第三幕:亡者の歌 ― 母が子を沈めた夜
亡者の歌 ― 母が子を沈めた夜
ファウストが辿り着いた異界では、亡者が“母”としての罪を歌う。
その詩は、彼自身の罪を映し出す鏡だった。
【物語】ファウスト(3)〜聖女鎮魂歌の幻視〜
【第三幕】
やあ、君。
ボクの声、君に届くかな。
届けばいい。
ボクたちは、
どこか違うとこにいる。
現実と空想の境にいて、
手をつないでたボクらを引き離すんだ。
第二幕で、悪魔とファウストが離れなきゃいけない事と、どこか似ているかも。亡者の導きにより、彼女の生きてた異界へとボクらは流された。
そこは、音のない街だった。
無数の塔が黒い霧の中にそびえ、空はどこまでも裂けている。
水のような鏡の道が続き、
歩くたびに、
ファウストの記憶が
足跡になって消えていく。
「もっと知りたい!もっと...」とか細い音が、そこから漏れる。
「死にたくない、若返りたい。こんなんじゃ、ダメだ...」と言う音が、足音みたいに鳴る。
「昨日がない。昨日がないんだ」と、音は浮かび上がる。
「いくな、行かないで!一人にしないで!」と悪魔の泣き声が静かに響く。
「ボクは戻る。全て上手くいく」と呟くファウストの背中にボクらは追いつく。
ファウストは、亡者に連れられていた。音のない街の石畳を、ボクらは歩いている。空は灰色で曇っていた。
亡者は歌い出す。
ボクらは聞かなきゃいけない。
愛しい人よ、
静かにお眠りになって
わたしたちの子は
あなたが横になり
家族を見守ることを
祈っていた
あなたの救いの手
これが私を満たせたなら
私はあの子を
湖の底へと
沈めなくて良かった
あの子の小さな身体を抱え
暗い夜中に森の中
赤ん坊の泣き声
それは天使の引き止める手
止まらない足
水面に浮かべて
微笑んだ母
あなたの救いの手
これが私を満たせたなら
私はあの子を
ファウストは立ち止まる。
亡者に目を向けた。
彼の顔面は真っ青になる。
聖女に祈り
あなたを呼んだ
どうして
あなたにとっては遊び
その事を知ってた
それでも夢を見て
あなたの名を呼ぶの
情熱による母の像の果て
破壊はなされる
赤子殺しの女ども
愛を知らぬ男のせい
「ボクは、ボクは愛されたかった」
ファウストは両膝を地面につけた。
「ボクは君が好きだ。君を愛してる。でも、この言葉が、そんな破壊を呼ぶなんて知らなかったんだ」と顔を押さえてファウストは縮こまった。
蛆虫のように。
(第三幕はうごめく虫ケラを隠すように閉じていく)