31 ため息ばかりの人生だ
十二月二十八日。
今日は仕事納めというやつだ。
前々から言明させていた通り、現場の仕事は前日までに終わらせて今日は片付けのみ。
事務方は皆で社内の清掃をして、午後は社員全員で会社に集合して、仕事納めの集会を行い早々に解散した。
いやぁ、小さい会社だからできることだな。母さんなんて朝はスーツケース片手に出社して、終業と共に颯爽と旅行に旅立って行ったぞ。
何処に行くとは最後まで言わなかったが、なんとなく父さんのところの気がする。今どこだったかな。
この前謎の「カンガルーはいません」とプリントされたTシャツを送って来たし、オーストリアかその辺りのヨーロッパにいるとは思うんだが。
晴れやかな顔で帰って行く社員を全員見送って、玄関横に置いてある灰皿で一服しながら残りのタスクを確認する。
会社中の窓は閉めた。給湯室のガスの元栓も締めたし、ブレーカーも落とした。重機や社用車の鍵も金庫に入れた。建物の鍵はこのタバコを吸い終わったら、いつも外に置いている灰皿を会社の中に入れてかける。
よし、後は警備の電源を入れて、入り口のロックをするだけだな。
タバコの煙がどんよりした空に立ち昇る。
曇ってんなぁ。雨が降る予報は出ていなかったはずだが、明日の天気はどうなるのやら。
今日はこの後、特に予定はない。ないが。
明日、は、さくらちゃんと約束した日なんだよなぁ。
自分が可笑しくなっている自覚はある。本来なら女子高生をどこかに誘うとか、絶対しない。
そもそもさくらちゃんは十五、六で子供みたいなものだ。まかり間違っても恋愛感情なんてものはない。
子供は守るべき存在だ。物理的な危険からも、よくない大人からも。
まぁ俺もその良くない大人の内の一人なんだが。
……とにかく、危ないことはしないでほしい。好奇心旺盛なのか、怪物の出る街で頻繁に出歩いているようでちょっと危なっかしいんだよな。
おまけに悩み多きお年頃でもあるし。大人に言いたくないこともあるだろうが聞いてはいないが、自分にも覚えのある青少年特有の全能感には困ったものだ。
何度も繰り返すが、さくらちゃんは守るべき子供、庇護対象。
わかっている。理解している。にもかかわらず、真偽のわからない喪失を経て、無力感と後悔に苛まれ、彼女でそれをなかったことにしようとしている俺はなんなのか。
大人として、これはダメだろう。それなりに大人であろうとしてきたが、継続できていないのなら、意味がない。
こう、せめてさぁ。自分を慕ってくれる子供の前では、ちゃんとした大人でいたかったんだよ。それができなかった途端、おかしくなるのは何故なのか。俺そんなに精神的に脆かったっけ?
鬱々と考えながら息を吐く。
これが冬季うつか、最近急に寒くなったしなぁ。
石川ちゃんも寒暖差でしんどいと言っていたし、気圧だとか自律神経だとかが影響しているんだろう。そう、きっとそうだ。……さすがに、二十六だし年齢のせいとかはないよな?
多分、最近ため息が多いのも、そういう目に見えないよくわからないやつらのせいだ。うん。
すっかり短くなったタバコを灰皿に押し付ける。最近タバコの本数が増えているのも、年々タバコの値段が上がっているのもやつらのせい。に、しておこう。
ぐっと伸びをして凝り固まった肩をほぐす。
帰る、前にあれを回収しないとなぁ。
今一瞬、会社の駐車場の向こうに見慣れた人影見えた。
こちらを伺うように背伸びをしたり、引っ込んだり。何ともまぁ、可愛らしいことである。俺が見ているのに気が付いたのか大きく手を振りだした彼女に手招きをする。
少し小走りで、それでも弾むような笑顔でお嬢さんはこちらに向かって駆け出した。
さて。この鬱陶しい考えをさっさと切り替えますかね。
「何してるのよ、さくらちゃん」
「えへへ、会えるかなって思ってきちゃいました」
コートを着込んだお嬢さんがへらりと笑った。
明日会う約束をしているのに、わざわざ来なくてもいいのに。
「明日、ですね」
「そうねぇ。お昼に駅前で」
「はい!」
嬉しそうな顔ではにかむさくらちゃんに、そんなに楽しみかねと内心、自分とお嬢さんの感性にギャップを感じてる。
そんなに楽しみなもん? 普通に商業施設で映画見てうろうろするだけよ?
「遅れちゃダメですからね!」
それでも、念を押すさくらちゃんに安心している自分もいて呆れそうになる。
変わらず慕ってくれるのは嬉しい。いつか彼女がどこかに行くとしても、カロンの時のような無力感に苛まれないような別れにしたい。保護者でもないくせに随分とまぁ望み過多だこと。
大人として振る舞いたい理性と、保護者面したい欲求のギャップで風邪を引きそう。
「それじゃあ! ご用はそれだけなので」
「こらこら、待ちなさいよ」
お邪魔しました! と元気よく立ち去ろうとするお嬢さんを引き留める。
わざわざ寒い中来たんだし、もうちょっとだけ付き合いなさいよ。
「送ってくから、ちょっと待ってな」
ポケットから鍵を取り出す。灰皿だけ会社の中に入れて、車を出そう。
こんな寒い中歩かせられない、なんて言い訳をしてさくらちゃんの家の近くのコンビニまで送ろう。
全く、悪い大人だなぁ。どうしようもねぇや。
どうしようもないついでに、さくらちゃんを送って帰りに年末年始用に色々と買い溜めに行くかぁ。
自分の卑怯さを自覚しているくせに、手放してもやれない弱さ




