20 からまわり
九月に入った。
だからといって何か急激に変わるわけでもなく、引き続き残暑は続いているし、怪物だって元気に街を襲いに来ている。
彼らにはもうちょっと遠慮してほしいとも思うのだが、彼らのおかげで儲けさせてもらっているので何とも言えない状態だな。
ああでも、一応変わったこともあるのか。
九月に入り、世の学生諸君は夏休みが終わり学校が始まったらしい。つい最近までよく私服でうろうろしていたお嬢さんが、また制服にフォームチェンジしていた。
先週は落ち込み気味だったさくらちゃんも、少しずつ元気を取り戻しつつあるのか、見かけると笑顔で挨拶してくれる。
抱えていた問題が解決したかどうかは知らないが、前を向いているようで何より。
「孝樹さんは、悩み事を誰に相談します?」
そういったさくらちゃんの表情は、どちらかというと好奇に満ちていて。
恐らくこれは深刻なやつじゃないな。単なる興味か、世間話の範疇。何かしらの相談を持ちかける前振りではないと思う。
「あー。誰、か」
悩み事ねぇ。社長という役職上悩みには尽きない立場であるが、有難い話、うちは頼りになる人材が揃ってるんだよなぁ。
事務周りは母さんと高橋さんがいるし、石川ちゃんだってメキメキ成長している。現場については、田中のじーさんに振れば大抵何とかしてくれる。親父、人材の確保上手かったんだなぁ。
「仕事についてなら、社員と相談するなぁ」
「ふーん。友達とかは?」
「悲しいことに、大人になると友達と気軽に遊べなくなるのよ」
「そうなんだ」
まぁ人によるが、どうしてもこう、学生時代の友達とは予定が合わなかったり、他に優先しなきゃいけない用事があったりで会う頻度が落ちてくる。
後、大人になると遊びが飯食ったり酒飲んだりになるのもあるかもな。
「孝樹さんもちゃんと気分転換できてる? 一緒に遊びに行く?」
「なんで俺が心配されてんのよ」
「だって、その、うん」
何とも言い難そうに言葉を選んでいるお嬢さんに視線を落とす。
女子高生に心配されるほど疲れた顔してたか?
いや、この間学生時代の友達から、当時のクラスメイト一人が怪しい宗教にはまっているらしく「お前のところにも来るかもしれないから気を付けろ」と忠告を貰ったし、何なら本当に来たけどさ。
とうとう知り合いの中から宗教やねずみ講に闇落ちした奴が出たかと、仲間うちで酒の肴にするしかなかったよ。
でも今、心配されるべきは俺よりもさくらちゃんの方でしょ?
「気分転換したいのも遊びに行きたいのも、さくらちゃんの方でしょ」
そう吐き出すと、驚いたように目を丸くしたさくらちゃんが顔を上げた。
え? そんなに驚くか? 最近悩みっぱなしみたいだし、いい加減悩むのにも疲れてきた頃合いなんじゃないの? それでてっきり、俺を理由に気分転換にどこか行きたいからそういうことを言い出したのかと。
「悩み事、まだ解決できそうにない?」
「……それは、はい。七海と梨穂も何か悩んでいるみたいで。これ以上相談してもいいのか、二人の悩みを聞いてもいいのかもわからなくて」
「話してすっきりする奴もいれば、一人で解決したい奴もいるしな」
当たり障りのなく答えながらも、頭を悩ませる。
まだ悩んでいるって言うなら可能な範囲で力になってやりたいとは思うのよ。でも、特別血縁もないただの知り合いである俺の「可能な範囲」が狭いので、してやれることが極端に少ないだけで。
「人付き合いって難しいよなぁ」
手を差し伸べてやりたいが、保身もしたい。保身をしないと、本来守らないといけない社員を面倒に巻き込むことになる。
何をやるにも周りの目が付いて来るって、世の中面倒だよなぁ。
ぐだぐだと言い訳ばかりを並べ立てているが、一応何かしてやりたいのは本心なのよ。世間の目が迂闊な行動をさせてくれないだけで。
いや、血縁もない女子高生に名前呼びを許可している時点で、大分迂闊ではあるんだが。
とにかく、何が言いたいかというと。
俺はそれなりにこうしてさくらちゃんやカロンに絡まれるのを楽しみにしていて、それがすでに日常みたいになっている。
その日常に不穏な影があるなら取り払いたいと感じるのは普通のことだろう?
「そういえば、カロンは見たか? 最近来ねぇんだよ」
まぁ、そう言いつつも、世間の目を敵にしてまで行動に移せるほどの気概がないので逃げるように話題を変えるのだが。
「……見てない」
「なんだよ、ケンカでもしたのか?」
ここ最近、姿を見せないカロンの話を振れば、何とも気まずそうに視線を逸らされた。
学校も始まっただろうし、友達と遊ぶので気を取られているだけだとは思うが、言いたくないなら聞きませんよ。
ただ、無理にとは言わないが言い合いになったのなら仲直りしておきなさいよ。年も離れているし、合わないこともあるだろうが、さくらちゃんそういうの引きずりそうだし。
また表情の曇ったお嬢さんを元気付けるための何かはないかと、ポケットに手を入れる。
くしゃりと音がした。手にあたった何かを取り出してみるもそれは、ポケットに入れっぱなしにして忘れ去られた熱中症対策の塩タブレットで。
包装の中で粉砕されているだろうそれをもう一度ポケットに押し込む。
さすがにこれはないわ。
世の中ままならんものだな。




