第四幕:処刑台の聖女 ― 愛の終焉と黒き羽根
処刑台の聖女 ― 愛の終焉と黒き羽根
亡者は斬首刑を迎える。
ファウストは彼女を救うために“破壊の歌”を紡ぐが、
その瞬間、黒き羽根が舞い、悪魔ルシフェルが舞い降りる。
やあ、君。
くるべきじゃなかった。
目を塞いで、このまま去るべきだ。
ここは因果応報という枠の中。
第三幕で、ボクらの恐れた詩が唄われたのだ。亡者の口から。
愛の美しさの幻想は、砕け散る。
恋多き女と恋大き男には、
耳が痛いモノだ。
責任を持たない情熱が、
とうとう自らの首を麻縄でしめあげる。
ボクらは、かつて、見た、処刑場で、
亡者が聖女のころの姿を見るんだ。
鐘の音がひとつ、
またひとつと落ちる。
そこ冬の朝だった。
空は鈍色で、雪のような灰が舞っている。
群衆は言葉を失い、
祈りの声も風に溶けていた。
亡者は白い衣をまとい、
足枷の音を鳴らしながら進む。
その歩みは静かで、まるで彼女自身が鐘を鳴らしているようだった。
ファウストはその列の最後尾に立ち、何度も呼びかけようとした。
だが声は出なかった。
胸の奥が、凍ったように動かない。
ここは異界。
ボクらは彼女を知る。
処刑台の上で、亡者は微笑んだ。
頬にかかった髪を風がほどく。
その瞬間だけ、彼女はまだ“母”であり、“聖女”だった。
ファウストは息をのむ。
『それでいいの。
わたしはあなたに思い出される女でいたかった。
忘れられぬ夢として、生きるから。』刑吏が斧を持ち上げる。
空の裂け目から光が差す。
風の音が変わる。
群衆の誰かがすすり泣く。
そのとき、亡者はそっと空を見上げ、誰にも聞こえぬ声で祈った。
「あの子に子守唄を歌わなきゃ」
刃が落ちる。
音はなかった。
ファウストは歌う。
彼女を、聖女をこのまま、
天に、神に渡してはダメだと知っていたから。
誰も止めるものはいない。
ファウストは歌い、
彼女の救いを打ち砕く。
鋭き知性には!
一切の慈悲はない!
この異界は亡者の約束を果たす場所。
ボクらは、ファウストは、戻らなきゃいけない。
その時、黒い羽根が、
ボクらの視界を覆う。
『破壊の歌を汝に歌われたら、
己の計画が台無しになる』
(第四幕は、悪魔の首領の黒羽により閉じられる)