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長編版 縁結びの狛猫① 

 商店街にある神社には狛犬ならぬ狛猫がある。

 この辺りは養蚕で栄えていたため、蚕に被害を与える鼠を捕らえるための猫が重宝されていた。その由来で江戸時代には狛猫が神社に置かれていたとのことだ。狛猫は全国でも珍しいため、最近は観光客で神社が賑わいはじめている。この動きを見逃さないのが商店街のお婆ちゃんたちだ。

 下宿先の古民家で行われた商店街の活性化会議は三日三晩と続いた。接待係の僕が忙しさで目を回し始めた時、ようやく会議はPV動画を作るという方向性で締めくくられた。とはいえ、おばあちゃんたちに動画を編集するスキルはない。彼女らがちらりと僕を見た時、茶菓子を持ってきた早希さんに縋りつく。

「早希さん、映研でしたよね。動画編集できる人って知りません?」

「動画編集? 私のところはコンテストの編集作業で忙しいからなあ。それなら君の隣の部屋に住んでいる優一郎君も上手だよ。よく手伝ってもらっているし」

「お願いしてきますっ!」

 おばあちゃんたちが僕を指名する前に、僕は広間を飛び出した。優一郎先輩の部屋の前まで来た時、ドアが開けっ放しだということに気づく。そしてドアの間でミケが心配な声で鳴いていた。――もしかして病気とかで倒れているのだろうか?

「優一郎先輩? 入りますよ」

 遠慮がちに声をかけて、ミケと共に部屋に入る。強い匂いがするのは部屋に散乱したお酒の瓶からだろう。ミケがくしゃみをしながら、先輩に駆けよって顔を舐めはじめた。誰に対しても優しい先輩は商店街の人達だけでなく動物にも好かれている。それだけに酒瓶に囲まれてちゃぶ台に突っ伏している先輩を見ると不安になるのだ。肩を揺らすと、寝言みたいな反応しか返ってこない。

「二日酔い?」

 とりあえず無事なようだし、今はそっとしておこう。

 部屋を出ようとした時、早希さんが大きめのコップに水を持って入ってきた。

「あ、やっぱりやけ酒していたか。透くん、とりあえず酔い覚ましの水を机に置いておいて」

「やっぱりって何かあったんですか?」

 机を片付けてコップを置きつつ、僕は早希さんに尋ねる。

「先週、映研の編集を手伝ってもらった時に気づいたんだけど、メンバーの誰かに恋をしたようなの。でも優一郎君は相手を思いやりすぎるのか、何の行動もしなかったからなあ。ストレスがたまっていたのかも」

 恋煩いってやつだ。でも先輩なら見た目も性格もいいし、成就するとは思うんだけど。

「相手はどんな人なんですか?」

「うーん、映研には俳優志望のきれいで、お淑やかな子がいっぱいいるし。……はっ、もしかして私か」

 早希さんの言葉に僕は吹きだしてしまう。前半はまあ賛成するとして、後半のお淑やかについては異議を申し立てたい。

「こら、その反応はお姉さん傷つくぞ。訂正しなさい」

 胸倉を掴まれ、鼻先が触れるくらいの距離まで顔を引き寄せられる。上目づかいで睨まれていると、ミケが早く翻意しなさいとばかりに「みゃおう」と鳴く。

「……はい、早希さんはとてもきれいでオシトヤカな人です」

「よろしい」

 そのやりとりを聞いていたのか、先輩が笑いながら起き上がって、コップに入った水を一気に飲み干した。

「ごめん、心配をかけちゃったね。でももう、大丈夫だから」

「あ、先輩? 起き抜けに申し訳ないんですが、商店街のおばあちゃんから動画編集できる人を探せって言われていまして」

 僕が狛猫の話をすると、先輩は笑顔で了承してくれた。

「でも、代わりと言っては何だけど、撮影班を集めてきてほしいんだ」

「僕ならなんでもしますけど?」

「いや、もちろんそうなんだけど」

 なぜか言葉を濁す先輩。その様子を見て早希さんがぴきーん、と背筋を伸ばし、細い顎に手を当ててにやつき始めた。

「あれ、もしかして私の映研の手伝いが欲しいとか?」

 先輩は少しはにかみながら頷いた。

「よーし、私にまっかせなさい。きっと優一郎君の恋も、動画も成功させてあげるから。で、どのモデルが必要なの?」

「あ、いやモデルでなくてね。カメラマンなんだ」

「カメラマン? まあ、技術班からなら、動画編集者以外なら人手を出せると思うけど」

 考えこみはじめた早希さんは、ぼそぼそと誰かの名前を呟いている。

「あの子かな、いやそれとも――。そうだ、香織ちゃんね!」

「ご名答」

 先輩は苦笑しながら、降参とばかりに手を挙げた。

「僕は臆病な人間だけどさ、うじうじ悩んでも仕方ない。自分の得意な分野でアプローチするよ」

「何で自信ないかなあ。優一郎君は透くんと違って見た目もいいし、素直だし、もてる要素しかないのに」

 さっきの仕返しか、早希さんは先輩と僕を交互に見比べながら言う。少し癪に障ったので、少し背伸びをして背の低い早希さんを見下ろすことにする。でも笑顔で彼女が肘をみぞおちに打ちつけ、顔をしかめるはめになる。

