第1話 婚約破棄は、公開処刑のように
王城大広間は、祝宴の音楽に満ちていた。
本来なら――それは、私のための夜だった。
シャンデリアの光が降り注ぎ、貴族たちの衣装が宝石のように輝く。王国創立記念の舞踏会。王太子殿下の隣に立つ婚約者として、私はここにいるはずだった。
……はずだったのに。
「リリア・フォン・エルセイド伯爵令嬢。君との婚約を、ここに破棄する」
楽団の演奏が止まった。
静寂が、刃のように広間を裂く。
私はゆっくり顔を上げた。
正面には、この国の次代の王――王太子レオンハルト殿下。そして、その腕に寄り添う見知らぬ令嬢。
淡い金髪に、眩しいほどの笑顔。
周囲の視線が彼女に集まっている。
「理由は分かっているだろう?」
分かっていないから、私は沈黙しているのです。
そう言い返す勇気は、喉の奥で凍りついた。
「君の魔法は無能だ」
ざわり、と貴族たちが揺れた。
「三年間、宮廷魔導士団で検証した結果――君の魔法は“何も起こらない”。王太子妃に相応しくない」
くすくすと笑い声が漏れる。
視線が痛い。
知っている顔ばかりだった。
幼い頃から挨拶を交わしてきた人たち。
私を「将来の王太子妃」と呼んでいた人たち。
誰も、否定しない。
「代わりに紹介しよう。新たな聖女候補、セレナだ」
拍手が起きた。
彼女は一歩前に出ると、誇らしげに杖を掲げた。
「ご覧ください!」
次の瞬間、光が爆ぜた。
花弁のような魔力が空中に舞い、黄金の蝶となって広間を飛び交う。歓声が上がる。
「すごい……!」
「これが聖女の力か!」
――綺麗。
そう思った。
同時に、胸の奥が静かに冷えていく。
「対して君はどうだ、リリア」
レオンハルト殿下が、ため息をつく。
「詠唱しても何も起こらない魔法など、存在しないのと同じだ」
私はドレスの裾を握りしめた。
違う。
何も起きていないわけじゃない。
ただ――誰にも見えないだけ。
「……申し開きは?」
広間中の視線が刺さる。
言えばいい。
説明すればいい。
私の魔法は、“魔力を読む”力。
魔法陣の意味を理解し、契約式を解析し、暴走を未然に止める。
派手な光は出ない。
歓声も起きない。
でも――。
(誰も、必要としていない)
気づいてしまった。
この場所では、結果より“見栄え”が価値なのだと。
「……ございません」
自分でも驚くほど、声は穏やかだった。
ざわめきが広がる。
殿下は満足そうに頷いた。
「では決定だ。婚約は破棄。君は王都から退去してもらう」
追放。
その言葉は、あまりにも軽く告げられた。
書類が差し出される。
既に署名まで用意されている。
――最初から決まっていたのだ。
私は羽ペンを取った。
震えると思っていた手は、不思議なくらい静かだった。
さらり、と名前を書く。
インクが乾く前に、何かが終わった気がした。
「聞き分けがよくて助かる」
殿下の声が遠い。
私は一礼した。
「今まで、お世話になりました」
形式的な言葉。
けれど、それ以上は出てこなかった。
背を向け、歩き出す。
誰も止めない。
楽団も再開しない。
ただ、視線だけが追いかけてくる。
大広間の扉に手をかけた、その時――
背後で小さな声がした。
「……あれ?」
宮廷魔導士の一人だった。
「結界術式が……読めない?」
私は足を止めなかった。
重い扉が開く。
冷たい夜風が頬を撫でた。
王城の灯りが背後で遠ざかる。
その瞬間。
胸の奥に、ぽっかりと空いていた何かが――少しだけ軽くなった。
(もう、頑張らなくていいんだ)
涙は出なかった。
ただ、静かに思う。
これから、どこへ行こう。
役立たずの令嬢に、居場所などあるのだろうか。
――この時の私は、まだ知らない。
王国中の魔法が、
たった一人の“役立たず”によって支えられていたことを。
そして。
私を正しく評価する人物と、まもなく出会うことを。
その名は――
アルヴィン・クロイツェル公爵。
後に「王国最高の魔導統括」と呼ばれる男だった。




