月寒山廃病院 ―― 癒王(中)
第2話 月寒山廃病院 ―― 癒王(中)
【202x年3月3日 午後1時12分 札幌市・社第四支部】
モニターに映るのは、血に染まった映像の断片だった。
咲は腕を組み、眉を寄せたまま沈黙していた。
黒髪が蛍光灯の光を受け、微かに揺れる。
「……心霊配信者たちの最期……ですか」
「ええ。昨夜、三名死亡。遺体は旧・月寒山病院跡前で発見されました」
葛野が書類をめくる。
濃紺のスーツに糸目の笑み。だがその手は小刻みに震えていた。
「胸部の縫合痕。臓器が一度取り出され、また戻されている。外科的処置……それも、人間の手で」
「手術、ですか?」
「何かが、そういうつもりでやってるんでしょうね」
葛野の声は静かだった。
「建物そのものが生きてる可能性が高い。十年前の火災時、病院は“院内全焼”――でも当時、遺体が一体も見つかっていません」
「……つまり、患者も、医者も、まだ中に?」
「治療を続けている可能性があります」
咲は目を閉じ、息を整えた。
「結界観測の許可を」
「上からは承認済みです。ただ――」
葛野は苦笑いを浮かべた。
「彼はまだ呼ばないでくださいね」
「……なぜ?」
「不二美さんが出ると、すべて壊れますから」
咲はスマホをポケットに入れ、頷いた。
「……分かりました。必要なのは現状確認ですね」
「お願いします。……あの病院、俺は嫌いなんですよ」
【同日 午後8時23分 札幌市・月寒区 旧・月寒山病院跡】
雪の夜。
月光が白く、空気が沈黙していた。
咲は一人、入口の前に立つ。
凍った鉄扉の前で、手のひらを掲げた。
淡い桜色の光が走り、薄い結界が展開される。
空気の密度が変わる。
温度が数度、下がった。
「……やはり、動いている」
咲は息を整え、扉を押した。
軋む音とともに、暗闇が迎える。
廊下は長い。
時計はどれも午前三時。
点滴スタンドが並び、古びた医療器具が影を作っている。
空気は乾いているのに、湿った血の匂いがした。
足音が一つ、二つ。
天井の蛍光灯が明滅する。
遠くでナースコールが鳴った。
――ピンポン。ピンポン。
咲はスマホを構え、録音を開始した。
「現象確認。ナースコール作動、外部電源なし。音源は、病棟中央より」
奥へ進む。
壁に貼られた掲示物。
『あなたの痛みは、ここで癒やされます』
その下に、赤い指跡。
咲の指先に光が集まる。
花びらのような光が壁を撫でた瞬間、
壁が――呼吸した。
白い表面が膨らみ、血管のような筋が浮かび上がる。
中から、何かが動いた。
咲は即座に後退し、結界を展開。
「付喪化、確定。建物自体が生体反応を――」
「――いたいよ……お姉ちゃん助けて。すごく痛いの」
少女の声。
足元から。
床が柔らかく沈む。
タイルの下、血と包帯がうごめいていた。
咲が跳び退く。
足跡のあとから、白い腕が伸びた。
皮膚が裂け、チューブが蠢く。
顔のない頭が、咲の方を向く。
「治療こそ癒し。壊して治療して壊して治療して……癒えるまで、何度でも壊して」
声は優しく慈愛に満ちていた。
治療は癒やし。だが治療するために壊すというのは狂気だ。
「……付喪神が狂ってる?」
床の下で、何かが脈動する。
ドクン。ドクン。
建物全体が心臓のように動いた。
咲が光を強めた瞬間、天井が裂けた。
臍の緒のような管が垂れ下がり、壁一面が笑う。
「医は壊す。壊して。治す。壊して――」
咲が息を呑んだ。
背後に冷気。
「――患者は、まだいる」
低い声が、奥から響いた。
白い影がゆっくりと立ち上がる。
包帯と器具でできた体。
その手に、血塗れの聴診器。
「我が名は癒しの王、癒王。
さあ、治療を再開しよう」
「……は?」
照明が落ちた。
闇。
息。
金属のきしみ。
咲が手をかざしたとき、
廊下の奥から、鉄を踏むような音がした。
――ドン。
何かが入ってきた。
スコップを担いだ、誰かの影。
――続く。
【解説】
『社』は、人と妖が交わりすぎないように作られた非公開組織だ。
政府の報告書には名前も記録もない。
だが、見えない場所で“均衡”を守るのが彼らの仕事である。




