21 蚊帳の外
「よう! コーキ」
まだ生温い空気にタバコの煙を馴染ませていたら、急に声をかけられた。
暑さの残る九月の半ば。約二週間ほど姿を見なかったカロンが、特に何も変わった様子もなくそこに立っていた。
新学期も始まったことだし、解体現場の観察はもう飽きたのかと思っていた。
小学生の世界なんて目まぐるしく変わっていくものだろうに、わざわざ会いに来たカロンはやけに明るい口調で。それが逆に何かを気にしているようにも思えた。
一先ず、肺の中に残っているタバコの煙を全部吐き出して、換気のために開け放っていた車の中に半身を入れる。
同業他社との懇親会という肩がこる話を終えて、一服していたところだったのだが。まだ半分しか吸っていないタバコを惜しみつつ、灰皿に押し付けた。
「何してんだ?」
「何って、休憩だ休憩。お前は? 最近見なかったけど」
「べっつにー? オレだって忙しいの!」
「そら失礼いたしました」
二週間のブランクも気にもせず、以前と同じように絡んでくるカロンはけらけらと笑っている。
ジュースをねだったり生意気を言ったり。ただ一つ以前と違うのは、散々ごねて騒いでいた「解体現場を見せてほしい」とせがまないことだけ。
飽きたんだろうなぁ。もしくは別のことに夢中になり始めたか。今日俺に話しかけたのだって、久しぶりに見かけたから気になっただけかもしれないし。
いささか薄情な気もするが、現場に入り浸られるよりはずっと健全なのでいいか。
「そういえば、さくらちゃんとは何かあったか?」
「……なんもないし」
お前も気にしてるのかよ。同じような反応しちゃってまぁ。
さくらちゃんもまだ幼いところがあるが、カロンもまだまだ子供だな。何? さくらちゃんとケンカしたから顔合わせ辛くて遊びに来なかったの?
俺のいないところでもちゃんと交流があったようで、いつの間にかケンカする程度の仲にはなっていたようだ。
ツンッと拗ねたようにそっぽを向くカロンが面白くて、思わず手を伸ばした。
「ケンカしたなら、早めに仲直りしろよ」
「別にケンカなんかしてないし!」
「はいはい」
怒気のこもった声を上げるカロンを宥めるために頭を撫でてやる。かき混ぜた黒髪があちこちに跳ねた。
ははっ、ちっさい頭。
そのままぐりぐりと撫でているとだんだん大人しくなる。こいつ割と撫でられるの好きなんだよなぁ。
特にこの後予定もないし、どうするかねぇ。なんて考えていると、手のひらの下から、いつになく覇気のない声が聞こえた。
「……なぁ、大人ってムズカシイな」
「何よ、なんかあった?」
「大人ってセキニンを取るもんなんだろ。わかんねぇなって」
されるがまま、つまらなそうに遠くを見てカロンが口を開く。
言いたいことはわかるが、お前が言うのか。まだ十歳そこらでしょうよ。何があってそういう考えに至ったかは知らないが、子供のうちから大人とか責任とか考えなくてもいいんじゃない?
ぐしゃりと、もう一度カロンの頭を撫でる。不満そうにカロンが俺を見上げた。
前にも言ったが、もっとゆっくり大人になってくれ。
子供は子供の内にしか見えないものも、できないこともあるんだから、余計なこと考えてないで精一杯子供を満喫していてくれよ。
「急いで大人にならなくていいよ」
「大人にならなきゃセキニンは取れねぇだろ」
「何? そんなにセキニン取りたいわけ?」
「イイオトコは逃げたりしないからな!」
わぁおっとこまえー。
冗談は置いておいて。好きな子でもいんの? そういうセキニンの話? 最近の子供は本当にマセてるな。
いや、なんかで最近の子は小学生でも彼氏彼女がいる子が大半って見たぞ? お前もその口か。
せめて高校出るまでは健全なお付き合いの範疇でいなさいね。それこそまともな判断能力も責任能力も乏しい状態なんだから。
「あ、孝樹さん」
なんて最近の少年少女の恋愛事情に思いを馳せていれば、まだ大人になり切れていない少女らしい声で名前を呼ばれて。俺のことを名前で呼ぶお嬢さんは今のところ一人しかいないのよ。
妙に聞き慣れた声につられそちらを見れば、何とも気まずそうな顔でさくらちゃんがこちらを見ている。
あの、君ら健全な小学生と高校生なんだから、おっさんが一人パーキングでタバコ吸っているところに集まるのやめない?
だからといって、解体現場に集まられても困るんだが。もっとこう、健全な青少年が好みそうなところに集まれよ。
二人の間に何かあったか知らないが、お互いにまだ引きずっているみたいだな。
そんなに引っかかるなら仲直りすればいいのに。二人とも意地張ってないでさぁ。一言謝るか、いっそ何もなかった態で話しかけてお互いやり過ごしてしまえば楽なのに。
なんというか、煮え切らないなぁ。二人とも。思春期の少年少女らしいといえばらしいが、こう、本音でぶつかり合えるのも子供の特権でしょう。
大人は気が付いたらそういうのできなくなっているから、今の内に経験しときなさいよ。
「えっと、久しぶり。カロン」
「……」
あーあーあー。
これ、やっぱり俺が少しでも手を貸した方がいいのかねぇ。