「あはは、そう、それ。僕は人をからかったりするのが苦手だから。むしろ仕事を介して話す方がやりやすいんだ」

 イケメンにも悩みはあるらしい。でも普段からお世話になっていることもあり、協力したいと思うのはこの人の人徳なのだろう。その香織さんも一緒に仕事をすればそれが分かるはずだ。

「あれ、ちょっと待って優一郎君。じゃモデルは誰がするの?」

「もちろん、早希ちゃんと透くんだよ。ああ、それにミケもね。経費を抑えられるし、商店街にとっても結構なことだろ?」

 こうして僕も動画に出ることになってしまった。

 

 その日の夕方、妹の由香から電話がかかってきた。

 実家にあった荷物を送って来るとのことだ。置いておいてもいいはずなのに、僕の部屋を勝手に整理しているらしい。

「じゃ、お兄ちゃん明後日には届くから」

「小さかった頃の荷物なんていまさらもらってもなあ」

「……そうだ、早希さんに伝言をよろしく。任務完了ってね」

「へ? もしかして早希さんと連絡を取ってる?」

「もちろん、だってふがいない兄を引きこもらせないためにも協力を仰がなきゃ」

「いや、だいぶ頑張ってるんだぞ。明日だって早希さんと商店街のPV動画をだな――」

「知ってる。その優一郎さんという先輩の支援もちゃんとすること。できなければお盆に帰ってきても部屋はないと思いなさいっ」

 そう言って電話は一方的に切れてしまった。なんなんだ、まったく。


 翌朝、僕はカメラやレフ版を持たされ、汗まみれになって境内まで運ぶ。経費を抑えるために主演者である僕は早希さんから荷物持ちを命じられてしまった。でも手ぶらで来た早希さんや、彼女に抱かれているミケを見ると、格差社会とは何か、という現代社会の課題をひしひしと感じる。まあ、昨日早希さんをからかいすぎたのが原因なのかもしれないけれど。

 不満をこらえながら、階段を上ると、カメラマンの香織さんが駆けよってきて、気遣いの言葉をかけてくれた。

「すみません、私の荷物まで持っていただいて。もう、早希ちゃんたら後輩に意地悪しなくてもいいのに」

 ……天使がそこにいた。それどころか、荷物を半分持ってくれたのだ。言葉の端々に思いやりが感じられ、菩薩の優一郎先輩と並べば観音様というところか。

 道中、香織さんは映研での早希さんの様子などを教えてくれた。どうやら早希さんは映研でも僕のことを、引きこもりだから外へ連れ出すのだ、と吹聴しているらしい。僕の方は下宿先でのカフェオレ競争――ミケをどっちが喜ばすかという競争とか、背が低いことを気にしているとか、色々と暴露をしておく。これは早希さんへの仕返しではない。天使と楽しい時間を過ごすための代償なのだ。

「ふふっ、早希ちゃんは、お姉さんでいたいんですね」

「お姉さん?」

 僕の反応に、香織さんは少し考えるような顔をする。

「面倒見がいい人ですから。だからいつも透さんのことを見ていると思いますよ。ほら、今だって」

 香織さんが視線を向けた先に、階段から見下ろしている早希さんの顔が見える。腕を組んで、眉間に皺を寄せていて、こめかみが微かに引きつっているように見える。形容するとすれば、鬼が観音様の手前、怒りをこらえて笑顔を取り繕っているといった光景だった。つまりは、僕は選択を間違えたのだ。

「透くん、荷物ご苦労様。ちょっとこっちへきてくれる?」

「は、はいっ!」

 香織さんが境内の小さな末社に置かれた狛猫に向かうのを見送って、僕は耳を引っ張られながら楠の下に連れていかれる。

「さて、今日の計画は?」

「優一郎先輩と、香織さんをいい雰囲気にすることです」

「で、今日の失敗は?」

「香織さんがいい人すぎて、会話を楽しんでいました」

「ふーん、状況は理解しているようね。ミケちゃんはどう思う?」

 ミケ、頼むぞ。甘えるなり、猫なで声をだすなどして早希さんの機嫌を直すような行動をしてくれ。

「なああああ!」

 早希さんの腕抱かれたままのミケは、僕を咎めるような声を出す。相棒に裏切られた僕は肩を落として自らの行いを反省した。

「……二度と同じ失敗はしません」

「よろしい。次に失敗すれば、優一郎先輩からのバイト代(セッティング費用)は私とミケちゃんだけのものになるからね」

「そんなあ!」

 僕の抗議をよそに早希さんは狛猫のところへ向かった。慌てて追いかけると、優一郎先輩が香織さんと共に機材の準備を始めていた。二人とも現場に慣れているらしく、最小限のやり取りでてきぱきと段取りを進めている。会話が弾むかと思っていたのになあ。

「二人とも仕事人だからね。ま、だからこそ一緒の仕事を終えた時は口が軽くなるでしょう。今日のゴールは、撮影後の打ち上げだからね。それまでにいい雰囲気を作ってあげましょう!」

 運動会の宣誓のように早希さんは手を挙げ、僕とミケが賛同の声を出す。

 もしかして今回の件がうまくいけば、狛猫は縁結びの神様の使いとして、人気が出るんじゃないだろうか。

 狛猫様、お願いします。

 どうか縁を結んであげてください。

 僕はそう念じながら柏手を打った。

 

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