05 叫び声が鳴りやまない
ありがたい話だが仕事が多くて手が回っていない。
現在美空町はなぜか頻繁に怪物が街で暴れるため、建造物の解体業が非常に盛んである。
世間一般的に見てあまりいい状態ではないのだろうが、怪物が暴れ回った後は建物が倒壊する危険があるので、うちを含め解体業者に話が回って来る。お陰様で儲かっている。
それはそれとして、怪物の出現頻度が上がると、そこまで大きいわけではないうちの会社みたいなところは手が回らなくなるのが問題だ。
故に、ここしばらくは社長である俺自身も、現場に出てショベルカーとトラック乗り回しているわけだな。
やっぱ俺、現場出ている方が好きだわ。他者のお偉方と会って色々取り決めるのが必要なのはわかっているが、何より重機を動かす感覚が好きだ。ガキみたいな話だが、操縦席っていうのはいくつになってもわくわくする。
一通り今日の作業は終わったので、一緒に来ていた椎名を先に帰えらせ、一息つく。
ショベルカーの操縦席のドリンクホルダーに入れっぱなしのペットボトルを取り、辺りを見回す。この調子なら工期通りに作業も終わるだろう。
ショベルカーの鍵は引き抜いた。飲みかけのペッボトルも回収した。よし、忘れ物はないな。
なんて、悠長にしていたらですよ。
地響きのような叫び声が辺り一面に響き渡る。怪物だ。
は? マジで?
この街の住人なら一度は聞いたことがあるだろう叫び声。先日間近で聞いた時は唸るような声だったが今回は咆哮のようなそれと同時に、人の悲鳴まで聞こえる。
まじかー。えぇ? 俺今から帰るところだったんだけど? しかもこれ近いな。どうする?
ちらりと後ろを見ればそこには廃材の山。
崩し切っているので建物の倒壊はないが、それでも廃材が崩れる恐れはある。防塵、防音用の仮囲いのせいで外の様子は見えない。廃材が崩れる危険を考えたら外へ出て逃げた方がいいんだろうが、怪物が近くにいる以上下手に外に出るのもはばかれる。
どうしたものかと、悩んでいる内に子供を抱えた母親が防塵布を潜って中に入って来た。
本来なら危険だと外へ追い出すべきなのがだが、囲いの中と外、どちらが危険かもわからない以上、首も座っていないような赤子を抱えた母親を追い立てるなんてできるわけもなく。
目が合った。
「あの、助けてください!」
この子だけでも。
と、でも続きそうな母親の顔に引き攣る。
マジか。
見つからなければやり過ごすことは出来るが、怪物が進路方向をこちらに向けた瞬間、廃材やらなんやらで怪我をする可能性が上がる場所だそ? かと言ってあの母親を追い返すことも出来ず。
「こっちだ」
不安にさせないように努めて落ち着いた声を出す。
廃材の影よりはマシだろうとショベルカーの影に呼び寄せた。それでも危険なことには違いないんだが。
そんなことを考えているうちに一際大きな咆哮が聞こえ、バリバリとまるで紙でも引き裂くように囲いが鋭い爪で破られ怪物が顔を覗かせた。
お前、防塵布使い回してるんだぞ! 何してくれやがる! ただでさえ手が足りてないって言ってるのに、工期伸ばすようなことしてくれるな!
何て俺の叫びは露知らず、完全にこちらに狙いを定めたのか怪物が雄々しい雄叫びを上げたかと思うと、勢いよく仮囲いを引き破っていく。
「いいぞ、やっちゃえ! バイデント」
なんか叫んでいるガキがいる。
白っぽい髪のそれこそ十歳前後の子供。空を飛んでいるので人間ではなさそうだが、壊すならガキらしくブロックで作った城でやれ。
囲いの中は四方を囲まれていて出入口は怪物がいるところにしかない。
むしろ解体現場という特性上いくつも出入り口があると防音や埃が外に出てしまうので作るべきではない。安全面でもそれは必要な措置だ。
じゃあこの状況はどうする? どうもこうもないだろ。
「できるだけ奥へ。でも廃材には近付かないでくれ」
「はい!」
泣きそうな顔で子供を抱える母親を経たせて背中を押す。
本当になにやってるんだろうな、折角魔法少女に助けられたってのに、今度は自分から怪物に向かって行こうなんて。
さっきポケットの中に押し込んだ鍵を取り出す。
無造作に放り込んだ小銭がうっとうしい。今度からはちゃんと財布を使うべきだな。なんて、余計なことを考えつつショベルカーに飛び乗り、鍵を回してエンジンを吹かした。
仮囲いの一面を完全に壊した怪物が、雄叫びを上げてこちらに歩み寄ってくる
「何アイツ、あんなので抵抗しようっての?」
このショベルカーが二本アームだったなら怪獣映画よろしく怪物と取っ組み合いも出来たんだが、三本爪のアームじゃさすがに頼りないか。
近付こうとする怪物相手にショベルの首を振って、寄らせないようにする。
こうしている間に隙を見てあの親子には逃げ出してほしいんだが、あのお母さんにそれは酷だな。
近付けないことにしびれを切らしたのか怪物が、低く唸り声をあげて四つん這いになって背を低くした。
これは突進してくるか。
そうなってしまうとさすがにショベルカーでは分が悪い。背後からあの母親の悲鳴が聞こえる。やるべきじゃなかったとは思わないが、これ以上はどうにもできそうにないな。
浅く息を吐く。
せめて突進の軌道さえ帰られればあの親子は。
「フラワーウォール!」
高い女の声と同時に視界がピンクに染まった。
俺はこれを知っている。
重機の前面を覆うガラス越しにピンクの花弁が舞い、はらりと散っていく。
ふわふわしたスカートを翻し、ピンクの髪をした魔法少女が、この前と同じように俺の前に立っていた。
「花びら舞い散る愛の光! フェアリーピンク! 助けに来たよ、お兄さん」
ふわりと、魔法少女が俺を見て笑った。
「出たな! プリズムトリニティ!」
空を飛んでいたガキが叫ぶ。
魔法少女ってそんな呼び名があったのか。
「今の内に」
「あ、あぁ」
青い魔法少女に促されてショベルカーを降りれば、視界の端で黄色い子に促されて脱出する親子が見えた。一先ず安心、なのか?
いや、現場で戦われることには、何一つ安心できないが。
「街を壊す悪い子には、きっちり反省してもらうんだから!」
ピンクのこの声を聞きながら親子と合流して避難する。
果たしてこの場合、行政から補助金は出るだろうか? 会社の備品だし保険は入っているが、ことが終わった後ショベルカーは無事なのだろうか?
そして、俺たちは工期を守れるのだろうか。
すっかり命の危険が遠のいたからか、そんなことばかりが頭を巡った。
喉元過ぎればなんとやら




