16 それぞれの役割
世の中には役割がある。
別にそんなもの意識しなくても生きてはいけるが、ある時こう……ふと、自分はもう主人公ではないのだなと、実感するのだ。
学生時代。それこそさくらちゃんと同じ年くらいの頃は、何でもできるような気がしていたし、自分が主人公のようにも感じていた。
なにせ父が立ち上げた会社を継ぐつもりでいたし、見下しているわけではないが、他の奴とは少し違うのだという、若干中二病の入った考え方もしていた。
実際、忙しいながらも世間一般の平均よりは少し上でいたいという、全人類が潜在的に持っている贅沢な願いは叶ってしまっている。
それが良いことなのか、悪いことなのかはわからないが、その分の責任も背負う結果になった。
大いなる力には大いなる責任が伴うとはよく言ったものだな。
いや、さすがに全能感だとか中二病は卒業したんだよ。同時に自分の役割も、別の何かに移行したようにも感じた。
学生を経て会社を継いで社長になったように、世界の中心で主人公だったのが、主人公に道を示してやるような。って、いうのは少し盛りすぎか。
それでも、そういう風に考えるようになったんだよ。さくらちゃんやカロンに会ってから。
「コーキはさ、なんで壊してんの?」
どことなく沈んだ表情のカロンに、一度出かけた言葉を呑み込む。
何かあったのか。聞いてもいいのか、答えてもらえる距離にいるのか。懐かれているとは思う。だが、踏み込むにはまだ浅い気がする。
「例えばだけどさ、中途半端に壊れたままの建物を放置しておくとどうなると思う?」
「どうって潰れるだろ」
「そう。その潰れた時、近くに人が居たら怪我をするかもしれないだろ? 俺たちはその中途半端に壊れた建物をちゃんと壊して、誰も怪我をしないようにしているんだよ」
なんか最近こんなの多いなぁ。
そして相変わらず、公園の自販機前でするような話ではない気がする。
「壊すの、楽しくない?」
「正直なところ、それがしたくてこの仕事を継いだところはある」
「っ、だよな!」
「でも続けてるとな、だんだん自分のしている仕事は誰かの安全を守ることであり、新しく建物を造る人たちへ繋げる行為だと思うようになった」
買ったばかりのコーヒーのペットボトルを脇に抱え、お釣りのレバーを押さずにコーラのボタンを押す。
ガコンっと低い音がして取り出し口にペットボトルが転がった。
「繋げる……。じゃあバイデントが街を壊すのは……?」
「……あちらさんが何を考えているのかはわからないが、誰かの思いを壊す行為、だと思うよ」
バイデントと言われてもピンと来なかったが、文脈からして怪物のことでいいのだろうか。
もし、カロンが言っているのが見ているテレビアニメの話なら目も当てられないがな。
「オレは、壊さないとダメなんだ。アイツら、ちゃんとやんねぇし」
「うん、それで?」
「最初は楽しかったのに、なんか、変なんだよ」
「今は楽しくない?」
「……楽しいだけじゃ、ダメなのかな」
人は皆、自分の役割を持っている。
物語の主人公のように能動的に何かを推し進めるものもあれば、誰かの背中をそっと押してやる役目もある。
「ダメじゃないよ。でも、大人になったら楽しくないことだってやらなきゃいけなくなる」
自販機から取り出したコーラの口を軽く開けてやり、カロンに渡す。
表情は、まだ浮かない。
「楽しくないのに?」
「そう。楽しくなくてもやらないと生きていけないし、周りの目だって厳しくなる。まぁ同調圧力ってやつだな」
大人になると全部自己責任だ。失敗したって、自分がちゃんとやらなかったせいになる。
だからきっと、本来は自分の手が届く範囲のことしかやらない方がいいんだよ。自分に課せられた役割以上の責任に手を出さず、自分が責任を取れない問題にはむやみに首を突っ込まない。
それが自分を、俺の場合は社員たちを守る最善手になる。
ただまぁその上で。
さくらちゃんやカロンみたいな子供も守ってやれたらなぁなんて、浅ましくも思ってしまうわけですよ。
「でもまだお前は子供だろ? 子供は馬鹿みたいに笑って遊んで、ゆっくり大人になっていけばいいんだよ」
ぐしゃりとカロンの黒髪をかき混ぜる。
子供だからか、頭が小さいな。この小さい脳みそで色々考えているのか。あんまり考えすぎると知恵熱出るぞ?
「なんでコーキは色々教えてくれるの?」
「なんでって、そりゃ大人だからですよ」
「大人……」
「そ。悪い奴もいるにはいるけど、健全な大人は皆子供が健やかに育ってほしくて仕方ないの」
適当に見えるようにへらりと笑う。
こんなことこっぱずかしくて真面目な顔で言えるもんか。
しかも本来こういうのって、結婚して、生まれた自分の子供に向けるような感情だろ? 悲しいかな、その予定がなくて。かわりに、最近知り合った子供に庇護欲向けているとか。一歩間違えれば通報されてもおかしくはない状況だ。
じゃあ結婚して子供作れって? その相手も居ねぇんだよ。言わせんな恥ずかしい。
ほんの少しだけ、カロンの表情が明るくなった。
嬉しそうな、少しむず痒いようなそんな顔。素直じゃない奴め。
「現場。これから行くけど、付いて来るか?」
「今日はいい! じゃあな! コーキ!」
機嫌も直ったのか、元気よく走り出したカロンを見送る。
危ないから前見て走れ。あとそんなにコーラ振ると後で爆発するぞ。
まぁ、元気になったらいいか。
子供心、大人は知らず。




