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不二美さん 参る!  作者: 北上ユキ
3/5

月寒山廃病院 ―― 癒王(前)

 第2話 月寒山廃病院 ―― 癒王(前)


 【202x年3月2日 午後9時47分 北海道・札幌市・月寒区】


 雪が降っていた。

 街の光が届かない、月寒山のふもと。

 木々の影の向こうに、黒い塊が沈んでいる。


 旧・月寒山病院。

 十年前に火災で閉鎖された精神科病棟。

 看板は傾き、窓はすべて割れていた。

 外壁のコンクリートは煤けて、まるで巨大な棺のようだった。


「おー、ここか」

「マジで来ちまったな」


 三人の若者が、スマホのライトを掲げて立っていた。

 心霊系YouTuber。

 チャンネル登録者は100人ほど。

 現在の同時接続者数は13人。

 名前は「ゾクッとナイト」。


 コメントは少ないながら

〈ここガチでヤバいとこじゃん〉

〈管理人に怒られるぞw〉

 まばらに打たれている。


 笑いながら、一人がライブ配信を開始する。


「じゃ、突撃します!」

「チャンネル登録と高評価よろしく!」


 金属音。

 錆びた扉が開いた瞬間、風が止まった。

 空気が――変わった。


 長い廊下。

 床に霜が張りつき、光が吸い込まれるように暗い。

 倒れた車椅子が転がり、ベッドが片隅に重ねられ、床には注射器が落ちていた。

 病院特有の消毒液の匂いは、もう消えていた。

 代わりに漂うのは、錆と……焦げた肉の臭い。


「……なぁ、静かすぎね?」

「そりゃ廃墟だから」

「違う。外だ、風が止んでる。音もしねえし」


 彼らは笑っていたが、笑いがだんだんと乾いていった。


 一人がふと立ち止まる。

「なぁ……ここ、さっきも通らなかった?」

「廊下なんか、全部おなじだろ」

「でもな?」


 床に転がる注射器。

 さっき拾ったのと同じ場所に、同じ角度で。


「……戻ってる」


 声が小さくなった。

 ライトを向けると、廊下の先に白い服。

 背を向けたまま、誰かが立っている。


「さて……治療を始めます」


 男たちは一歩も動けなかった。

 ライトの光が揺れる。

 その誰かが、ゆっくりと首を傾けた。


 顔が全て、縫い合わされていた。目も口も鼻も……

 口からチューブが垂れ、床に長く延びている。

 その先――廊下の奥へ、ずっと続いていた。


「ひっ……」

 驚きが喉を塞ぎ悲鳴を遮る。


 ナースコールが鳴った。

 ――ピンポン。ピンポン。


 ライトが一瞬、消える。

 真っ暗闇。

 心臓の音だけが響く。


 そして光が戻った。

 ……そこは病院の外だった。


 雪。

 冷たい空気。

 街灯の下に立つ三人。


「……なんだ?」

「……はぁ? ……何があった?」

「夢か? ……どうなった?」

「やべぇだろ。おい、逃げるぞ!」


 彼らは慌てて車に乗り込み、半ば呆然としながら走り去った。


 【同日 午後10時26分 札幌市・南区 某マンション】


 缶ビールのプルタブを開ける音。

 小さな部屋の中で、三人が恐怖を誤魔化すように酒を呷っていた。

 暖房の音が静かに鳴る。


 引きつった笑いを上げながら。

「いやー、マジ怖かった! 編集すればバズるぞ」

「地獄の廃病院とかどう?」

「アーカイブ見てみようぜ」


 テレビがついて、ニュースが流れる。

 どこにでもある夜の部屋。

 日常の音。

 安心の空気。


「……やっぱ、夢でも見たんだろ」

「だよな」


 一瞬、照明がチカッと消えた。


「あ?」


 すぐに点いた。

 誰も何も言わなかった。

 だが、部屋の壁が――白くなっていた。

 タイル張り。

 照明が蛍光灯に変わっている。


「……え?」

「なんだこれ……」


 冷気。

 床がリノリウムの感触に変わる。

 天井のスピーカーから――ナースコール。


 ピンポン。

 ピンポン。


 三人は立ち上がった。

「ふざけんな……これ夢だろ……!?」

 ドアを開ける。

 そこは、同じ部屋だった。

 もう一度開ける。

 また同じ。


 ライトが赤く点滅し、スピーカーが唸った。


「……それでは治療を再開しますよ」


 カメラが倒れ、画面が赤く染まる。

 最後に映ったのは、笑いながら立つ白衣の影。


 ――ピンポン。


 映像が途切れた。


 【翌朝 午前6時12分 月寒山病院跡】


 雪に埋もれた入口前。

 三人の遺体が並んでいた。

 胸には縫い跡。

 表情は安らかで、まるで眠っているようだった。






 【蛇足】

 車椅子やベッドはともかく、注射器は特別管理産業廃棄物として厳格な管理下にある。注射器が落ちていた時点で気づければ結果は違ったかもしれない

 

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