むのが決まりだったそうです。夏休みが終わるころには、真っ黒に日焼けしていました。お盆が終わると、プールは急にひとが少なくなったそうです。一日ごとに日差しは弱くなり、風は涼しくなって、少し寒いくらいだったそうです。もうすぐ夏休みが終わると思ったら、急に淋しくなったそうです。
よく見かけた女の子の姿も見えなくなりました。つぎの夏休みも彼女はここに来るかなって思ったけれども、2学期になるとそんな気持ちは忘れたそうです。つぎの年にその女の子を見て、思い出すこともあったり、なにも思わなかったかもしれなかったと言います。
「ねぇ、その女の子はお母さん?」
「名前も知らない子」
「なんだ・・・」
ときどき夕立がありました。そのころは、気温はいまよりも低かったようにお父さんは思っています。30℃くらいあればものすごく暑い気がしました。今のように35℃になったことはめったになかったと思うとお父さんは言います。それは都会のことだと思っていたそうです。
花火大会がありました。花火に近づいて見上げると、花火は真上に大きく丸く広がっていて、薄っぺらいものを想像していた、お父さんはびっくりしたと言います。
お盆のころになると、おじいちゃんとおばあちゃんは、ものすごく忙しくなりました。お盆のお供えにする菊の花をつくっていたからです。毎日朝から夜まで、お父さんが起きる前から寝たあともお仕事をしていました。お父さんにもできることがあったから、なるべく手伝うようにしていました。
お盆になると、おばあちゃんのお里に泊まりにいきました。お里のひいおばあちゃんはやさしくて、いとこたちとも遊びました。バドミントンをしました。夜は蚊帳をつってみんなで寝ました。とても楽しかったそうです。
「いとこって誰のこと?」
「聡子おばちゃんと明美おばちゃんと浩子おばちゃん」
「なんだ」
「聡子ちゃんと明美ちゃんは姉妹。聡子ちゃんがお姉さん。浩子おばちゃんのお父さんと広のおばあちゃんが兄妹だ」
「そうなんだ。知らなかった」
8月の終わり頃に稲刈りがはじまります。
おじいちゃんたちは長袖でした。麦わら帽子を被っていました。
それでも暑さはあまり気にならなくなっていました。
お父さんはお手伝いをしたかったけれども、稲刈りには子供がすることはないと言われました。仕方なく小川に木とか草なんかを浮かべてどこまで流れるのか探したりして遊んでいました。田んぼのすぐ近くに線路があったので、すごい近くで電車を見ることができて楽しかったそうです。畑仕事を手伝うことを「人夫」と言いました。「お茶」の時間になると、ひいおばあちゃんがいろいろ持ってきて、みんなでお菓子を食べたり、ジュースを飲んだりしました。
夏休みが終わりに近づきました。
ラジオ体操は、お父さんの頃は2学期直前までありました。
ラジオ体操のスタンプは全部押してもらいました。
まともに宿題をやりきったことはなかったそうです。
ワークブックも途中です。読書感想文は本を読んでさえいなくて、自由研究はなにも考えてもいない。
結局ほとんどを踏み倒したそうです。
それでも先生からはなにも言われませんでした。
「なんで?先生はなにも言わないの?」
「ん・・・・・お父さんにもわからない。そういう時代だったから?」
「いいな」
それが、お父さんが小学校高学年のときの夏休みでした。




