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長編版 木漏れ日の中で

「透さんや、珈琲を出しとくれ。牛乳をたっぷり入れてな」

「茶請けはないのかね。羊羹がどっかにあるじゃろう」

 日曜日の昼下がり、下宿先の客間で僕はおばあちゃんたちに囲まれていた。

 早希さんからこの日に商店街の会合があるとは聞いていた。そして休日は朝寝坊な先輩達が朝からいないものだから、何か変だな、とは思っていたのだ。

 果たして今、僕は女子会の給仕係としてこき使われているというわけである。早希さんも用事があるらしく、今日は下宿に来ていない。

 少し甘めのカフェオレをつくっていると、おばあちゃんたちの話が耳に入ってくる。どうやら議題は商店街の野良猫対策らしい。今のボス猫が高齢で引退して、若い猫達がその座を巡って争っているということだ。飛びぬけて強い猫がいないので、喧嘩騒ぎがずっと続いて頭を悩ませているとのこと。

 そんなこともあるのだな、と他人事に感じながらテーブルの上にカフェオレを並べていると、ミケが匂いを嗅ぎつけ僕に抱きついてきた。

 ……重い。なんか最近どんどん重くなっているような気がする。

 原因は早希さんが餌を上げすぎて甘やかしているせいだ。どこかで運動をさせないとそのうち僕の腰が壊れてしまうぞ。

「その猫、ずいぶんと立派な体格だねえ。透さん、ちょっとその子を猫のたまり場の神社まで連れていっとくれ。もしかしたらボスとして認めてくれるかも」

「まさか、うちのミケはダラダラするだけが得意なおとなしい猫ですよ」

「ミケちゃんと言うのかい。飼い主の真似をして引きこもりをしてはいかんぞ?」

「……行ってきます」

 絶対に早希さんが僕の噂を広めてる。

 抗議をしようと思ったのだけど、「だって、事実でしょ? 私はみんなに紹介しただけだよ」と言って心底不思議そうに首を傾げる早希さんを想像して諦めた。

 

 ミケを抱いて商店街の中ほどを曲がり、石段を五十段上がったところにある神社の境内へ行く。

 大きな楠が青々とした葉を拡げていて、猫達はその周囲に集まっていた。

 でも何か様子がおかしい。喧嘩をするでもなく、みんな同じ方向を向いているのだ。その視線の先には、男性が女性の胸倉を掴んでいて、拳を振り下ろそうとしている。そしてその女性には見覚えがあって――。

「早希さん!」

 とっさに間に割って入る。男性が少し驚いたように辺りを見回し、なぜか頷いて今度は僕に迫ってきた。

「お前、こいつとどんな関係だ?」

 もしかして僕は痴情のもつれ、というやつに巻きこまれたのだろうか。誤解を解こうにも、早希さんが殴られかけたのは事実だし、どうやって止めよう。それに喧嘩なんてしたことはないし――。頭の中でいろんな考えがぐるぐるとまわり、僕はどうしたもんかと、振り返って早希さんに救いを求める。きっと情けない顔をしていたのだろう、少し早希さんは吹きだして笑うと、僕の肩を掴んで男性の方に向き直らせた。

「ほら、こういう時の決め台詞は?」

「ええと、僕の――」

「うんうん、僕の?」

「僕のカフェオレ友達に手を出すな!」

 その叫び声にミケが反応し、男性に向かって飛び込んでいった。

「うわっ、やーらーれーたー」

 ミケとぶつかった男性が大げさに吹っ飛んで倒れる。事情を掴めない僕がおろおろしていると、「はい、カット!」という声が境内に響いた。カメラやマイクを持った人達が現れ、早希さんと話し始めている。

「早希さん?」

「驚かせちゃってごめん。わたし、大学で映研に入っていてね。撮影をしていたんだ」

「さ、撮影……」

 早希さんと映研の監督が話していたのは、ミケの体当たりが絵的に良かったらしい。そしてミケに今後の出演をしてもらうべく、体格の良いお兄さんがミケに平身低頭したり、エサを差し出したりして機嫌を取っている。その様子を見ていた野良猫達はミケを人間をも下に置く、圧倒的な強者だと認識したらしく、ミケに鼻を寄せて挨拶をし始めた。

「そっか、演技だったんだ。良かった」

 安心して力が抜けた僕は、楠の根元にもたれかかって座りこみ、空を見上げてほっとひと息をつく。新緑の天井から木漏れ日が差し込み、そこに早希さんの笑顔が入りこんだ。

「おかしかった! あそこでカフェオレ友達っていうセリフが出るんだもの」

「笑わないでください! お世話になっている下宿先の大家さんの娘さんに手を出すな、ていう説明が難しかっただけです。それでまあ、ああいう表現になって」

「気に入ったから笑っているの。カフェラテ党の私を引き抜くとはいい度胸だ。うん、ミケちゃんのこともあるし、ちょっとだけカフェオレに浮気しちゃおうかな」

 早希さんはそう言うと、僕の横に座って、一緒になって楠を見上げる。

「もう立夏、新しく変わっていく季節ね。ミケはボスに納まったようだけど、君は変われた?」

「……あんまり」

「助けに入るくらいは変われたじゃない。まあ欲を言えば、決め台詞はもうちょっと変えないとね」

「え?」

「成長の見込みはあるってこと。さ、助けに来てくれた勇者にお弁当をおすそ分けしてあげよう」

 早希さんが石段を指さして、あそこで食べようと誘ってくる。お弁当という言葉に反応したのか、ミケが膝に乗ってきて、髭を僕の喉に刺しながら催促をした。

 やれやれ、ボスが行けと言うのなら仕方がないか。

 

 後日、早希さんに編集した後の映像を見せてもらった。

 残念ながら僕のシーンはカットされ、ミケだけが映っている。そして僕の知らないミケのアクションシーンが大量にあり、早希さんが餌を上げているシーンもあることから、買収されて出演したのだろう。

「気を落とさない。もし次に役があれば声をかけてあげるから」

「いや、別に出たいわけじゃ――」

「そういや、次の映画は甘い青春ものだったかな。どう、私の恋人役をやってみる?」

 ……面白がってからかってくる早希さんに、少し反撃をしてやろう。僕だって言う時は言うのだ。

「なら次は、僕のカフェオレ恋人に手を出すな、って言いますよ!」

 反撃した成果と言えば、早希さんの大爆笑だった。

 その台詞を早希さんは大いに気に入ったらしく、商店街のみんなに言いふらしたらしい。

 だって喧嘩している小学生たちが、その台詞を言って大げさに仲裁に入る遊びをしだしたのだから。あげくの果てに商店街のおばあちゃんたちが「私には言ってくれんのかのう?」とからかってくるのだから。

「早希さん!」

 下宿先の母屋に行って呼びだすも、早希さんは身軽に窓を乗り越えて逃げ去っていった。そして彼女は悪役っぽく、捨て台詞を残すのだ。

「あっはっは、これで商店街のみんなに君のことを知ってもらえたんだから、むしろ感謝してね!」

 こうして僕は一躍商店街の有名人になった。

 いや、なってしまった。

 僕の困ったカフェオレ友達のせいで。

 

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